第7話 天才ドラマー


 エリア・ズックのパーティー会場は、まだ始まっていないというのに人がそこらかしこにいる。

 私はその人混みの中、周辺の探索を行っていた。


「どうにかなりましたね!」


「まさかあの時の石像だったとはな。011。念の為確認するがあの石像は自らの手でデータを消したんだな?」


「はい。間違いありません。厳密には改ざんですが。あの石像のデータから009のデータを探す事は不可能です」


「……石像ちゃん。ありがとう! ……私は絶対にエリア・ズックを殺して、その首を上げるからね!」


「石像がかわいそうだから止めてやれ。…念の為対処はしておくか。011。ちょっと離れるから011に計画を説明してやれ」


 ガタガタと音を立て、コマンダー理沙が席を外した。

 私は近くのベンチに座り、計画を聞く。

 あくまで自然に。私は持っていた小説を開いた。


「了解しました。009。この建物は先の建物よりも魔道具を使用した警備が多く存在します。どうやら家主のエリア・ズックは相当な魔道具マニアなようです」


「一個ぐらいとっても…バレへんか!」


「駄目です。特にダンジョンから見つかった魔道具の中には、秘匿された未知の効果があります。私も全ては把握できていません。計画に支障が出る可能性があります」


「今度の夏コミの荷物持ち手伝うから!」


「…………駄目です」


「チェ…。で、どうやって入ったら良いの?」


「はい。まずはこれを見てください」


 彼女の目の前に映し出されたのは、見たことのないゴッツイ仮面を被った女性。

 ドラマーらしく、炎をまき散らしながら大暴れしている。


 …………炎?


「彼女は最近有名なドラマー。ファイアガールです。どうやらターゲットとチームを組んでいたドラマーが病気になったらしく、その代理として今回、パーティーに招かれました」


「なるほど。彼女になりすまし、内部に潜入すればいいんだな!」


「はい。こちらで場所は指示します。速やかに彼女の意識を奪い、変装してください。殺害はダメですよ」


「了解011!」















 核ミサイルやそれと同等クラスの魔法の直撃を喰らっても壊れない。それがダンジョンの特徴。

 コマンダー理沙のアジトは、世界から秘密裏に抹消された誰も知らないダンジョンの中に存在している。

 だがそれ故に特殊な電波を使わなければダンジョンの外へ連絡できない。

 しかしそれだと通常の連絡を受けた時、自身がダンジョンにいることがバレる。


 その為、アジトの中には通常電波でも電話ができる特殊な部屋が存在し、必要な時はそこで連絡を行なっている。

 そして、今多方面への連絡を終わらせたコマンダー理沙が部屋へと持ってきた。


「いやあ遅れて済まない。009、011。状況はどうなっている?」


「そこです009! 後一歩でタコちゃんが捕れます!」


「……いけるいけるいけるいけるいける。私ならいける! 009! 行きます!」


「……………………お前ら?」


 部屋の中に入ると、画面の前で椅子を思いっきり吹き飛ばし、009に激を送る011の姿が見えた。

 画面の向こうには009が震える手でクレーンゲームにコインを入れ、正気を減らすような名状しがたき何かのぬいぐるみを一生懸命取っている。


「静かにしていてくださいコマンダー! 今タコちゃんが捕れるかどうかの瀬戸際なんです!」


「女と女の約束! 必ず成し遂げてみせる!」


「……ばっっっっかも〜〜〜ん!!!!!」











「「ごめんなさい」」


「……なんでこんなことしてる?」


「変装予定のドラマーの到着便が遅延してまして…。その間に暇つぶししようと駅の中に入ったらクレーンゲームがあったんです。そこで」


「あのぬいぐるみに一目惚れしました! コマンダー! あれを取るまで任務の延期をお許し下さい!」


「……ハァ。011。お前はその悪癖のせいで前職をクビになったんだからな? ……後で取っていいから今は任務を優先しろ」


「はい! ありがとうございますコマンダー理沙!」


「009も! もうすぐ遅延した便が来るんだから気張っていけよ!」


「了解したコマンダー理沙!」



 ドラマーがトイレに入った隙をつき、009が一瞬で意識を奪った。

 011が周辺の監視カメラを全て改ざんし、更に身分証を偽装。正面玄関から堂々と009が侵入する。


「…………腕はあるんだけどなあ」


「どうしましたコマンダー理沙? 何か言っていましたか?」


「いや、何も言っていない。それよりどうやらドラムの腕を確かめる試験があるようだが…。腕はなまってないな? 009」


「任せてください! 宮崎県一とされた私のドラムの腕! 見せてあげますよ!」


「おう! 期待してるぞ! ……なんで宮崎?」


 仮面の魔導具から大量の火が吹き、009が華麗なドラムのテクニックを披露する。

 コマンダー理沙はその様子を温かい目で見ていた。



「…………ま、私も同じようなものか」















 倒れたドラマーの変わりに、新たなドラマーを迎え入れる。

 正直な話俺、ギ・タリストは反対した。

 ドラマーは俺達チームにとって命。中途半端な奴を雇いたくない。

 俺の目が正しければ、あのファイアガールという女は魔導具で炎出してイキってるだけの雑魚。

 単純に実力不足。勢いだけだ。


 他の奴らもリーダー以外皆そう思ってる。

 だから試験を与えた。俺達全員の前で奴はドラムをやらせる。

 きちんとドラムを叩きこなせるかどうか、俺たちで見極めてやる。


「それじゃあ、頼んだぞ」

 

「……ええ」


 緊張してるのかあまり声は発しない。

 静かに、席へ着く。

 俺達は彼女を侮っていた。


 ……この瞬間までは。




「「「「!?」」」」


 たった一回、ドラムを鳴らしただけ。それだけで俺達は魅了され、動けなくなる。

 そして……俺はこの世に生まれ落ちて初めて、音楽で涙を流した。


 俺にとって音楽は、金儲けの道具だ。

 貧しい家系に生まれた俺にとって、金儲け以外には何の思い入れも無かったんだ。


 他のやつもそうだろう。だからこんなクソリーダーに付き従って、今日ここまでやってきてる。

 ……でも今この瞬間、俺の、俺達の気持ちは大きく変わった。


 音楽とは、こうも美しいものだったのか。

 魔法と音楽の融合。炎の荒々しさとドラムの激しさが交わり、ハーモニを奏でている。

 一発一発叩く事に心臓の鼓動は高まり、肌にビリビリと衝撃が来る。

 魂が……揺さぶられる。


 俺は気づけば持っていたギターを強く握っていた。

 他の仲間達も、リーダー以外は皆同じだ。

 俺達は頷きあい、持っていた楽器を引き始める。


 俺達は認めた。彼女は、ファイアガールは世界最高のドラマーなのだと。


 この日の演奏は、客も居ない即興だと言うのに、俺の中で決して忘れられない日となった。





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