第5話 水海村ダンジョン①新しい依頼

「最後に紹介するのは、黄鉄鉱だね。一見すると金に見えることから、「愚者の金」なんて呼ばれることもある。皆も金鉱脈を探している最中に見間違わないように注意したまえ。……本日の講義は以上だ。忘れ物などせず、帰るように」


 蘇鳥は現在、大学で鉱物学の講義を受けていた。

 ダンジョン再生屋として活動しているが、活動自体は月に一回あるかないか。基本的にダンジョン再生屋として活動することはない。普段は普通に大学生をしているので、講義を受けることに何もおかしなことはない。

 しかし本日は、講義を受けること以外にも大学に来ている理由があった。


 依頼の準備のためだ。


 ダンジョン再生屋に新たな依頼が舞い込んだが、一人で受けるには難しい内容となっている。一緒に仕事を受けてもらえないか打診するために、大学に来ていた。

 相手は同じ大学に通う同級生、そして蘇鳥の命の恩人だ。

 命の恩人の名前は氷織入瑠香。

 蘇鳥はかつて冒険者として活動してたが、大怪我を負った。その際に助けてもらったのが氷織だ。

 当時、蘇鳥は一人でダンジョン攻略をしていた。そこで調子に乗った結果、大怪我を負った。もし、そこに氷織が通りかからなかったら、蘇鳥の人生は終わっていた可能性がある。

 文字通り命の恩人なのだ。

 そんな命の恩人とは既に連絡を取っており、会う約束を交わしている。


 お昼、大学の食堂にて蘇鳥は氷織とテーブルを挟んで向かい合っていた。

 氷織は蘇鳥と同じ大学生で同じ年齢。襟付きのトップスに、花柄のフレアスカートを履いている。そこに肩掛けのポシェットを装備している。実に大学生らしい格好をしている。

 そんな花の大学生の氷織は、昼食にコロッケ、唐揚げ、エビフライのミックスフライ定食を頼んでいる。揚げ物三昧だ。


「わざわざ来てもらって悪いな。できれば顔を合わして話をしたかったんだ」

「問題ない。授業もあったから、手間でもないし。今日もいつもの感じ?」


 氷織は蘇鳥がダンジョン再生屋として活動していることを承知している。蘇鳥の話の内容を既に察している。


「察しが良くて助かる。再生屋で新しい依頼を受けた。次のダンジョンは無害ダンジョンじゃないから、護衛として一緒に来てほしい。頼めるか?」

「いつ?」

「再来週かな」

「ダンジョンランクは?」

「3」


 ダンジョンランクとは迷宮省が定めた、ダンジョンの危険度を数値化したもの。

 ランク0は危険のない無害なダンジョン。ランク1は初心者が入れる危険が比較的少ないダンジョン。ランク2は初心者を卒業した中級者が入れるダンジョン。

 ランク1以上の危険のあるダンジョンは迷宮省が発行する許可証が必要になる。危険があるので資格がないと入れなくなっている。ちゃんと対策しているのだ。

 ダンジョンランク3は中級者向けとなっているが、中級者の中でも実力者が入るダンジョンとなっている。初心者を卒業したレベルの冒険者だと探索は厳しい。

 かつては蘇鳥もダンジョンランク3で冒険していたが、左足を失い、左腕が機能しない現状では、一人で潜る余裕はない。

 護衛がいなければ、まともに調査することもできない。

 ちなみに、氷織の実力ならダンジョンランク3は余裕だ。蘇鳥という足手まといがいたとしても、口笛を吹きながら余裕で攻略できる。

 もちろん、油断しなければ、という話だ。油断すると、蘇鳥のように高い授業料を支払うことになる。


「問題ない。護衛を引き受ける」

「ありがとう、助かるよ。詳細についてはまた連絡する」


 二つ返事で護衛を引き受けてくれた氷織と別れて、蘇鳥は午後の講義を受けに別の棟に向かうのだった。


●●●


 後日、蘇鳥と氷織は電車を乗り継いで水海村にやって来ていた。

 この間訪れた燈火村に比べると、少し発展している。駅前には商店がいくつかあり、民家もポツポツと確認できる。

 とはいえ、都会の大学に通っている身からしたら、どっちもどっちだ。自然豊かな田舎であることに違いはない。


「うーん、やっぱり田舎の空気は気持ちいいな。それに、梅雨だってのに晴れているのもいい感じだ」


 現在、梅雨真っただ中だが、幸いにして雲一つない晴天。ただ、ダンジョンは別世界なので、地球の天気の影響は受けない。

 蘇鳥は背筋を伸ばして、田舎の空気を堪能する。

 もしかしたら、今日晴れたのは、日ごろの行いがいい結果なのかもしれない。


「うん、気持ちいのいい天気」


 氷織も蘇鳥の言葉に同意してくれる。

 本日の氷織の服装だが、上はニット、下はデニムという動きやすいものとなっている。ダンジョンに潜るということで、動きに支障がないものが選ばれている。

 通常、ダンジョンに潜るのなら、専用装備を持ってきたり、戦える格好をするものだが、これから向かうのはダンジョンランク3だ。氷織の実力なら、本格的な探索の準備は必要ない。動きやすい服装で十分となる。

 あくまで氷織の話だ。普通の中級の冒険者が同じ格好をしていたら、蘇鳥は注意するだろう。実力があるからこそ許される余裕だ。


「これからどうするの? ダンジョン行く?」

「いや、水海村の職員と待ち合わせをしている。ダンジョンに行くのは挨拶が終わってからだ」

「そう」


 今後の予定を確認していると、駅に向かって一台の自動車が走ってくる。

 中から降りてきたのは水海村の職員の鈴木さん。30代の普通の男性だ。

 ダンジョン担当の人が別にいるのだが、その人が別件で出かけてしまった。そのため急遽、鈴木さんが代行している。

 鈴木さんの車に乗り込み、ダンジョンに連れて行ってもらう。

 ダンジョンの近くに程なくして到着する。ダンジョンの隔門があるのは森の中。車から降りて、森の中を進まないといけない。道中は舗装されていないが、何度も冒険者が通っているので、踏み固められた道がある。地図がなくても迷子になることはない。

 今回調査をするのは蘇鳥と氷織の二人。

 本来なら、水海村のダンジョン担当の人も含めて三人で調査する予定だったのだが、急用が入っては仕方ない。それにダンジョンランク3なら問題ない。

 鈴木さんは冒険者ではなく一般人。水海村の職員だろうとダンジョンに入る資格がない。心配する鈴木さんに見送られながら、森の中を進み二人はダンジョンに向かうのだった。


TIPS

氷織入瑠香(こおりおり・いるか)

蘇鳥と同じ大学に通う20歳の女子大生。冒険者として活動しており、その実力は上級に到達している。才能のある冒険者。

時おり、蘇鳥の依頼で蘇鳥の護衛として駆り出される。

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