超健全全純愛賛歌~わたしが今日からハーレムラブコメのヒロインってマジですか!?~
嘘屋ムト
ラブコメディには不思議がいっぱい!!
おかしい、おかしいよこの世界──。
違和感、いわかん。さっきのさっきまで気にもしていなかった日常が、とたん気持ち悪くなる。
まずだ。日本人の地毛はキホン黒髪であるはずだ。はずなんだよキョウダイ。でも、現実は異なる。
教室を見渡してみよう。
青髪赤髪黄髪白髪銀髪金髪、何でもござれだ。彼彼女らは生粋の日本人であるし、誰も彼も髪を染めているわけではない。お母さん黒髪、お父さん黒髪で子どもピンク髪とか意味わからない。
遺伝子どうなってんだ。突然変異か? 突然変異なのか? そんな頻繁に突然変異してたら交配できなくなって人類滅びるぞクソが。
ちなみにわたしはみどり髪だ。もちろん染めているわけではない。意味がわからない。
あと、わたし含めてみんな顔がいい。肌綺麗すぎるしおめめぱっちりすぎる。髪サラサラだし、手足ナガナガでもう、えげつない。
しかしどうしてか。ついさっきまでわたしは、自分の顔を凡庸、どちらかといえばブスよりの顔であると認識し、卑屈になっていたのである。
自分はブサイクのクソ陰キャで、生きる価値もないゴミグズナンダ、と本気で思っていた。
冷静になってみればブサイクではないし、髪みどりな陰キャがいるはずがない。それに生きる価値の無い人間なんているわけない。あと関係ないがおっぱいデカすぎ。これなにカップあるの? こんなのチャラ男が放っておかないでしょ。自信がない図書委員のデカパイ陰キャがチャラ男にほいほい乗せられて快楽堕ちしちゃう話でしょこれ。スマホがより薄くなっちゃうよ。ジョブス泣いて喜ぶよ。
どん、と机に拳を強く、つよく振り下ろす。
どうなってやがる、この世界……!!
「どうした舞原〜、大丈夫か?」
「あ、大丈夫です、すみません……」
妙にイケオジな数学教師に心配されてしまった。そういえば今は授業中。少し落ち着かなければ。
目を閉じて、息を吸って、吐く。
一度冷静になって現状を見つめ直してみよう。
わたしの名前は舞原舞子。花も恥じらう十六歳のでかパイぽんきゅっぽん。桜ノ庭学園の二年生。大のオタクでコミュ障、顔もブサイク。そんなどこにでもいる陰キャ……だったはずなのだけど、この世界のおかしいさに気づいてしまい現在パニック中だ。
誰か助けて。
──見つめ直したところで、何も解決しなかった。
ああ、しんどい。
このまま違和感を抱えたまま黙って暮らしていくしかないのか。このラノベみたいな非現実世界を受け入れてしまって本当にいいのか。いや、駄目だ!
気が狂う、何も信じられなくなる。大好きだったオタク的コンテンツたちも素直に楽しめなくなる。
しかし、いったいぜんたいどうしたら……。
「有馬さん、私と一緒に帰りましょう」
「有馬くん、僕と一緒に帰るんだろ?」
「おい、ゆうま。オレと一緒に帰ろう」
「弟はお姉ちゃんと帰りたいわよね?」
「夕凪、生徒指導室に来てくれないか」
「いやぁ~、えっと、あはは、困っちゃうなぁ」
気づかぬうちに数学の授業が終わり、ショートホームルームも終わり、放課後になっていたらしい。
ふと、発情した女どもと優柔不断な男のイチャイチャ甘々な会話が耳に入ってきた。
今にして思えば異常な光景だが、これがこのクラスの日常である。夕凪有馬と、その取り巻きたち。所謂、夕凪ハーレムというやつだ。幼馴染、女友達、先輩、お姉ちゃん、女教師。思いつく限りのキャラ属性が詰まっている、男子の夢のようなハーレム。
しかしロリだけはいないので完璧ではないのかもしれない。露出には限りがあるが癖は無限大。
高校だからね、仕方ないね。
ロリはいないが、尋常じゃないモテ具合。
暦の上では毎年当たり前に来る春がなぜか一生来ない非モテ男子生徒たちにとって夕凪ハーレムは敵。それの王である夕凪有馬は魔王みたいなものだ。
夕凪有馬、か。
もしこの世界がライトノベルだったなら、それもラブコメディものだったなら彼は主人公なのだろう。
主人公、世界の、中心……。
接触してみる価値は、あるかもしれない。
しかし、それ以上に。
関わるべきでは、ないかもしれないのだけど。
◆
気づきの日から、一週間が経った。
恐ろしく気味が悪い日々であった。信じていたものが呆気なく粉々に崩壊してしまって、日常というのはわたしにとって見知らぬ他人になってしまった。
お母さん歳のわりに若々しすぎるし、これまたおっぱいデカすぎるし。なんで髪の色は遺伝しなくておっぱいのデカさはあたりまえに遺伝してるんだよ。
ああ、しんどかった。家ですらも落ち着けない。
しかしだ。わたしもただ怯えていただけではない。
「よしっ、ようやく奴の秘密に迫れる!」
奴──夕凪有馬のことだ。
彼にアポイントを取るのは至難の業である。ハーレムメンバーの監視を掻い潜り、ラブコメばりのちょっぴりエッチだったりシリアスだったりなハプニングを掻い潜り、彼に話しかけなければならない。
わたしもそれに頭を悩ませたさ、うんうん。
しかしヒントはあっちらこちらに散らばっていた。ラブコメディ、主人公、ヒロイン、出会い、告白。
様々な要素を組み合わせ考えれば、自ずと解答は見えてくるだろう。やはりそこは、ゼット世代からしてみれば時代錯誤なあの方法が最適解だったんだ。
『放課後、屋上で待つ!! 舞原舞子──』
そう、ラブレター……ではない。はたし状である。
朝、こそっと下駄箱に入れておいた。ちなみにイマドキああいうちゃんと箱している下駄箱は珍しいし、屋上は危ないから解放されていないのが一般的なはずだが……さすが女子がみな見せパンを履いてない世界、レベルが違うぜ!
ふざけた手紙だけでちゃんと屋上に来てくれるのか、と疑問に思う人もいるだろうが、わたしを、そして主人公を舐めてはいけない。
話しかける隙を見つけるために一週間ほど夕凪有馬にストーカーしていたわたしからしてみれば、彼が屋上に来る確率はほぼ百パーセントと断言できる。
──彼の一日は、ハプニングの連続である。
所謂巻き込まれ体質的な不運や女難などもその原因のひとつだが、いちばんは彼の性格だろう。
面倒事にずかずかと踏み込んでいき、明らかな地雷にも喜んで飛び込み、その上でタップダンスを踊るような気が狂った男だ。さすが主人公。
だからこそ、この濃厚なハプニングの匂いがする手紙に釣られないわけがないのだよ、ワトソンくん。
さあ、来いよ夕凪有馬、暫定主人公。お前の化けの皮を剥がして、世界の真実に一歩近づいてやる。
わたしは考え続けるぞ。この命、果てるまで。
決戦のときは来た。
いざ、尋常に──勝負!
開かれる、鉄の扉。やたら、錆びた金属音が響く。
「遅くなってごめん舞原さん。生徒会の仕事長引いちゃってさ。それで、えっと……なに、かな?」
遠慮しがちに聞いてくる主人公。緊張してる風を装ってはいるが、白々しいにもほどがある。いや、緊張はしているのかもしれない。
なぜなら、世界の秘密を暴かんとするたったひとりの人間が、ここにいるのだから。
「夕凪有馬、もう演技は辞めにしよう。わたし気づいちゃったんだこの世界の異変に。君もでしょ?」
決まった、完璧なセリフだ。
緑色の髪が夕焼けに照らされて、きらり光る。
ふわり春風が髪を揺らして、その光は空に消える。
彼女の、これまた緑色の瞳は確かに潤んでいて、
──ああこんなにも景色は、貴女は美しいのに。
やっぱり、なぜだか少し寂しくなるのだ。
わたし……かっこいい!!
「ん、あ、あれ、ん?」
シリアスな場面のはずであるのに、やたら素っ頓狂な声をあげる主人公くん。わたしの計画とちがう反応。何かがおかしい。わたしの計画は完ぺきだったはず、失敗なぞありえない。起きてはいけない。
しかし、ひとつ見つかる。致命的な凡ミス。
あ、ああ。
夕凪有馬がこの世界の異変にまったく関与しておらずそれどころか、異変に気づいてすらいない可能性を、すっかりちゃっかり忘れていたではないか!
尋常じゃない気まずさが世界を恐怖させた。
ああ、終わりだ。わたしの学園生活は終わりだ。彼には変人だと思われ、ハーレムメンバーには新たに現れた恋敵であると誤解され、攻撃されてしまう。
…………。
そういえば陰キャキャラはまだいませんでしたよね。もしよければそこ補填させてください。なんでもやります。だからイジメないで。お願いします。
「あっああ、なるほど。そういうことか」
なにかに納得する主人公様。
『ああ舞原さんはド級の厨二病、ド厨二病だったんだな理解できたよありがとう。もう関わらないで』
想像できる。次の発言が容易に想像できる。冷たい瞳でわたしの胸を突き刺し殺すのだ。いや、いっそ殺してくれたほうがいい。学校の屋上で女騎士の気持ちになるとは夢にも思わなかった。くっ、殺せ!
「舞原さんも、こちら側の人間だったのか」
「あれ、なんか思ってたんと違う……」
もしかして、主人公様。
主人公の兄貴、もしかして、もしかして。
知っているのか。この世界の異変を、その正体を。
「だけど、今は都合が……」
そう言って、なにやらスマホを操作しだす兄貴。
どうしてこのような大事な場面でスマホなんだろう。唯一秘密を共有できる友人ができた感動的な瞬間ではないのだろうか。それともなにか、特別な意味がある行動なのかもしれない。
怪しい、非常に怪しい。
刹那、わたしの脳内に浮かぶ、数々のキーワード。
主人公、ハーレムメンバー、ヒロイン、モテモテ、陰キャラ、まだいない、薄い本、スマホ──そこから導き出される解答。避けられぬ運命。彼の罪。
ああ、これはあれしかない。
スマホの画面が、わたしに向けられる。
「──えっちな催眠アプリッ!?」
「何言ってんだ、違う。読んで、読んでここ」
全然違った。スクリーンに映るのは怪しげなピンク色のアプリではなく、打ち込まれた数行の文章。
『直接言葉で伝えられなくてすまない。しかし、今はラブコメディの真っ只中。奴に見られている。』
『ここに舞台裏を持ち出すことは許されない。これは絶対的なルールだ。だから幾多もの疑問があるだろうが、それを口に出すのはしばし堪えてくれ。』
『いままであたりまえに暮らしていた世界が、まったくと言っていいほどあたりまえからかけ離れていたことに気づき、酷く困惑していると思う。かつての僕もそうだ。自分が狂ったのかとも思った。』
『けれど、俺もそして君の至って正常だ。それは保証する──ラブコメディ実現部の名に賭けてね。』
ラノベにありがちな謎部活!?
それに罫線使ってる。罫線、けいせん、──。
『では向かおうか。ラコ実部室──舞台裏、に。』
わたしの表情で読み終わったことを察したのか。
こくり一度頷くと主人公は目を閉じて、息を吸って、吐いた。ゆっくりゆっくり確かめるように。
そして、親指と中指を、強くつよく擦らせ、弾く。
──パッ、チン。
軽快で巫山戯た、喜劇に酷く似合う音が木霊した。
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