第26話 天使の登場
極寒の都市は現在完全に封鎖された。
巨大なホテルを爆破した犯人がこの都市に未だいると、対外的にはそういうことになっている。
だが本当の理由は違う。
ここにいるコマンダー理沙のエージェントを捕まえ、情報を入手する。それこそがこの都市が封鎖された真の理由だ。
そのために、今この場所にいる全ての民衆が兵士となって捜査をしている。
「あれ全員円卓の人間ですわね」
「全員違法改造された探索者用の武器…。欲しい」
「そのトンカチを下ろしなさい009。そんな事よりさっさと隠れていなさい009」
「あれ? ターゲットを殺しに行くんじゃ?」
「暗殺は私一人で十分。貴方は私に魔法を使った状態で隠れてくださいまし」
「りょかーい。…民衆は全員敵なんだよね?」
「ええ。その通りですわ」
路地裏からこっそり部屋の中に入り、中でドタバタとしている民間人を惨殺する。
声を上げるまもなく一瞬で、確実に。
そして彼女は優雅にソファに座ると、近くにあったリモコンを持ち、テレビを付けた。
「じゃ。頑張って」
「……隠れてと言いましたが、ゆったり休めとは言っていませんわ。いつでも動けるようにしていてくださいまし」
「お! ここの冷蔵庫にジュースある!」
「人の話を聞きなさい!」
009を置いて、008は外へと出る。
外は既に阿鼻叫喚の地獄と化していた。
民衆達は普段通り生活しているフリをしているが、皆武器を隠し持っている。
警官や消防士としてここで働いている人々は、009の顔写真をそこら中に見せ、ホテル爆破の犯人だと言っている。
そして共犯者がいることも話していた。
きっとあの時、バイクに乗って009を助けた008の事だろう。
今は周辺の駐車スペースを探している。
だが見つかることは無い。バイク自体が特殊な魔道具なのだから。
「貴方の顔写真。もうニュースになってますわよ」
「まじで!? 私有名人じゃん!」
「エージェントが有名になってはダメなんですのよ…。ひとまず顔を変えておきなさい。認識阻害用の魔道具は持っているのでしょう?」
認識阻害用の魔道具。
これはエージェント達における必須アイテム。
あらゆる機械や魔道具は彼女達の身体的特徴を記録することができず、人間は思い出そうとする事ができなくなる。
コマンダー理沙が作り出した最高の魔道具で、現在これを破る方法は……無い。
これはコマンダー理沙の専門エージェントのみが使用しており、技術の流出を抑えるため他の誰にも教えていないのだ。
「………………」
「………………」
不自然な沈黙が009から流れる。
008はその様子から何かを感じ、彼女もまた黙ってしまった。
そして深いため息の後、008が話し出す。
「……貴方…………まさか」
「…やっべ」
「何やってますの!? あ、貴方! もしや前の任務も元の顔でやってたんじゃありませんの?!」
「いや、一応認識阻害魔法は働いてる…。ただ…顔が変えられない。ボタンを押しても反応しない」
「そんな……。まさかどっかで壊したんじゃ」
「…………とりあえずテレビ消すわ」
「絶対に見つかっちゃいけませんわよ!!009!!」
「了解008!!」
彼女達は突如として生まれた焦りを抑え、行動を再開する。
009は絶対に誰からも見つからないように隠れ続け、008はその間もターゲットであるロシアのヒーロー。アレクサンドルを探す。
ヒーロー達が空を飛び、周辺を探す中にアレクサンドルがいないか。
ヒーロー達の死角から探し続ける。
そんな時、009から通話が来た。
「…008。ちょっと疑問があるんだけど」
「あら009。どうかしたかしら?」
「……ここ。ホームレス多くない?」
009曰く、先程からずっと路地裏に逃げようとしてもホームレスが大量にいて上手く動けないのだとか。
人種もまちまちで、色んなところから集まってきてる可能性が高いそう。
「ここの市長はホームレス達を支援してるらしいですからそれでは?」
「……怪しくない? だって悪党達の巣窟でそんな優しい政策やると思う?」
「それは市民や多くの民間人からの好感度を稼ぐ……必要は確かにありませんわね」
「そう! だってそんな事しなくても円卓は巨大組織! 印象操作の為にそんなめんどくさい政策立てなくてもいい!」
「…………では何のために?」
008が疑問に思ったタイミングで、009は得意気に声を上げる。
「ズバリ! 人体実験! だってホームレスなんて大半が身元の保証ができない! そんなのが行方不明になっても誰も何とも思わない!!」
「…………的を得ていますわね。…となるとホームレス達が宿泊する施設は」
「人体実験を行っている実験場!」
彼女達は静かに、この結論について吟味する。
この事がもし事実だとしても、私達には何の関係もないこと。
ターゲットを始末して逃げるだけ。
「調べてみよう!」
「あ! こら009! そんなすぐに飛び出したら!」
008の静止を待つことなく、009は勢いよくホームレス達の宿泊施設へと向かう。
その後すぐ、サイレンの音が移動し始めた。
「やばい見つかった!」
「ああもう! だから言いましたのに!」
「やばいやられた!」
「いや早すぎません!? 貴方それでもエージェントですの!?」
「面目ない……」
009がヤラれたことで時間が巻き戻る。
008はどんよりとしてる009にため息をつき、そして頬を撫でた。
「はぁ…。貴方は此処にいて、いざという時に備えて下さいまし。…ここは私の出番ですわ」
「ごめん…。頼んだ!」
「ええ。任せてくださいまし」
彼女は優雅にドアを開ける。
その姿は歴戦の女優やモデルですら魅了するものだった。
「私。あなたの先輩ですから。かっこいい所、見せてあげますわ」
生まれはスラム。育ちもスラム。
幸せなんて考えたことも無い。ただ生きていることに一生懸命な人生。
道端のゴミを食い、なんとか生きながらえる毎日だった。
確かに俺は死んだところで誰からも悲しまれない人間だ。
でもよ! これはねえだろ!!!
「いやだ! 死にたくねえ!」
「はあ…。今回のモルモットは元気がいいな」
「薬増やします。少し離れてください」
「オイ! やめろ! てめぇら許さねえからな!」
体を妙な機械でくくりつけられ、俺は動けなかった。
何か変な色をした薬を近づけられる。
俺は必死に拒んだが、そんな俺の様子をまるでゴミを見るような目で、奴らは注射器を近づけてくる。
「やめ、やめろおお!!!」
「…っち。うるせえな」
こんなことならあの噂を信じればよかった…。
この都市のホームレス達が姿を消し始めているというあの噂。俺達は仕事に就き、家が手に入ったからだと思ってた。
でも違う。実態はただ殺されただけだ。
このクソ野郎どもに、好き勝手弄ばれ殺されただけだったんだ!!
俺の体に注射器が刺さろうと迫る。
俺の体は今までの人生を振り返り、今この時を完全に諦めた。
…その時だった。
突如ドアから入ってきた一人の女性が、この場にいたクソ野郎どもを殴り殺した!
そして全てのクソ野郎を殺した後、ゆっくりと俺の元へ近づいてくる。
「あ……ああ」
その姿はまるで天使のよう。
今までの人生で見たことのないその美しさに、俺は息ができなかった。
彼女の手が俺の頬に触れる。
サラサラと美しいその手の感触は、俺の心を落ち着かせた。
「もう…大丈夫ですわ。ゆっくりと、休みなさい」
彼女の言葉を聞いた途端、眠気が湧いてくる。
俺の身体は次第に動かなくなり、ゆっくりと眠りについた。
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