第35話 同人の魔力


 巨大で無機質な金属の部屋。

 先程まで傷一つなかった空間には大量の警備兵の死体があり、血なまぐさい匂いが部屋の中に充満している。

 部屋の壁は完全に壊れており、凄まじい戦闘の跡が目に見えていた。


 壁に空いた穴から一人の女性が外へと脱出する。

 彼女の名は009。史上最悪の秘密結社である円卓を滅ぼしに来た、コマンダー理沙が持つ最高のエージェントだ。


「よっしゃあ! ようやく出れましたコマンダー!」


「よし! 良くやった009! ……だが」


 後ろから獣の咆哮が聞こえる。

 大量の警備兵達を囮に使ったが、それでもなおキメラは倒れない。

 それどころか血と傷に塗れた状態になったせいで更に怒りを増し、009を食い殺さんと狙いを定めてくる。


 突然の轟音に驚き、警備兵や傭兵達が009の方にと向かってきた。

 だがキメラの噛みつきや尻尾から発射されるビーム。石化の魔眼といった多種多様な攻撃が襲いかかり、廊下が血の海に。

 009も何度か死にかけながら、辺りの探索を始める。


「さあ皆さんどいて! 暴走列車が通りますよ〜!」


「暴走列車どころかビームが飛んできてるがな」


「それにしても出入り口…。見つかりませんね〜。あ、そうそう! 最近新しいパン屋さんが第三アジトの近くに出たんですよ!」


「このまま世間話を始める気か!? たった今後ろにいるキメラの手によって複数人が消し炭になったんだぞ!」


 キメラは近くにいた009以外の人間全てに手をかけた。

 その度に耳を引き裂きそうになる悲鳴が聞こえてきて、血の匂いが一層と濃くなり破壊音が聞こえる。

 敵の旧本部は完全に崩壊の音が鳴り始めていた。


「キメラ…強すぎません?」


「恐らくこのダンジョンのボス的な存在だったのだろうな。だがあの警備兵達も強い。お前から聞いた話を元に調べてみたが、どれも世界的に指名手配されている大物揃いだ」


「もしかして百回以上挑んでいた私。バカですか?」


「なんだ今さら気づいたのか?」


「ひどすぎる! 訴訟しますよ!」


「それじゃあ私は、お前が今まで壊し続けた別荘の数々について訴えようか」


「…………取り下げます!」


「それがいい」



 009は警備室や武器庫をキメラに破壊させながら移動を続ける。すると今度は居住区と思わしき場所に入った。

 大量のベッドがある部屋の中は空っぽで、既にここに住んでいた人々は居住区を変えたのだと言うことが分かる。


 キメラのビームによって部屋が壊され、ベッドがひっくり返される。

 攻撃によって炎が生まれ、煙が本部の中を充満し始めてきた。

 そんな中、キメラの攻撃を避けていた009は突如として足を止めて目を見開き、一点を見つめだす。


「009? いきなりどうした」


「……あ、ああ」


「009! いったい何が見えた! 報告せよ!」


 009の不可思議な行動にコマンダー理沙は慌て、即座に返答を促す。

 だが009は擦れた声を出すのみだった。

 コマンダー理沙の怒鳴り声のような大声によって、ようやく009は正気を取り戻す


「…………あれは! 『属性モリモリ女の子達とハーレム同棲生活! そんなに求められちゃ…体が持たないぜ★』」


「…………は?」


「知らないんですかコマンダー!? あの伝説の同人マンガ! 『属性モリモリ女の子達とハーレム同棲生活! そんなに求められちゃ…体が持たないぜ★』を!?」


「そんなもん知るか! 私はBL派だ!」


 説明しよう!

 『属性モリモリ女の子達とハーレム同棲生活! そんなに求められちゃ…体が持たないぜ★』とは!

 かつて同人界隈に新たな風を巻き起こした伝説のマンガである!


 人類の三割に新たな性癖を植え付けたとまで言われ、各国は恐怖のあまり発売禁止を決定。

 今では裏社会でしか出回る事がなく、これを書いた作者は政府に暗殺されたと言われている…。

 かつて世界を揺るがした、名前を言ってはいけない性癖破壊兵器なのだ。


「コマンダー。私気づいちゃいました。キメラから逃げ切る方法を!」


「……この流れだと嫌な予感しかしないがいいだろう。聞かせてくれ。どんな方法だ?」


「それは…こうすることです!」


 009は勢いよく『属性モリモリ女の子達とハーレム同棲生活! そんなに求められちゃ…体が持たないぜ★』をキメラに向かって投げつけた。

 美しい軌道でそれはキメラの眼前に向かい、キメラは突然の攻撃に驚き一歩距離を置く。


「この名作! 『属性モリモリ女の子達とハーレム同棲生活! そんなに求められちゃ…体が持たないぜ★』は世界を揺るがした作品! これを見たらキメラも足を止めるに違いありません!」


「お前の頭は青少年か!」


「あ、足を止めました! 作戦は成功です!」


「本当に言ってる…?」


 009はその隙にキメラの視界から隠れ、逃走を図る。

 009が居なくなった静かな居住区には、本をめくる音だけが聞こえてきた。















「こちら008。パソコンに接続完了」


「010! 私も接続完了!」


「二人とも配置につきましたね。ではこれより内部構造の把握及び罠無効化の為、ハッキングを行います。その間パソコン周囲に人を寄せ付けないでください」


「了解ですわ」


「了解!」


 011がパソコン内部の情報を入手し、二人の眼前に本部の地図と目的地まで人に見つかりにくい道を示す。

 それまでの間、近づいてきた複数の敵を二人は排除する。

 その時だった。本部全体からサイレンが鳴り始めアナウンスが聞こえてきた。


『本部内部にいるメンバー四名の気絶を確認! 侵入者の可能性アリ!』

 

「っ! こいつらなにか付けていましたわね!」


「やばいやばい! こっちに来る! 速く終わらせて011!」


「…………解析完了。」




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