第27話
それは、ほんの数か月の出来事だった。
サキ、蓮司、美緒、ソレソレ――結成当初は、地方の小さなライブハウスで観客二十人に向けて演奏していた彼らが、今やドーム公演のチケットを瞬殺で売り切る国民的アーティストになっていた。
きっかけは、ある音楽番組での生演奏だった。
蓮司のギターボーカルは、ただ上手いだけではなく、画面越しでも体温を感じるほど生々しく、
サキのキーボードは流麗で、まるで物語を紡ぐようだった。
美緒のベースは低くうねり、ソレソレのドラムは爆発するような迫力と緻密さを併せ持っていた。
番組放送後、SNSのトレンドは彼らの名前で埋め尽くされた。
《魂を揺さぶられた》
《これが本物の音楽か》
《4人の間に見えない糸がある》
そんな投稿が、数分ごとに何千件と流れ、動画サイトの公式アカウントは再生数を更新し続けた。
翌日から、彼らの楽曲は街中で流れた。
コンビニの店内、カフェのBGM、駅の構内放送――気づけば、誰もが口ずさむ国民的アンセムになっていた。
だが、華やかなスポットライトの裏側で、4人は決して忘れてはいなかった。
――このバンドの本当の目的は、音楽を通して麗華を潰すこと。
そして、そのために芸能界の奥底に潜む闇を暴くこと。
だからこそ、国民的アーティストという肩書きは、ただの成功ではなかった。
それは、彼らが次の一手を打つための、最高の舞台装置だったのだ。
スタジオ練習が終わった夜。
機材の微かな熱と、コーヒーとタバコの混じった匂いが残る控室に、4人が集まっていた。
ランプの光が一点だけテーブルを照らし、譜面や空き缶が散らばっている。
蓮司がギターケースを壁に立てかけ、ゆったりと椅子に腰を下ろした。
腕を組み、顎を引き、ふっと鼻で笑う。
「……俺は、もうほぼ終わったな」
唐突な言葉に、美緒が眉をひそめる。
「は? なに、いきなり引退宣言?」
「違ぇよ。音楽で世間を動かす――それが俺の目的だった。ここまで来た時点で、ほぼ成し遂げたって話だ」
ソレソレがドラムスティックを指先で回しながら、無表情のまま口を挟む。
「ほぼ、ね。お前の“ほぼ”って基準が曖昧すぎるんだよ」
蓮司は肩をすくめるだけで否定も肯定もしない。
美緒はベースのストラップを外し、机にドンと置いた。
「じゃあ、次はあたしのターンってことね。麗華を潰す――ずっと喉につかえてた骨を、ようやく引き抜ける」
その言葉には熱がこもっていた。
サキはそのやりとりを黙って見ていたが、ソレソレがわざとらしく咳払いをして、視線を向けてくる。
「で、サキ。お前は?」
「え……私?」
「そうだ。蓮司の夢も、美緒の復讐も、ここまで一緒にやってきた。それは立派だ。けど――お前自身は、何を叶えたい?」
美緒が茶化すように笑った。
「そーだそーだ。まさか“蓮司くんと一緒にいられればそれでいいですぅ”なんて言わないよね?」
「ちょっと! そんな言い方しないでよ!」
サキは慌てて抗議するが、頬はわずかに赤い。
蓮司が低い声で続ける。
「美緒、からかうな。……サキ、お前のことだ、ちゃんとした答えじゃなくてもいい。ただ、どこに向かいたいのか、それだけは自分で決めろ」
その声音は妙に耳に残る低い響きで、命令ではないのに抗えない圧があった。
サキは視線を宙に泳がせ、机の上の空き缶を指先で転がす。
カラン……という音が響き、短い沈黙が落ちる。
「……私……」
言葉を探して、サキは唇を噛む。
「ずっと、誰かのためにって動いてきた。でも、自分のために何がしたいか、まだはっきりしないの」
ソレソレが小さく笑い、ドラムスティックをトントンと机に打ちつける。
「だったら、探すんだな。俺らはそれを邪魔しないし、手も貸す」
美緒は大げさに両腕を組み、にやりと笑った。
「じゃあ決まりね。蓮司の目的は達成。あたしは麗華をぶっ潰す。ソレソレは情報と裏方。サキは……まあ、自分探しってことで」
蓮司が最後に言葉を締める。
「どんな答えでもいい。ただ、俺は見てるぞ――お前がどこに辿り着くのか」
サキはうつむきながらも、胸の奥で小さく炎が灯るのを感じていた。
まだ名前も形もない、けれど確かに熱を持った炎だった。
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