第24話
薄暗い防音室に、机を囲んで座る四人。
蛍光灯の明かりは落とされ、代わりに壁際のランプが暖色の光を落としている。
楽器が並ぶその部屋は、普段ならリハーサルの音で溢れているはずだが、今は異様なほど静かだった。
蓮司がギターケースを脇に置き、低く言った。
「まずはバンドとして売れる。とにかく目立つ。テレビにも、フェスにも、SNSにも……俺たちの名前を叩き込む」
サキはキーボードの前に座り、顎に手を添えて頷いた。
「でも、それだけじゃ足りないわ。麗華は表の顔じゃ無敵。どれだけ私たちが目立っても、正面からじゃ潰せない」
美緒はベースを膝に乗せ、弦を軽く弾きながら目を細める。
「裏の顔を引きずり出すのよ。あの女がどれだけ汚い手を使ってのし上がってきたか……それを全部、世間にぶちまける」
ソレソレはドラムスティックを指で回し、口元に薄い笑みを浮かべた。
「いい響きだな。俺の情報網を使えば、麗華の過去のスキャンダルなんていくらでも掘り起こせる。ただし――芸能界の闇に手を突っ込む覚悟がいる」
美緒は即答した。
「覚悟ならある」
その声は低く、震えはない。
ソレソレは彼女を一瞥し、次にサキへ視線を移す。
「サキ、お前は蓮司と前世からの因縁がある。運命の縁ってやつだ。その絆を、世間に見せつけることでファンを増やせる」
サキはわずかに戸惑いながらも、まっすぐ彼を見返した。
「……それも策略の一部なのね」
「そうだ。愛とスキャンダルは、芸能界じゃ最高の燃料だ」
蓮司が深く息を吐いた。
「俺たちは表ではバンドとして成功し、裏では麗華を潰す。二つの戦いを同時に進めることになる」
ソレソレは手元のタブレットを操作し、机の上に数枚の画像と資料を映し出す。
そこには、業界の裏取引、枕営業、マネージャーの買収、ステージ裏での口止め工作――どれも黒々とした事実が並んでいた。
「これが芸能界の現実だ」ソレソレの声は低く響いた。
「麗華はこれを泳ぎ切ってきた化け物だ。正面からは絶対に勝てない。だが、俺たちには音楽がある。人気を得て、裏の証拠を掴んで、一気に息の根を止める」
サキはその闇の深さに息を呑んだが、同時に胸の奥に熱が灯るのを感じた。
美緒は、麗華への復讐心を押し隠すようにベースの弦を爪で鳴らし、蓮司は黙ってギターの弦を軽く撫でる。
その音が、不穏で、どこか戦いの狼煙のように部屋に響いた。
数週間後――
都内のライブハウス。キャパ800の箱は、開演前から異様な熱気に包まれていた。
チケットは発売と同時に完売。SNSでは〈新星バンド、遂にお披露目〉の文字が踊り、入り口には業界関係者らしきスーツ姿もちらほら。
開演のブザーと同時に、ドラムのスティックが高く振り上げられた。
ソレソレが刻む鋭いカウントが、観客の鼓膜を震わせる。
ベースの重低音、美緒の鋭い視線、サキの煌めく旋律、そして蓮司の突き抜けるギターと歌声。
会場全体が、ひとつの渦に巻き込まれていく。
客席後方には、麗華の姿があった。
真紅のドレスに身を包み、余裕たっぷりに取り巻きと笑い合いながら、美緒を見下すような目を向ける。
その眼差しは、かつて美緒を精神的に追い詰めた日の冷酷さをそのまま映していた。
曲間、蓮司がマイクに口を寄せる。
「今夜は特別な夜だ。俺たちの音楽が、誰かの“絶対”を壊す夜になる」
観客がざわめき、麗華の笑みがわずかに固まる。
その瞬間、ドラム後方のソレソレがマイクを取り、低く響く声を放った。
「音は消せない。消そうとするなら……俺たちは倍の音で返す」
言葉がビートの合間に突き刺さり、観客の熱が一段上がった。
---
――同時刻。
会場外のラウンジ。
おわりしゃちょー2号が、麗華のマネージャーである真鍋に酒を注いでいた。
「いやぁ、盛り上がってますねぇ。あんな若い連中が、こんな大箱で人を呼べるなんて」
真鍋は鼻で笑い、グラスを傾ける。
「勢いだけならいくらでもいる。芸能界はそんな甘くない」
おわりしゃちょー2号は、あくまで人懐っこい笑みを崩さず、話をじわじわと誘導する。
「まぁまぁ。でも、麗華さんくらいのビッグネームでも、触れられたくないネタのひとつやふたつ……あるでしょう?」
真鍋の手が、ほんのわずかに止まった。
「……あんた、何が目的だ?」
「目的? そりゃあ、俺は面白い話が聞きたいだけですよ」
軽口を叩きつつ、その目は獲物を狙うように細められていた。
おわりしゃちょー2号は真鍋のグラスに静かに酒を注ぎながら、じわじわと間合いを詰めていた。
「で……話の続きなんですけどね」
軽い口調とは裏腹に、その目は冷ややかに光る。
「麗華さんほどの大物でも、過去には――まぁ、ちょっと危うい橋を渡ったことがある、とか」
真鍋は眉間に皺を寄せ、グラスをテーブルに置く。
「……あんた、何がしたい」
「何って……ただ、音楽業界の深〜い闇に、ちょっと興味があるだけです」
そう言っておわりしゃちょー2号は、真鍋の視線を逃さずに笑う。
その空気を切り裂くように、甘く低い声が背後から降ってきた。
「まぁまぁ、そんな怖い顔しないで」
振り向けば、そこに麗華。
真紅のドレスの深いスリットから、信じられないほど白い脚がのぞいている。
艶やかな髪を揺らし、真鍋の肩越しにおわりしゃちょー2号を見据えるその目は、まるで蛇のように冷たくも妖しく光っていた。
麗華はゆっくりと歩み寄ると、何のためらいもなくおわりしゃちょー2号の肩に手を置き、爪先で首筋をなぞった。
「あなた……SNSでよく見かけるわ。あのちょっと下品で、でも人を惹きつける動画。ふふ……興味あるのよ、そういう男」
香水と体温が混ざった濃厚な香りが鼻を刺す。
彼女はさらに顔を近づけ、唇が触れそうな距離で囁いた。
「でもね――私のことを探ろうなんて、百年早いわ」
真鍋は、まるで合図を受けたかのように口を閉ざし、グラスを持ち直す。
おわりしゃちょー2号は肩に置かれた手を外そうともしない。
むしろにやりと笑い、視線だけで応戦した。
「……あぁ、面白くなってきた」
麗華の指先は首筋から肩、そして胸元へとゆっくり滑り降りていった。
そのまま迷いなく、おわりしゃちょー2号の腰の辺りへ。
布越しに、確かめるように指が形をなぞる。
「……ふふ。やっぱり、想像通りね」
耳元で甘く吐息を混ぜた声。
真鍋は思わず視線を逸らし、グラスの中身を一気にあおる。
おわりしゃちょー2号は微動だにせず、その動作を受け止めた。
ただ、わずかに口角を上げ、低い声で返す。
「牽制のつもりか? それとも……単なる自己紹介か」
麗華は笑みを深め、さらに軽く押し付けるようにしてから、すっと手を離した。
「どっちだと思う?」
その瞳は挑発そのもの。自分が完全に優位に立っていると信じて疑わない目だ。
おわりしゃちょー2号は肩をすくめ、あえて話題を逸らすように真鍋へ視線を移した。
「……で、続きを聞こうか」
真鍋は唇を開きかけたが、麗華が横目で制する。
「今夜はここまでよ。――あなた、簡単には落ちなそうね」
そう言い残して麗華は踵を返し、長いスリットのドレスをひるがえして去っていった。
その背中には、勝者の余裕がにじんでいたが……おわりしゃちょー2号の目には、別の光が宿っていた。
「面白ぇ……あの女、必ず化けの皮を剥いでやる」
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