第10話 プラゴル第三章 2
1
冒険者チーム出発当日。
寝癖もそのまま例の勇者装備一式を着てトボトボと歩くプラゴル勇者。
「誰でござるか早朝に出発だって言ったの。あっ我輩でした。藁ww
そもそも我、基本夜型ですから。朝早くは寝に入る時間。そんな時間に冒険に出発なんて無理でござった。これまた失敬。
あっでもこれ、主役はいつも遅れて到着のセオリー通り。
到着と同時に下僕共の注目の中、真打ち登場ですなこりゃ」
などと独り言をひたすら呟きながら、待ち合わせ場所の城下正門前に二時間も遅刻して、又それにまったく反省する事無く到着した中年の元引きこもり。
しかしプラゴル勇者の予想とは裏腹にその場に彼の下僕(冒険者仲間)は誰一人居なかった。
「はぁ?我輩以外誰も着てないとはどう言う訳?」
大遅刻した自分の事はすっかり忘れて、苛立つプラゴル勇者。
「冒険初日に集合時間も守れないなんて、この先不安しか無い。こりゃ参った」
そんな感じで、待ち合わせ場所にてぶつぶつ独り言を言い続けて気分を紛らわせていたが、しだいに不安になりしきりに辺りを見回す。しかしそれらしき人物は居ない。
「わっわっ……我輩、もしかして置いてかれた……!?」
プラゴル勇者の脳裏に一抹の不安がよぎると同時に大の大人なのに段々いじけてくる。そんな時、遠くからこちらに向かって大声で話しかけて来る声がする。
「すみませ〜ん!勇者さま〜遅れてしまいました〜」
振り返ると若き従騎士が冒険の荷物を背負ってこちらに駆け寄って来る。
「なっなんだよ〜。遅いじゃないか〜」
そう言ったプラゴル勇者はすでにその目に若干の涙を浮かべていた。
その声色に怒りは無い。むしろ安堵の声である。
「いや〜昨日位から緊張しちゃいまして。せっかくだからと昨日の夜中からここで待ってたんですけど、見回りの衛兵に不審人物として詰め所に連行されちゃいまして。今やっと解放されたんです」
「ちょ、マジっ、昨日の夜中からって、早すぎンだろ。どんだけっやる気あんのよチミっ」
「はいっ!それはもう僕、嬉しくって!」
若い青年は目を輝かせて答えた。
早朝の待ち合わせに前日の深夜に来る事の非常識に気付かない彼ら。
「ところで後二人が見当たらないのですが……」
そう言った従騎士は正門前の広場を見渡した。しかしそれらしき人物二人は姿形もない。
ふと正門前広場から延びる中央大通りを眺めると、そこに立ち並ぶ商店の一つ、喫茶店のオープンテラスに見覚えの有る人物の姿が…。
そこに居た老人はお茶を飲みながら分厚い魔法書を広げ読書に勤しむ…振りをしながら街行く人々(若い女性限定)を血眼になって目で追っていた。
勇者と騎士は足取りも重く老人にゆっくりと近づき声を掛ける。
「あの〜そこの魔法使いのお爺さん。こんな時間にここで何をしていらっしゃるので?」
「何ってここでお茶を飲みながら魔術の深淵について考えておったのじゃが」
そう返答しながら老人はゆっくりと振り返り、その視線をプラゴル勇者と従騎士に向ける。
「あれ?何でお前らがここにおるのだ。ワシになんか用か?」。
「何か用かじゃないだろ。昨日約束したよね。今日の朝、冒険に出発するって」
そう言われた老人は両目とその口を大きく開いて硬直した。
それはもうすっかり忘れてました!と一発で理解出来る形で…。
「うむ。良く覚えているぞ。今日出立じゃったな。ワシは準備万端じゃ!」
そう言い訳をした大魔法使いの全身は着古した貧相な上着とタイツ、足下は近所に出かける用のサンダル姿だった。
「そうじゃっ!ちょっと忘れ物をしておった。何せ長旅になるからの。色々入り用じゃて。今すぐ家に帰って取りに行って来るわい。ちょっと待っとれ!」
そう言い残して大魔法使いはそそくさとその場を立ち去り、家に戻っていったのだった。
「ちょっと待ってて、て…今らか準備。長くなりそうですね」
ため息をつきながら正門前広場に戻る二人。しばらくすると彼らの視界に片手に日傘、そしてもう片手で巨大なピンク色のキャリーバックを転がしてくる怪しいオークがゆっくり近づいてくるのが目についた。
プラゴル勇者達が居るのに気付いたオークの姫巫女は満面の笑みを浮かべながら日傘を全力で振っている。
(ああ……なんだろ…。なんかこれから危険な冒険に出かけるって感じがしない)
「ごめんなさ〜い。なんだか準備に色々戸惑ちゃって、少し遅れちゃいました」
(少しじゃねーだろ)
「今日は日差しが強いですね。こんなに強い日差しはお肌に大敵なんで困っちゃいます」
冒険初日にこれから遭遇するであろう数多の怪物達よりも、強い日差しを大敵と言うオークの雌。
「ところでその大きなお荷物は何ですか。良ければ私が少し持ちましょうか」
場違いな服装と荷物を抱えた雌オークにも努めて親切な若き従騎士。
「ああ、これ?ちょっと長い冒険の旅になりそうでしょ、だから色々と……」
そう言って姫巫女オークはキャリーバックを開けるといくつかの荷物を取り出す。大量の化粧品。着替え。衛生用品。その他色々、しかも寝間着や枕まで。 おまけになぜか枕はペアで二つ。
「そうですよね。女性の旅といえば色々気を使いますもんね」
若き従騎士ちょっと感心。
「私、枕が変わると良く眠れなくって」とかオークの雌が言ってる。
その枕、片面には“YES”の文字がその裏面には“イエス”の文字が書いてある。
(なんだよ両方とも肯定しか書いて無いじゃねーかよ。拒否権無しか)
中年勇者はそう思いながらその使い道に関して背筋にいいしれない恐怖を感じる。
「おほっほっ。みんな揃った様じゃな」
声のした方を振り返ると、これまた大きな荷物を背負った魔法使いの老人が杖をつきながら側まで来ていた。
と、急いできたのか、少し足を踏み外し、老人が背負った大量の荷物が散乱する。
「あわあわ、スマンスマン」
散乱した荷物を見れば 小さな箱で、楽しい家族計画。厚さ0.01mm x12個 とか書いてある。そんな箱が20個ほど。
「おい爺さん何しに行くつもりだよ」思わず声に出すプラゴル勇者。
「なんじゃっ!旅に偶然の出会いは付き物じゃろーが。その時にこれは最低限のエチケットじゃぞ。それともおぬしは常時“生”派か?良い年なのに感心せんな」
(いや、そう言う問題じゃない。お前の年を考えろよ。ていうか冒険の旅だよね)何だか頭がこんがらがって来る。
(ていうかさっきの爺の一言でそこの盛りのついた雌オークが艶かしい目つきで舌なめずりしながらこっちを見てるんですけど。怖い…)
「しょうがないの〜。ほれ、あげるから受けとれい」
大魔法使いは全てを悟った様にため息を吐くと、上から目線でまるで冒険に必要な貴重アイテムの様に箱の中身を二個程取り出した。
そしてさも口惜しそうに目の前に居る中年勇者に渡したのだった。
それをしっかり受け取る勇者。彼が大冒険を前にしてかの大魔法使いの“何があるか解らない”と言う何の根拠も無い自信に少し感化されたのは言うまでもない。
「おいおい、あれだけ持っておいて我輩にくれるのは二個だけとか、どんだけケチなんだよ。いや、貰っといてなんだけど…」
「なんじゃ〜。ん〜あれじゃ。財布にでも入れとけば、いざと言う時さりげなく使えるんじゃないかの」
「財布にこんな物入れてるとか中学生かよ。それにいざと言う時とかこちとら40年生きてきてその時が一度も来た事ねーよ」
と言いつつ、しっかり貰ったそれを貴重品の入った小袋に大事そうに入れる勇者。
それを見た老人は満足そうに勇者に近づきその耳元に小声で話しかける。
「ところで、なんじゃ、ワシにお礼と言っては何だが、この冒険が終った後にでもあのオークの姫君の連絡先を後で教えてくれんかの。あのムチムチボディがたまらんの〜。真っ事、ワシのど真ん中じゃww」
(いくらなんでもこの爺っストライクゾーン広すぎだろ。どんな強打者だよ。ホームラン王目指してんのか三冠王か、殿堂入り目指してんのか?)
「やっとみんなが揃いましたね。僕、みんなの為に色々準備してきたんです」
若き従騎士は目をキラキラさせながら背負っていた大きな荷物を開け、小冊子を取り出しみんなに配る。
その小冊子の表紙には手書きの丁寧な可愛いイラストと文字で“楽しい冒険のしおり”と書いてある。
「へぇ〜すごいねぇ〜」
あまりに唐突過ぎてそれしか感想を言えない。
(そう言えば昔幼稚園だか小学校低学年の遠足の時にこんなのを貰った記憶が……)
先ず開いた最初に目についたのは冒険者の心得。それを見たプラゴル勇者は
(おっ見た目は何か幼稚だけどしっかりとした事が書いてあるじゃん)などと思い、それを読み進める。
冒険者心得
出かけてから帰るまでが冒険である
出発前に荷物のチェックを忘れない事
(雨具等のチェックもわすれずに)
トイレは先に済ませておく事
ゴミをそこらへんに捨てない。持ち帰る事
仲間とはぐれない事
拾い食いはしないこと
知らない人に話しかけられてもついて行かない事。
困った事があったらすぐにみんなに相談する事
てな感じで幼少期にみたそれにあまりに既視感が強すぎて目眩がした。
ちなみにおやつとバナナの項目が無かったのが唯一の救いである。
「どうでしたか?」その瞳を輝かせながら聞いて来る従騎士。その顔をよく見るとこれを作るのを夜なべしたのか少し目に隈が出ていた。
「役立つわ〜」それしか感想が出なかった。
また読み進めるとモンスター図鑑なる文字が記されている。
「おっ、さすが冒険のしおり。こういうのが無くちゃね」とプラゴル勇者も少し感心。
そしてページをめくってみると、これ又可愛いイラストでモンスターとその説明が書かれている。
スライム。ぷるぷるしている。弱い
それだけ。
その他
ゴブリン 少し小さい 弱い。
とか
野生のオオカミ。強い。
とか
ドラゴン。超強い。怖い。
とか。色々なモンスターが可愛いイラスト着きで説明されていた。
(いや……これ。役に立たねー)流石のプラゴル勇者もそう思いながら無言で絶句。
「どうでしたか?」再度従騎士が感想を聞いて来る。
「えっ、絵が上手だね…」
それを聞いた従騎士も笑顔が満面。
「後、勇者様、この冒険のしおりの後ろには冒険に便利な地図がついているんです。これも僕の手書きなんです!」
これを聞いた勇者は先ほどまでの感想を改め少し感心。
「よく考えたら我輩、幽霊のなんたらの場所も行き方も知らんかったわ。
どれどれ?我輩土地勘無いから助かるわ〜」
そう言って中年勇者とその若き従騎士は地図を見る。
「ところで我輩達の現在地は何処?」
そう聞かれた従騎士は地図の一点を差す。
「ここですね」
「で、我輩達が目指す死霊だか幽霊だかの学園は何処?」
「そこはタウグウェン山脈の中腹にある風光明媚な元避暑地ですからこの辺です」
そう言いながら従騎士は地図上の指先を数センチ動かした。
(へ〜何にも解らない。うん。この地図小さい。というかこの地図縮尺おかしいだろ!)
よく見ると地図の上部に“イルセカーイ大陸全図”と書いてある。それを見た中年勇者は何も言わず冒険者のしおりを閉じて懐にしまうのだった。
冒険者一行がそんな事をしていると、時刻がお昼になった事を知らせる鐘が街中に響き渡る。
「もう、お昼かよ。そう言えば何しに集まったんだっけ?」
言い出しっぺの勇者がこのセリフ。
「あっそうだ今日はみんなの為にお昼のお弁当も作ってきたんです」
そう言ったのは勿論従騎士だった。
そして荷物の中から取り出したのは色とりどりのサンドウィッチや、美味しそうな唐揚げや、たこさんに切られたウィンナーなどのおかずとあったかな飲み物などだった。
それを見た中年勇者は思う。
(女子力たけ—————。ていうか冒険前に何を用意してるんだよ。一応騎士だよな?)
少し戸惑う勇者を横目に、笑みを浮かべた他のパーティメンバーが興味ありげに顔を覗かせる。
「おおこれは気が利くの。若い奴。では早速みんなで昼食にしようかの」
「いやだっ!本当においしそう、これ見たら私もちょうどお腹が減っちゃった」
結果、なし崩し的に正門前広場の隅でシートを敷いてみんなで昼食に。
ちなみに彼らはまだ一歩も城門の外にも出ていなかった…。
昼食を終え、胃袋を満たした事で程よい眠気に誘われる一行。
しかし、そんな一行を城門の衛兵が声をかけた。
「あの〜そちら様は勇者様と大魔法使い様だと思われますが、先ほどからこちらで何をなさっているのでしょうか?もし城外に御用事がありましたら、お声かけ下さい」
「あっすっかり忘れてた!我輩は冒険の旅に出かけるんだった!」
こうしてやっと彼らの危険な冒険の旅が始まったのである。
2
王国の危機を救う為、死霊の女王の住まう死の学園に向け出発して小1時間程ったった頃。若き従騎士は先頭を歩く勇者の異変に気付き声を掛ける。
「勇者様。先ほどからどうなされましたか?何だか息が荒い様な…。」
「ハァハァ。心配には及ばんでござるよ。しかし、しかしだ!拙者少し休憩を所望するでござる。まぁあれだな。冒険者チームのリーダーたる者。皆の体調管理も我輩の役目。おっちょうどいい!あそこの木陰でちょっと休憩しようではござらんか」
歩き始めて小1時間。老年夫婦が日課にやる朝の散歩程度の距離で息を切らしてその冒険の歩みは止まったのだった。
少し顔を赤らめながらすでに汗だくな中年勇者。その隣に腰掛けた若き騎士が声をかけた。
「大丈夫ですか勇者様?何だか体調が良く無い様ですが……」
その問いかけに中年勇者は息を切らしながらも笑顔で答える。
「今日はこれくらいにして帰ろうか……」
「えっ!?まだ出発して一時間。五キロ位しか歩いてないんですが……」
戸惑う若き騎士。作り笑顔も消えるプラゴル勇者。
「何、言ってるの?もう五キロも歩いているんだよ。もう無理。これ以上歩いたら帰れなくなる」
とか堂々と言ってる。
「えっ日帰りですか?」
冒険開始早々の帰宅宣言に驚く青年。
「大冒険舐めてた。ていうかファストトラベルも用意してないなんて、とんだ
糞ゲーだよこの世界。星評価1」
「ファストトラベル? 糞ゲー?勇者様それは一体?」
「まぁ〜つまりはだね、歩いて冒険なんて我輩には無理、向かない。何て言うのこう、指だけ動かして大冒険、そんなのが向いてるの!」
「さすがにそれは……」
突然の勇者の我が侭に説得の言葉も浮かばない。
しかして、助け舟を求めて他二人の同行者の顔を伺う。
「わしもじゃ。今日は歩きすぎて寿命が1年縮んだぞ。何時お迎えが来てもおかしく無い」
「私も今日は満足です。良い運動したから今日だけで多分500グラム位痩せちゃった」
と残り二人もその目に派気や、やる気は感じられず、むしろ勇者に同調の様子だった。
冒険早々、その歩みは頓挫し途方に暮れる若き騎士。気を取り直して一時、思案した後、声を上げた。
「そうだ!皆さん少しの間ここで待っていてください。自分は王都に戻って色々用意、手に入れてきますので!」
その後、しばらくすると若き騎士は幌付きの馬車に乗って現れた。
「すみませんお待たせしました。旅の間は僕がこの馬車を御しますから、皆さん乗って下さい」
そう言って笑顔で快活に皆に声を掛ける従騎士。
それに対して遥かに年上の仲間達は喜ぶどころか明らかにテンションだだ下がり。
かつての勇者と供に旅をして魔王を倒した大魔法使いなんかは
「本気で行く気かの〜。諦めが悪い奴じゃの〜」
そんなことを言い出す。
姫巫女のオークは
「あなた、たまに空気読めないとか言われた事無い?まぁいいわ。さっそくだけど私の荷物を載せといて」とか言って更に従騎士をこき使う。
そしてこの旅のリーダーであるプラゴル勇者は馬車を調達した若き騎士に何の労いの言葉もかけなかった。
それどころかあからさまに大きなため息をつくと億劫そうに無言でその馬車の荷台に乗る。そして
「じゃあ、後よろしく〜」といってそのまま眠り込んでしまう。
そんな感じで王国の未来を掛けた冒険の旅は再び始まったのだった。
3
冒険の旅が始まって数時間後。幾らも進まないうちに日が傾き始め、馬車は街道の周りに広がる草原に突然その歩みを止めた。
「みなさん。起きてください」
「ぐ〜…ぐがっ!なっなんじゃい?も、もう着いたでござるか」
「あっ…そう。着いたの?だけど私は眠いからもう少し寝かせて…」
「なんじゃ〜そうか〜ワシはもう少し寝るでの〜」
乗り心地の悪い馬車での浅い眠りから起こされた冒険者達の第一声。
「いえ、まだ隣町にも着いていません。今日はもう日も暮れてきたので、ここで野営をしようかと思いまして」
「え〜こんな所で野宿でもするの?我輩こう見えてもデリケートなんですけど」
「実はこの馬車を貸してくれた騎士団が長旅になるだろうと、野営の為のテントや道具一式と食料まで用意して積んでくれたんですよ。」
そう言った従騎士の目線の先には馬車の荷台の奥の方に摘まれた大量の積み荷が有った。
また、“野営”と聞いた勇者は腕を組んで尊大に語り出す。
「ふふっ、まさかこんな所で我輩がかつて培ったキャンプスキルが役に立つ時がこようとは……」
その態度を見た従騎士は憧れの眼差しで中年男性を見る。
「すごいですね。やっぱり勇者様の様な冒険慣れしている方が一緒にいて良かったです」
「いや、元の世界で一時流行ったのよ。キャンプがさ。ミーハーな愚民共がアニメとかマスゴミの影響を受けてね。まぁ我輩はそれとは違って自分からしたくてキャンプを初めたんだけどね。タイミング的に愚民共とキャンプブームが被っちゃった感じ」
出た、自称ミーハーオタクでは無い。時代が追いついて来た宣言。大概に漏れず彼も又、周りで騒ぎ始めた影響で初めたのは言うまでもない。
「では早速、僕たちに指示をしてください。お願いします」
「ごめん。いや〜よく考えたら遠い昔の事だから、覚えてないや〜。すまぬ。すまぬ。それにとある事情で我輩は二度とキャンプ、まあここで言う野営はやらん事に決めたのよ」
「冒険者のベテランである勇者様がどうして?」
「まあ〜ね、酒を飲むのも、飯を食うのも家の中が一番だと言う事に気付いてしまったのよ。それに寒かったり暑かったり雨だの風だの虫だの色々あってさ、一人テントの中で“一人でこんな所まで来て、何やってんだろ?”ていう自問自答に耐えられなくなった」
「すみません。言ってる事が僕には良く解りませんが、とにかく僕も一生懸命手伝いますのでよろしくお願いします。でないと寝る場所も食事も出来無いので」
結局、寝る場所と食事をだしに使われ、嫌々手伝う事になったプラゴル勇者と他二名。彼らに取ってそれは譲れないモノだったのである。
それから小1時間。何とか暗くなる前に野営の準備が整った。
しかしやっとの晩飯という冒険のお楽しみは早速裏切られることとなった。
なぜなら期待していた晩飯にはお酒は無いし食事自体も非常に質素で味も素っ気も無い。
「おいおい、こういう時の異世界ファンタジーのアルアル展開はホカホカのシチュウとか火の上でグルグル回して豪快にかぶりつく肉とかあるんじゃ無いのかよ。
なにこれ、この固くて顎が砕けそうな干し肉とか、食うだけで口の中の水分が全部持っていかれるパサパサの糞不味いパンとか、シャレにならんのだけど。
後、暖たかいのに塩の味しかしないこのスープ。何か実験の液体を飲んでる気がする」
「ああ、これはですね騎士団の方々が気を使って用意してくれた長期保存、携行が可能な食材での食事です。我々の旅での野外の食事言えばこんな感じですが。
「あっそういえばここは冷蔵庫もキャンプの為のクーラーボックスも無いんだっけ。何かこう、ふざけた所でこんなリアル中世展開マジ辞めて欲しい」
他人の用意した食事に一々愚痴を言う自称ベテランキャンパーのプラゴル勇者。彼は冒険者に向いていない様だ。
そして皆が食事を終えた後、若き従騎士が何かを思い出したのか声を上げる。
「あっそうだ!皆様に言うのを忘れてました。
ちょっと残念な事があるんです」
「何が残念なんだよ。我輩はここにいること自体が残念なんだが。
それに今度は何。我輩は何もする気が起きんので寝たいのだけど」
「いや、実はテントなんですけど、四人用のテント一つしか用意されてないんですよ」
「はっ何!?別に良いだろ、それで」
「一人女性の方がいらっしゃるじゃないですか。その〜テントが一つしかないのでみんなそこで寝なければならないんです」
「そりゃたしかに、あのオーク嬢の気分を害する様な事をすれば、あの怪力でそのまま永眠。冒険は夜のテントの情事がきっかけで密室殺人。ゲームオーバーだよ」
と、思ってオークの姫巫女の座っていた方を見るが、そこに彼女の姿は無く、あるのは食べ終わった後の食器だけ。
(あれどこだ?何処行った?)と思ったら、すでに一人でテントの中で大いびきをかきながら爆睡していたのだった。
(当の本人まったく気にしてねーじゃねえかよ。
てかこいつ花嫁修業中で家事万全じゃなかったか、食うだけ食って食器そのまま洗いも片付けもしてねーじゃねーかよ。
しかも何の言葉をかける訳でもなく、すぐさま爆睡とか。
どんな花嫁だよ。糞オーク)
と、思いを巡らせていたら。
野営なのにわざわざ寝間着に着替えていた大魔法使いが、コソコソとテントに一人入ろうとしていた。
「お〜い、じいさん」と声を掛けると、人差し指を立て口にあててこちらに顔を向けた。
「シッ〜っ。隣で寝るだけ、添い寝するだけじゃ!」と小声でこちらに向かって話す。
そしてその老人は静かにテントに入っていた。その後、しばしの沈黙の後老人の叫び声が聞こえる。そしてテントの中からは姫巫女オークのいびき声だけとなる。
少し心配になってテントの中を覗くと、寝返りをしたオークに強烈な一撃を喰らって気絶した老人がいたのであった。
「ハァ〜…」
あきれて、ため息と共に従騎士の方を見ると、彼はせっせと皆の分の食器などを後片付けしていた。
「こいつマジ良い嫁になるわ〜。男だけど……」
4
そして食事の片付けも終わり(その殆ど全てを若き従騎士が片付けた。何なら用意も青年がした)プラゴル勇者と青年もテントで就寝することに。
二人がテントで横になったのも、つかの間、若い騎士は小さな声で
「また明日から頑張りましょう。おやすみなさい。勇者様。……グ〜……グ〜」
と言う感じに秒で爆睡してしまうのだった。
(えっ嘘。コイツ寝るの早すぎだろ。ていうか良くこの状況で眠れるよな)
そう思うテントの端で横になっていたプラゴル勇者。その一方の端で眠る姫巫女オークの巨大ないびきの声の騒音が気になって眠れない。
「ぐごっぉぉぉぉ〜。ぐごっぉぉぉぉ〜」
(いつになったら、このいびき止むんだよ)
「ぐごぉぉっ!…………。……」
「あっ止んだ。今のうちに我輩も眠りませう。おやすみなさい」
「アンッ♡、……イヤンッ♡」
(何だ!何だ!何が始まった!?ていうか寝言?妙に艶かしいな。どんな夢見てんだよ)
「ぐごっぉぉぉぉ〜。ぐごっぉぉぉぉ〜」
(また、始まった……)
「ぎぃぎぃ—————。ぎぃぎぃ—————」
(今度は歯ぎしりかよ。マジで嘘だろ。嘘だと言ってよ。と思ったら、隣で寝ているコイツかよ)
そう思って、恨めしそうに従騎士を見るプラゴル勇者。寝顔は可愛いのに歯ぎしりを続ける従騎士を恨めしそうに眺める。と、その時若い騎士は甘えた声で呟く。
「ママ———————。むにゃ…むにゃ…。」
(なんだ?かーちゃんに甘えてる夢でも観てんのか?)
「……。」
(おっ!?終った。今度こそ我輩も眠りませう)
「……。ブチッ殺すぞ!!」
(うわぁ!びっくりした。心臓破裂するわ!
どんな夢の状況だよ。というかキャラに似合わず毒吐くなよ〜。
もういい加減、我輩も眠くなって……てっ、痛って。誰だ我輩の顔を蹴るのは?)
そう思い目を開けると、さっきまで並んで隣で寝ていた従騎士がプラゴル勇者に足を向けて横になって寝ている。
(おい。お前かよ。この糞ガキ。寝相悪すぎだろ。あっ、また転がって行く)
ゴッンッ
(オーク姫と頭がぶつかった。ていうかそれでも二人まだ寝てるわ。すげーな)
「ぐごっぉぉぉぉ〜」
「ぎぃぎぃ—————」
(こいつらどんなレム睡眠だよ)
「アンッ♡、……イヤンッ♡」
「マ————————……。……ブチッ殺すぞ!!」
(……。我輩まだ一睡もしてないのに悪夢を見てるんですけど…。どう言うシチュエーション?)
(そういえばあのジジイだけ静かだな。死んでんのか?)
そう思い老人の方を見るとうつ伏せに身体をくの字に曲げて気を失いそのまま寝ていた。その為か、いびきもかいていないし寝言も言わない。
(スゴい寝相だなジジイ。そう思ったその時、高く突き出したその尻から大音量が鳴り響く)
ブボッぶぶぶぶぶぅ———————————プッ
(なんだ、この糞ジジイ、寝てんのにこんな所で屁をこきやがった。…………。臭ぇ———————!こっちまで臭ってきたじゃねーか!)そう思ったのも束の間。
ぶぶぶぶぶぅ———————————プッ。ヒュ————ぷっ。
(また、こきやがった。年とって肛門の筋肉緩んでんのか?)
「うわっ!狭いテントの中だから充満して余計に……にお…う」
(こんなんじゃ安眠どころか変な夢見ちまう)
そんな時テントの向こう側、姫巫女オークの寝言が聞こえる。
「ダーリンたらいきなり、すごいにおい…プレイ。……でも…嫌いじゃない」
(どんなプレイの夢見てんだよ?この変態恥女オーク。しかも肯定とか)
その隣で寝ていた従騎士も眠りながらテント中に蔓延した異臭に気付いたのか、寝言を言い始める。
「勇者様……ブリーフから……おむつに…ですね。これでいつでもどこでも、……漏らしながら…でも冒険でき…ますね…勇者様…かっこいい」
(はぁ?こやつ何時、我輩が大人用おむつ履いて戦う戦士になったんだよ。まぁ、確かにこの年にもなるとついつい下半身が緩みがちになるのは確かだが、特に酒に泥酔した時なんかは…。しっ、しかしだ。いくら何でもおむつ履くまでにはなってないぞ、我輩は……たぶん……まだ…。
あ〜。何だか自身が無くなってきた)
(いや、まて、それどころじゃ無い。なんだかテスト前の一夜漬けの中学生とか締め切り前の漫画家みたいに眠気が無くなって、むしろ頭がキンキンに冴えてきちゃったよ)
「とにかく寝よう。心を落ち着かせて寝る事に集中集中」
そう言うとプラゴル勇者は必死に目を閉じ、体を丸めて寝る事に集中した。
「……」
「ぐごっぉぉぉぉ〜。ぐごっぉぉぉぉ〜」
「ぎぃぎぃ—————。ぎぃぎぃ—————」
「アンッ♡、……イヤンッ♡」
「ママ—————————……。……ブチッ殺すぞ!!」
ブボッぶぶぶぶぶぅ———————————プッ
「ダーリン……」
「勇者様……」
ぶぶぅ———————————プッ
「……」
「眠れる訳ね————————」
5
そうしてプラゴル勇者は騒音と異臭と騒々しさの中で冒険初日の朝を迎えたのだった。
その後東から朝日が昇り始めると皆が眠りから覚めゆっくりと起き出した。
見ればテントの外には一足早く起きていた中年勇者が呆然とした姿で座り込んでいる。
「おはようございます。良い朝ですね勇者様」
そう声をかけた若い騎士に中年勇者はゆっくり振り向くと、一言いう。
「もう二度と……あんたらと野営なんか……しない」
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