第3話 私は黒タイツが好きです


「ハンドラー。私、昔はタイツが性癖だったんですよ」


「いきなりどうしたエージェント。新しい制服の提案なら私ではなく総務課に言え」


「いえ、さっきみたいなヒーローのせいで私の中でタイツの概念が崩れてきてるんですよね…。やっぱり叡智なのは太ももタイツですよ。全身タイツはただの変態です」


「お前も疲れてるんだな…。帰ったら相談に乗るぞエージェント…」


「白タイツって…良いですよね」


「…011? とにかく今の場所を早く移動しろ。このままだと奴らに見つかるぞ」


「…了解したコマンダー」



 謎の爆発による騒ぎが広がる中、誰にもバレないように慎重に、その場からエージェントは離れていく。

 あくまで自然に…。

 一定以上離れ、011から安全だと言われると、彼女はその場で膝をつき、ブーブーと文句を垂れ始めた。


「一時間も張り付いたのにあのヒーロー何の情報も落とさなかった…」


「ですが今の爆発でターゲットが外へと出てきました。現在は自身の邸宅に潜んでいます。しかしその変わり兵士達は皆警戒態勢に入りました。今まで以上に行動に気をつけなければなりません」


「正直な話、麻薬王よりもヒーローの方が強く、厄介だった。良く排除してくれた009」


「当然ですコマンダー!!! この調子で残りのターゲットも排除してみせます!」


「頼もしいな009。頼んだぞ」










 農場の監視をしていた奴らのうち、孤立した奴を裏でこっそりと締める。

 瞬時に首を絞め、仲間を呼ばせないように口を塞ぎ、確実に意識が飛んだのを確認したら拘束しゴミ箱の中へ隠す。

 後は服を奪って変装すれば完璧だ。天才すぎる…。流石は私だ!


「エージェント009! 009!! 敵に見られています!」


「おい! どうした009!!」


「…………え?」


「………………」


 ゴミ箱の真上にある窓からコチラをじっと眺める兵士の一人が居た。

 どうやら仕事をサボっていたようで、持っていたタバコをポロリと落とし、お互いに見合ってしまう。

 とりあえずニコリと笑ったら、目の前の兵士もニコリと笑って返してくれた。


「目と目が合う。瞬間、好〜きだと気づ〜いた!!」


 即座に首を絞め、先程のように喋らせる前に気を失わせる。

 そしてそのままゴミ箱にぶち込んだ。

 窓から中へ入り、バレないようにこっそりと服を着替える。


「……………エージェント?」


「すいません自分のかっこよさに酔ってました」


「警告のアラート音の音量を三段階上に上げておきます。次は気づいてくださいエージェント」


「……ごめんなさい」


「……はあ。まあ何とかなったから良しとする。その服なら邸宅の近くまで警戒されず行けるはずだ。だが警戒は怠るなよ」


「イエスマム!」



 ターゲットの居る邸宅はThe南米の豪邸と言った見た目をしている。

 だが何人もの探索者が待機しており、更には魔導具によるトラップもチラホラと散見できる。

 特に厄介なのは魔法を使って空を飛ぶ兵士達だ。迂闊に近寄るとバレてしまう。


「これは難しいな…。慎重に動かないと…」


「ああその通りだ。ところでお前が手元に持っているものは何だ?」


「確認しました。データによりますと消火用の消防斧です」


「それは見れば分かる! ……エージェント。分かると思うが今攻めても返り討ちにあうのがオチだ。お前は何者だ? 今一度胸に手を当てて思い出して見ろ」


 彼女は胸に手を当て、今までの自分を思い出す。

 自身にとって、最も大切な事を。



「アイ、アム! バイキイイイイング!!」


「止まれエージェントおおお!!!」












「エージェント分かったか? 正面戦闘しても敵わない事が」


「はい…。私の力が足りないばかりに……不甲斐ないです」


「ひとまず今はその消防斧を置いておけ。先程から不審がって、何人も監視がこちらに来ているぞ」


「何で皆不審がるんだ…。私はただここに来た監視の奴らを殺しているだけなのに。…ああまた監視が現れた。……殺さなきゃ」


「スプラッタ映画の観すぎだエージェント。これを見て落ち着け。私の可愛いニャンココレクションだ」


 血の匂いを不審がり、こちらに近づいてくる監視の頭を斧でかち割る。そして近くの用水路の中に隠す。

 ここまでテンプレ。すでに何人もの監視を殺してきた。

 呆れ声のコマンダー理沙が、脳内にニャンコの動画を流しだす。


 …………落ち着く。やはりニャンコは可愛い。

 コマンダー理沙にお礼を言わないと。

 私お気に入りのサメ映画コレクションを贈ってあげよう。


 あ、でもコマンダー理沙はサメが嫌いなんだっけ。

 ……まあいいか



「これで11人目ですコマンダー」


「…………しょうがない作戦を変えよう。護衛達が外に出なければならない状況を作り出す。おい009! 聞こえているか?」


「…………はいコマンダー! 1:09の赤ちゃん猫が一番好きです!」


「どうやら落ち着いたようだな009。私は5:36の三毛猫が好きだ。あの話を聞かない唯我独尊っぷりがたまらない」


「……コマンダー理沙」


「ああ済まない011。ゴホン! 009! これより新しい作戦を教える!」














「こちらA地区。以上無し」


「B地区。こちらも以上無し」


「C地区。以上無し」


 この村で産まれて二十と数年。麻薬カルテルの一員として働いてきたが今日は何かがおかしかった。

 俺達と癒着していたヒーロー。ポン・ヒロが爆死。俺達が作った罠でだ。

 即座に警戒態勢を引いたが、皆異常無いと言う。

 我らがボスはすぐに邸宅に閉じこもった。何かに怯えているのは誰が見ても明らか。


 何かが居る。この村に誰かが。

 きっとそいつがあのヒーローを殺害した犯人だ。



「誰だ!?」


 カランと何かが落ちる音が聞こえた。

 震える手を堪え、ゆっくりと音の聞こえた路地裏へ入っていく。


「こちらA地点。物音が聞こえた。確認する」


 目についたのは裏路地をコロコロと転がる何か。

 近寄って取ってみるとそれは中身の無い缶ジュースだった。


「なんでこんなど!」



 痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!!!!


 何かが俺の頭を殴った! 声を出す力無く、俺はその場に倒れ伏す。

 力が出ない…。俺は……死ぬのか。

 死ぬ前にもっと女を抱きたかった。薬を山程打ってトリップして死にたかった…。


 人生を振り返っていると、暗闇から俺をじっと眺める一人の女性がいた。

 美しい女性だ。その目は冷たく、俺のことを見据える。

 彼女がこちらに近づいた時、彼女の後ろに隠されていた、ある光景が俺の目に入ってきた。


 死体。死体。死体。

 先程まで連絡を取り合っていた仲間達の死体が広がっている。

 これだけ死体があるのに匂いを感じないのは、恐らく俺等がカカシに使っている魔法と同じものだろう。


 ……なんでここにこいつらの死体がある?

 だって今も無線には…。


「これ終わったら酒場で酒飲もうぜ!」


「お前は酔ったらウザいからやだ」


「お前ら! 私語は慎め!」


 こいつらの声が聞こえてるんだぞ!

 なんで…どうして?! 何かの魔法か?!

 分からない…。怖い。怖い!!!


「こちらA地点。物音の正体は子猫だった。まったく人騒がせな猫だ」



 ……俺の…声?


 なんで俺の声が聞こえる? 俺は喋ってねえぞ!

 否定したかったが喋る力が出てこない。

 目の前の女は俺の首を掴み、死体の下へと移動させる。



 嫌だ嫌だ嫌だ!!! 死にたくない!!!


 誰か…誰でも良い!!! この化け物をどうにかしてくれえええええ!!!!





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