第31話 絵似熊市ダンジョン⑨万事休すですか?
蘇鳥は氷織と銀色の悪魔の高度な戦闘を眺めながら、作戦を考える。だが、一発逆転するような秘策は思い浮かばない。
「考えてるが、まだない。すまん、もう少し時間を稼いでくれ」
「仕方ないな。アイスでいいよ」
「分かった、いくらでも奢ってやる。腹くださいないか、心配しておけ」
(ほんと、失敗したな。一階層だからって油断した)
氷織はガチ装備で挑んでいるが、蘇鳥は最低限の装備しか用意していない。
そもそも絵似熊市ダンジョンの一階層ではモンスターが出ないと考えられていた。装備を準備する理由がない。
蘇鳥はモンスターが出ないか検証するためにやって来たので、準備不足は言い訳にしかならない。仮に一階層にモンスターが出ても弱いモンスターだろうと高を括っていた。
氷織なら問題なく倒せるはずだ、そういった油断が今回の事態を招いた。
(次からは油断しないようにしないとな。ホント、ダンジョンってのは何が起こるか予測不能だ)
蘇鳥は未だこの場を切り抜ける作戦を思いついていないが、次のことを考えている。それは、氷織がいれば何とかなるのではないか、と根拠のない自信があるからだ。
今も氷織は銀色の悪魔に押されており、勝ち目はないような状況だ。それでも蘇鳥は氷織を信頼している。どうにかしてこの場を切り抜けられると思っている。
(今は次のことを考えている場合じゃない。目の前のことをどうにかしないと。俺だけだとどうにもならないから、応援を呼ぶのがベストなんだが…………そんな余裕はなさそうだ)
現在二人と一匹がいるのはダンジョン内の小部屋。入口が一つしかなく、その入口には銀色の悪魔が陣取っている。小部屋から脱出するには、銀色の悪魔を倒さないといけない。
隙をついて蘇鳥が脱出できればいいのだが、そんな隙を許してくれる相手ではない。応援を呼ぶのは難しい。
ダンジョン内でスマホが使えたら、応援をコールすることも可能だが、絵似熊市ダンジョンではインターネットが使える設備が導入されていない。文明の利器に頼ることはできない。
(これだけ派手な戦闘をしているんだ。他の調査員が気づく可能性も……期待しないほうがいいか)
絵似熊市ダンジョンに入っている冒険者は少ない。その上、一階層にはモンスターも出ないので調べることが少ない。他の調査員がいたとしても、すぐに二階層以降に行くだろう。
しかも検証のために人気のない場所に来ている。色々な意味で近くに冒険者がいる可能性は限りなく低い。
検証中に他の調査員とすれ違ったのはかなり稀なケースなのだ。
(本格的にヤバいな。氷織にも疲れが見え始めている。対して、銀色の悪魔はピンピンしてやがる。作戦を思いつかなければ、負けるのも時間の問題か)
蘇鳥に脳裏に嫌な考えが浮かぶが、それでも諦めの文字はない。どんなことがあっても最後まで諦めない。氷織に助けてもらった命を無駄にすることはできない。
「やっぱ、モンスターのことを考えるのが得策か」
「なるはやで」
「分かってる」
援護が期待できない以上、銀色の悪魔を二人でどうにかしなければならない。どうにかするためにもモンスターの情報が必要だ。
銀色の悪魔は、銀色で悪魔のような姿をしている。攻撃力、防御力、素早さ、知能などすべてが高水準で揃っている。
氷織のスキルを最低限の動作で払い、的確に氷織を攻撃する。時にはスキルを高速で避ける。その上、蘇鳥が何かしないか常に気を配っている。
使用するスキルも多彩で、炎を飛ばしたり、水の膜を張ったり、風を移動の補助に使ったりしている。まだまだ見せていないスキルもあると思われるので、スキルは何でも使えると考えたほうがいい。
さらに言えば、パターンらしいパターンも見受けられない。このスキルの後にはこれをする、この攻撃は必ずこのスキルで守る、みたいな手癖がない。
そのため、銀色の悪魔を誘導することもできない。
「万事休す、か」
端的に言って、詰んでいる。
まさに絶体絶命。
万策は尽きた。
崖っぷち。
八方ふさがり。
袋のネズミ。
一巻の終わり。
観念の時。
もう打つ手がない。
いいや、そんなことはない。まだ、考えられることは残っている。
打つ手は残っている。
「まだだ、まだ諦めるな。…………そういや、壁はどうなってる?」
銀色の悪魔は壁からぬるっと現れた。その出来事は突然のことだったが、銀色の悪魔そのものはぬるっと現れた。その壁は今、どうなっているのだろうか?
(壁は……凹んだままか。……もしかして、銀色の悪魔は壁から生まれたモンスターなのか? もしそうなら、壁の特徴を引き継いでいる可能性が高いが……)
銀色の悪魔はダンジョンの壁と同じ特性を持っている可能性は高い。しかし、壁については何も分かっていない。特徴を引き継いでいることが確定しても、戦闘を有利に進める情報は何もない。
(今なら、壁を調べることができるか? 氷織に注意を引きつけてもらって、一瞬で調べるしか、ない)
「氷織、一瞬でいい、モンスターを引きつけてくれ」
「……ちょっとだけだよ」
「助かる」
「【アイスケージ】からの【アイシクルレイン】」
銀色の悪魔は氷の檻に捕まり、その直後に無数の氷の礫が全身に叩きつけられる。大したダメージにはなっていないが、少しの間拘束することに成功する。
「よし今だ。【迷宮看破】」
蘇鳥はダンジョンの壁が凹んでいる場所にダッシュで近づき、ダンジョンを分析するスキルを使用する。
「おまけの【アイスランス】。…………ん? 当たった」
「ちっ! 何も分からん」
銀色の悪魔に氷の槍がヒットする一方、蘇鳥は成果なし。壁に対してスキルを使用するも、何も分からない。蘇鳥のレベルが低いのか、それともスキルのレベルが低いのか。はたまた、ダンジョンが特別仕様なのか、理由は不明だが、何も情報は得られない。
(状況が変化したから、何かしら得られると思ったが、そう簡単にはいかないか。そろそろ、氷織の体力と魔力が心もとない。早く対策を考えないと…………ちょっと待て、なんでさっき、あいつはアイスランスを食らったんだ?)
TIPS
アイシクルレイン
氷の礫の雨を大量に降らすスキル。
ーーー
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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