第13話 封印の間
階段の終わりが見えてきた。
紫色の光が、下から漏れ出している。その光は不気味で、まるで生き物のように脈動していた。瘴気の濃度は、もはや測定器の限界を超えている。
「これは……」
俺は息を呑んだ。
階段を下りきった先には、広大な地下空間が広がっていた。天井は見えないほど高く、まるで地下に別の世界があるかのようだ。そして、足元には――
「瘴気の泉……」
不気味な紫色の水が、広大な池のように広がっている。いや、水ではない。液体化した瘴気だ。その表面は、油のようにどろりとしていて、時折泡が浮かんでは消える。
「うっ……」
アンナが苦しそうに顔を歪めた。顔色が青白くなり、呼吸が荒くなる。
「アンナさん!」
リクが慌てて彼女を支える。
「この濃度は……普通の人間なら即死じゃ」
グスタフが測定器を見ながら顔を青ざめさせた。
「【浄化領域展開】――最大出力!」
俺は全力でスキルを発動させた。体を中心に、光の領域が広がっていく。通常の倍以上の範囲まで広げ、仲間たちを瘴気から守る。
「はぁ……はぁ……」
アンナの顔に、少し血色が戻った。
「ありがとう、ございます……」
彼女は弱々しく微笑んだ。だが、その笑顔は苦しそうだった。この濃度の瘴気は、浄化領域でも完全には防ぎきれていない。
「無理はするな」
俺は心配そうに声をかける。その時、泉の中央に何かが見えた。
黒い結晶のような物体が、泉の中央に浮かんでいる。それは、まるで心臓のように脈動し、瘴気を生み出し続けていた。
「あれが、瘴気の源か」
俺は聖剣を握りしめた。あの結晶を破壊すれば、この遺跡の瘴気を止められるかもしれない。
一歩前に出ようとした、その時――
ゴゴゴゴゴゴ……
地下空間全体が震動し始めた。瘴気の泉が激しく波打ち、その中から何かが立ち上がる。
それは、瘴気そのものが形を成したような、巨大な人型の怪物だった。全身が紫色の霧で構成され、その中心には赤く光る核のようなものが見える。
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【鑑定結果】
瘴気の化身
レベル:55
HP:4,000 / 4,000
特性:瘴気吸収・再生
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「レベル55……」
リクが震え声を上げた。守護像よりもさらに強い。しかも、瘴気吸収という厄介な特性を持っている。この場所で戦う限り、周囲の瘴気を吸収して無限に再生するということだ。
瘴気の化身が腕を振り上げた。紫色の触手のような腕が、鞭のようにしなる。
「みんな、下がれ!」
俺は仲間たちを庇うように前に出た。
触手が振り下ろされる。俺は聖剣で受け止めるが、その衝撃で後ろに押し戻された。足元の瘴気が跳ね上がり、服に付着する。
ジュッ……
焼けるような音と共に、布が溶け始めた。液体化した瘴気は、強い腐食性を持っているようだ。
「こいつは……強い」
正直、俺一人では厳しい相手かもしれない。レベル差もあるが、それ以上に、この環境が敵に有利すぎる。
「翔太さん、私たちも戦います!」
アンナが叫んだ。苦しそうな表情ながら、その目には決意が宿っている。
「レベル差なんて関係ない。浄化士ギルドは、みんなで戦うんでしょう?」
「そうだ!」
リクも前に出る。
「さっきの守護像だって、みんなで倒したじゃないか!」
「儂も微力ながら力を貸そう」
グスタフも静かに頷いた。
その瞬間、俺は理解した。
強さとは、レベルの高さだけではない。仲間と共に立ち向かう勇気、諦めない心、そして互いを信じる絆。それこそが、本当の強さなのだと。
「分かった。でも、無理はするな」
俺は微笑んだ。
「みんなで、こいつを倒そう」
◆
戦闘が始まった。
瘴気の化身は、周囲の瘴気を吸収しながら動く。その動きは、守護像よりも素早く、予測が難しい。触手が四方八方から襲いかかる。
俺は聖剣で切り裂き、避け、防ぐ。だが、斬っても斬っても、化身はすぐに再生してしまう。
「瘴気の源を断たなければ!」
俺は泉の中央に浮かぶ黒い結晶を狙った。だが、化身がそれを守るように立ちはだかる。まるで、結晶を破壊されることを本能的に恐れているかのようだ。
「【浄化】!」
リクが懸命に光を放つ。その威力は微々たるものだが、化身の注意を一瞬そらした。
「こちらです!」
アンナが反対側から声を上げ、浄化の光を放つ。グスタフも同じように動く。三人の連携が、化身を翻弄していた。
その隙に、俺は泉に近づく。足元の瘴気が、ブーツを溶かし始める。痛みを堪えながら、一歩一歩前進する。
結晶まで、あと少し――
「ぐあっ!」
触手が俺の左腕をかすめた。服が溶け、皮膚が焼けるような痛みが走る。血が滲む。
「翔太さん!」
仲間たちの悲鳴が響く。
「大丈夫だ……!」
俺は歯をくいしばった。ここで諦めるわけにはいかない。仲間が信じてくれている。その信頼に、応えなければならない。
その時、エクスカリバーが熱く脈打った。
聖剣が、俺の意志に応えるかのように、強く光り輝く。その光は、浄化の光と似ているが、もっと濃密で、もっと純粋だった。
「これは……」
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【スキル解放】
聖剣エクスカリバーが共鳴しています
スキル「聖浄化」が一時的に解放されます
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聖浄化――通常の浄化を超えた、聖剣との共鳴による特別な力。
「今だ!」
俺は全力で跳躍した。化身の頭上を越え、結晶の直上に到達する。
「【聖浄化】!!!」
聖剣を逆手に持ち、真下に突き立てる。光の刃が、黒い結晶を貫いた。
パリン!
ガラスが砕けるような音と共に、結晶が粉々に砕け散った。同時に、瘴気の泉が光に包まれる。紫色の液体が、まるで蒸発するように消えていく。
「ギィィィィ!」
瘴気の化身が絶叫を上げた。瘴気の供給を失った化身は、急速に弱体化していく。その体が、霧のように散り始めた。
「今です、みんな!」
俺の声に応えて、三人が同時に浄化の光を放った。小さな光でも、弱体化した化身には十分だった。
「「「「【浄化】!」」」」
四つの光が一つになり、化身を包み込む。そして――
瘴気の化身は、完全に消滅した。
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【戦闘結果】
瘴気の化身を撃破しました
大量の経験値を獲得しました
レベルが54に上がりました
古代遺跡の最深部への道が開きました
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「はぁ……はぁ……」
俺は膝をついた。全身から力が抜ける。疲労と安堵が、一気に押し寄せてきた。
「翔太さん、大丈夫ですか!」
アンナが駆け寄ってきた。ポーチから包帯を取り出し、手際よく俺の傷を手当てしてくれる。
「すげぇよ、翔太さん……」
リクが目を輝かせている。
「レベル55の敵を倒しちゃうなんて!」
「みんなのおかげだよ」
俺は笑った。それは本心だった。一人では無理だった。仲間がいたからこそ、勝てたのだ。
「ほう、これは……」
グスタフが地下空間の奥を指差した。
瘴気の泉があった場所の床が、スライドして開いていく。その下には、巨大な扉が姿を現した。
◆
扉の前に立つと、その巨大さに圧倒された。
高さは10メートルはあろうか。重厚な石造りの扉には、古代文字がびっしりと刻まれている。千年の時を経ても、その文字は鮮明に残っていた。
「『浄化の試練を越えし者のみ、真実を知る資格あり』……」
アンナが古代文字を読み上げた。家政術師として、様々な文献に触れてきた経験が活きているようだ。
「真実って、何のことだろう?」
リクが首を傾げる。
「千年前の大戦の真実かもしれんの」
グスタフが顎髭を撫でながら言った。
「あの壁画に描かれていた戦い。その真相が、この先にあるのかもしれん」
俺は扉に手を当てた。すると、微かに瘴気を感じる。だが、これまでとは違う。もっと濃密で、もっと禍々しい。
「みんなで、この扉を開けよう」
俺は仲間たちを見渡した。
四人で扉に手をかける。重い石の感触が、それぞれの掌に伝わる。
「せーの――」
ゴゴゴゴゴゴ……
巨大な扉が、ゆっくりと開き始めた。千年ぶりに開かれる扉は、重い音を立てながら動く。
隙間から、紫色の光が溢れ出す。その光の中に、何かが見えた。
「これは……」
俺は息を呑んだ。
扉の向こうには、想像を絶する光景が広がっていた。
直径100メートルはあろうかという円形の大広間。その床には、巨大な魔法陣が描かれている。複雑な文様と古代文字が、幾重にも重なり合って描かれた魔法陣は、それ自体が芸術品のようだった。
そして、その魔法陣の中央に――
「封印の間!?」
紫色の水晶に封じられた何かが、宙に浮かんでいた。
水晶の中には、人影のようなものが見える。いや、それは人ではない。人の形をしているが、全身から禍々しい瘴気を放っている。
「まさか、これが……」
俺は震え声で呟いた。
千年前の大戦で封印された存在。魔王、あるいはそれに類する何か恐ろしいもの。
封印は今も健在のようだが、少しずつ瘴気が漏れ出している。それが、この遺跡全体を汚染していた原因だった。
「どうする、翔太さん?」
アンナが不安そうに問いかける。
俺は聖剣を握りしめた。掌に汗が滲む。正直、恐怖を感じている。こんな存在を、俺たちが相手にできるのか?
だが――
「俺たちが、この瘴気を浄化する」
俺は決意を込めて言った。
「千年前の戦士たちが封印したもの。俺たちの世代で、完全に浄化する。それが、浄化士ギルドの最初の大仕事だ」
仲間たちが、静かに頷いた。
恐怖はある。不安もある。それでも、彼らは俺と共に進むことを選んでくれた。
「でも、今日はここまでにしよう」
俺は扉を見つめながら言った。
「この封印を解くには、もっと準備が必要だ。もっと力が必要かもしれない」
「賢明な判断じゃ」
グスタフが同意する。
「一度街に戻って、態勢を整える。それから改めて挑むのが良かろう」
俺たちは、ゆっくりと扉から離れた。
扉は自動的に閉まり始める。最後に見えた紫色の水晶の中の影が、微かに動いたような気がした。
錯覚かもしれない。だが、その存在は確かに生きている。千年の時を経て、今も封印の中で眠り続けている。
「いつか必ず、戻ってくる」
俺は心の中で誓った。
この遺跡の瘴気を完全に浄化し、千年前から続く呪縛を解き放つ。それが、掃除士として、浄化士ギルドのリーダーとして、俺の使命だと感じていた。
◆
地上に戻ると、夕陽が西の空を赤く染めていた。
朝から始まった探索は、まる一日かかっていたのだ。体中が疲労で重く、足を引きずるように歩く。だが、心は不思議と軽かった。
「お疲れ様でした」
アンナが微笑む。その顔には、達成感が溢れていた。
「初めての本格的な冒険でしたけど、すごく充実していました」
「俺も!」
リクが興奮気味に言う。
「レベル45と55の敵と戦ったなんて、誰も信じてくれないかもしれないけど、本当にやったんだ!」
「ふむ、これが若さというものかの」
グスタフが優しく笑った。
「儂も久しぶりに、冒険者だった頃を思い出したわい」
俺たちは、採石場跡を後にして街へと向かった。
道すがら、俺は考えていた。
今日の探索で、浄化士ギルドの可能性を確信した。レベルの低い仲間でも、浄化適性があれば俺と共鳴できる。その力は、単純な足し算以上のものになる。
これからもっと仲間を増やし、訓練を重ねれば、いずれはあの封印された存在とも戦えるかもしれない。
「なあ、みんな」
俺は立ち止まって、仲間たちを見渡した。
「今日はありがとう。みんながいなければ、あそこまで進めなかった」
「何を言ってるんですか」
アンナが首を振る。
「翔太さんがいたから、私たちも頑張れたんです」
「そうそう!」
リクも同意する。
「翔太さんについていけば、もっと強くなれる気がする!」
「浄化士ギルドは、まだ始まったばかりじゃ」
グスタフが遠くを見つめながら言った。
「これから先、もっと大きな試練が待っているかもしれん。じゃが、今日の経験が、きっと力になる」
俺は頷いた。
そう、これは始まりに過ぎない。浄化士ギルドの物語は、今日ここから本格的に動き出したのだ。
街の門が見えてきた。
衛兵が俺たちの姿を見つけて、驚いたような顔をする。朝に出発した時とは、明らかに雰囲気が違っていたのだろう。戦いを経験し、仲間との絆を深めた俺たちは、確実に成長していた。
「おかえり」
門番の一人が声をかけてきた。
「遺跡の探索はどうだった?」
「収穫はありました」
俺は微笑んだ。
「詳しくは、明日ギルドに報告します」
門をくぐり、街の中へと入る。
夕暮れの街は、いつもと変わらない賑わいを見せていた。人々が行き交い、商人が声を張り上げ、子供たちが走り回る。
この平和な日常を守るためにも、俺たちは強くならなければならない。瘴気の脅威から、この世界を守るために。
「明日から、また訓練だな」
俺が呟くと、仲間たちが笑った。
「はい!」
「頑張ります!」
「若い者には負けんぞい」
夕陽に照らされながら、俺たちは冒険者ギルドへと向かった。
今日の報告をして、明日からの計画を立てる。仲間を増やし、訓練を重ね、いずれはあの封印の間へと再び挑む。
それが、俺たち浄化士ギルドの、新たな目標だった。
古代遺跡の奥深くで見た、あの封印された存在。いつか必ず、完全に浄化してみせる。
その決意を胸に、俺たちは新たな一歩を踏み出すのだった。
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【ステータス】
佐藤翔太 Lv.54
職業:掃除士
称号:聖剣の主、宮廷浄化士、聖泉守護者、王城浄化官、ギルド創設者、遺跡探索者
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HP :950/950
MP :1500/1500
攻撃力:115(+300)
防御力:405(+50)
敏捷 :115(+50)
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【スキル】
浄化 Lv.13
└効果:概念浄化まで可能
聖浄化 Lv.1
└効果:聖剣との共鳴浄化
鑑定 Lv.5
└効果:隠された情報も取得可能
収納 Lv.4
剣術 Lv.2
└効果:基本剣技習得
浄化効率:70
汚染耐性:35
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