風変わりな求人3
カラン、と響く音を背に、役場のなかに足を踏み入れる。役場のなかは薄暗かった。冬の寒さに備えるため、窓が小さく作られているのだ。
中に居た二人が、揃ってこちらを振り返った。
一人はここに詰める職員さんで、小さなカウンターに座るのは、朴訥とした青年だ。私はあまり話したことはないが、一年ほど前から駐在している、気のいい若者だと聞いている。
対する来客もまた、若い男性。全体的に派手な印象で、長い赤毛を後ろで束ね、シンプルだが上質な黒いシャツを身に着ける様子は、いかにも都会的だった。
(旦那様のところにたまに来る、貴族の御子息みたい)
ドルジャワイナリーのワインは、『知る人ぞ知る』逸品だそうで、どんな野菜とも喧嘩しない、不思議な風味をしている。一部の貴族の邸宅では、料理の材料や食中酒として重宝されていて、お得意様のなかには、バカンスを兼ねて尋ねてくださるかたもいる。そんな彼らと近しい、どこか洗練された雰囲気が、赤毛の青年にはあった。
役場には馴染みの職員さんたち――――この町の生まれで、ずっと勤めている人たちだ――――もいるのだが、いまは席を外しているらしい。感じてしまった気まずさを、胸のうちに押し込めて、笑顔を作る。
「おじゃまします。掲示板を拝見してもよろしいでしょうか」
「ああっ、はい! もちろん、どうぞどうぞ」
片手で掲示板を示す職員さんの横で、赤毛の青年が首を傾げた。
「ホントに大丈夫? 俺の用事は大したことないし、遠慮することないよ」
「いえ。用事があるのは掲示板だけなので……」
「……お姉さん、もしかして、ワイナリーのメイドの、アヤさんですよね?」
「うぐっ!」
息を詰まらせる私に、職員さんは眉を下げる。
「みんな心配してたんですよ。ワイナリーがあんなことになって、経営者のご一家は勿論、雇われのみなさんもどうなさるんだろうと……うちの先輩が、お姉さんは住み込みだって言ってて……」
「あ、あの、ええっと」
「あれっ、僕の勘違いですか⁉」
「いえ、一字一句しっかりキッカリ正解なんですけれども……!」
正解なのだけれど、この状況で――――この赤毛の青年の前で出ると、気まずすぎる話題だ。『家目当ての失業者』『変なの』というフレーズが頭によぎる。
(けっ、けっして、私自身の不祥事でクビになったってわけではないのだけれど……外から見たら似たりよったりかもしれないし……!)
コホン、と咳ばらいをしてから、声を張って告げる。
「はい、この通り、お察しの通りの状況でして。まずは! きちんと家を借りようと思い! 掲示板を調べにきた次第です、貯金もありますしね!」
「……キミ、もしかして、俺の話、聞いちゃってた?」
「ぎくっ!」
鋭い言葉に竦み上がると、赤毛の青年は「ぶはっ」と吹き出した。
「あっはっは、ごめんごめん。変なプレッシャーかけちゃったみたいだ。俺の言ったことは気にしないで。……というか、大変だったね。聞いた感じ、雇用者都合の解雇だろ?」
「は、はい、まあ……」
「メイドだったっていうなら、金持ちの多い都市部のほうが仕事がありそうだけど……」
「……都会はあまり得意でなくて。給仕もしていましたし、手工業も多少はできるのでここで仕事を探そうかと」
やんわりと否定すると、青年は「ふうん」と目を細めた。
「……キミみたいな子だったら、あの野良猫も、ビビらなさそうだな」
「はい? 野良猫?」
「ああいや、いまのはモノの喩え。挙動が野良猫みたいなだけで、ふつうの……って言っていいのか分かんないけど、人間だよ」
「……は、はあ」
作り笑いを浮かべる私の横で、職員さんがはっと目を見開く。
「ちょ、ちょっと! ロランさんまさか、アヤさんをあんなこの世の果てで働かせるつもりですか⁉」
「この世の果てって、ひどい言い草だなあ。治安は王都の何億倍もいいよ」
「人がいないんだから当然でしょうが! しかも魔獣はうじゃうじゃいる!」
「大丈夫大丈夫、野良猫くん、そのへんはしっかりしてるから」
青年は人好きのする笑みを、こちらに向ける。慌てふためく職員さんは無視して、私にむかって、語りかけた。
「俺はロラン。国の竜騎兵隊で、北方第三小隊の隊長をしてる」
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