第6話 プラゴル二章4

 プラゴル二章4


 1

 その頃、諸悪の根源である婚活荒らしの勇者はいつのまにか姿を消し、会場から離れた場所にある広場のベンチで眠っていたのだった。

「やめ…て!僕を…いや、僕の愚息をそんなに…イジメ……ないで!むにゃむにゃ〜」

「立て、立て、言われても…もうすでにリングサイドからタオルが投げられているの……」

 などと寝言を言いながらしばらくすると「ウギャ—————!」と、叫び声を上げながら飛び起きた。

 全身に脂汗をかきながら辺りを見回した後、その視線は下半身に行く。

「あ〜夢か〜。夢で良かった。我が愚息を握り潰されたら数少ない娯楽を失ってしまうとこだった」

 何の娯楽の事だかさっぱり解らないが、それが無くなることは無かった様だ。

「そう言えばここ何処?我輩は確か婚活会場にいたはずなんだけど」

 そう言いながら辺りを不安そうに見回すプラゴル勇者。

「あっ気がついたんですね。お兄ちゃん。ここは会場から少し離れ公園です」

 いきなり自分に話しかける不審な人物。ちょっとドキッとして振り向くとそこにはあのオークの姫巫女を一回り程小さく又一回り程若くした雌のオークがいたのだった。

「あっ、小さいオーク!ていうか、あんた誰?何故我輩はここに?」

 その問いかけに小さいオークの少女は深々と頭を下げた。

「はじめまして私はミルラァ アエイドゥルと言います。それにごめんなさい。お兄ちゃんが気を失っていて、あそこに居たらお姉ちゃんの喧嘩に巻き込まれて怪我をしちゃうと思ったので、勝手にここに連れて来ちゃいました」

「あっ、そりゃどうも、ありがとう。ていうか、お姉ちゃん!?もしかしてあのオーク…いやっオークの女の人と知り合いかなんか?」

「はい。知り合いというか、実の姉です」

 その発言に対して若い少女のオークに対して年甲斐も無くあからさまに不満な態度を見せるプラゴル勇者。

「なんだよ!そうだったのか。礼を言って損した」

「ごめんなさい……。何だかうちのお姉ちゃんがご迷惑を掛けたみたいで」

「ホントッ!迷惑。マジ有り得ん。我輩の童貞をそう簡単に易々と渡す訳にはいかないと!まぁ…直接は怖くて言えないので…代わりに妹ちゃんがお姉ちゃんに言っといてくれる。そう言って我輩は遠い世界に旅立ったとか何とか言ってさ、それとなく」

「それとなく……ですね。解りました。でも、お姉ちゃんを誤解しないでください。お姉ちゃんは本当に純真で優しくて明るくて思いやりのある良い人なんです。そう。小さな虫も殺せない様な」

「ヘェ〜そうなんだ……」

 その後二人の間に沈黙の間が生まれる。

 その沈黙によって生まれた静寂のおかげで遠く離れた婚活会場の混乱と悲鳴、叫び声が聞こえる。「かかってこいやー!くずどもー!」「ギャー!ごめんなさい〜」「ゆるちて〜」


 その事に動揺し慌てて取り繕う様に妹オークは話を続けた。


「ごめんなさい。今はちょと暴れん坊だけども昔はあんな人じゃなかったの」

(ちょと、暴れん坊って……そのレベルじゃないだろ。凶暴狂犬だろ…)

「少し聞いてください。お姉ちゃんの為にも……」

「いや〜聞きたいのは山々だけどワシはそもそも赤の他人、無関係だからの。うん、もし悩み事があるならそこらへんに居る人が良さそうなってっ!イタイッ!イタイっ!小せーオークのくせに何すんだよ!腕折れるだろ!ていうかごめんなさい。聞きます、聞きます、話だけなら何でも聞きますよ!」

「ありがとう…やっぱりお兄ちゃん優しい…お姉ちゃんが好きになったのも少しわかる…」

 そう言って少し照れる妹オーク。それを解放された腕を擦りながら黙って見ながらプラゴル勇者は思う(お姉ちゃんが好きになったのもわかるって、何がわかるんだよ。もしかしてこの小さいオークもダメンズウォーカーなの?ていうか、我輩はそんなダメンズじゃないし)

 あいかわらず自己肯定感だけは無限大(鏡を見る能力が無い)な勇者に健気な妹オークはゆっくり話をしだした。


「最初は本当に大勢のオークの人々に希望を持ってもらいたくて頑張っていたんです。日々のレッスンや自己の健康管理、色々な事の勉強。そしてお仕事 さらには良い印象を持ってもらう為のファッションやお化粧まで…。

プライベートな時間も全てそれに費やしてまで…。

だけど、その知名度が上がるに連れ……その人気も上がるけど心ない誹謗中傷が増えて行くんです。それで段々少しずつだけどお姉ちゃんも病んで来たんです。だけどそんな事を信徒であるファンや他人には相談も愚痴も言えないし」


「へぇ〜例えばどんな事」

 正直まったく興味はないが人の不幸は蜜の味。悩みの相談に乗ってやる振りをして少し癒されようとしたプラゴル勇者。


「どんなことですか?そうですねある時ファンの人に向けてお姉ちゃんのグッズを出す事になったんです。時間がない中、必至に考えてファンが喜びそうな物を出しました。だけどそれを喜んでくれた人もいるけど文句も言う人も沢山至り……」


 それを聞いたプラゴル勇者は目を閉じ苦悶の表情を浮かべて、その身体を小刻みに振るわせた。


「ふざけんなよ!幾ら使えば気が済むんだよ!グッズだ握手券だチケットだ

無駄に高いぼったくり値段付けやがって。この間、似た様なグッズが100円ショップで売ってたぞ。何で印刷内容が違うだけで10倍も20倍も違うんだよ。

おまけに限定だ、先着何名様だ、抽選だ、冗談じゃないよ誰が買うかよそんな物。……嘘だよ!買うよ買えば良いんだろ!買ってやろうじゃねーかよ!御布施だ御布施。尊いあの娘に御布施だよ。

 ……おい、嘘だろ冗談だろ、買おうと思っても、売り切れじゃねーか。というかサイト重くて繋がらねー 何でいつも買ってる我輩が買えねーんだよ

 何で糞雑魚が手に入れてやがってツィッターでドやってる訳?意味わからんし、無駄にムカつくんですけど裏で業者とグルなのか?

 おまけになんでもうネットオークションで売ってる訳?もしかして転売屋に横流しか。悪質ぼったくり。どうしたらそんな高い値段でって、ソウルドアウトって冗談だろ!」


 プラゴル勇者は突如そんな事を一人でひたすら捲し立てた後、興奮が収まったのか何事も無かったかの様に振る舞った。


「おっと、すまん。過去の悪夢がデジャブって独り言を言ってしまった。気にしないでくれる。ところで、君の相談事なんだけどそんな些細な事気にしなければ良いじゃない?我輩は無理だけど。相談はそれだけ?だったらこれでお開きに……我輩は何だか嫌な予感がするので」

 そう言ったプラゴル勇者は若干顔色が悪くなっていた。しかし妹オークは目を輝かせながら口を開く。


「まだ、あります!ぜひ聞いてください」


「この世界には雄と雌しか居ないんです、仕事をしていればお仕事の関係で雄の方とも仕事をする事があるんです。それでも楽しく仕事するため笑顔で入れば、雄と一緒に居るときは欲情している顔してるとか、アレは絶対発情期迎えてるとか。あの雄とできてんじゃないのか?とか根も葉もない噂や陰口を叩かれる。

そんなんだから年末にある聖なる祝日はゆっくり休んで家族とすごしても良いのに無理矢理仕事をいれて、年明けまでずっと仕事。休む暇もないんです」


 それを聞いたプラゴル勇者は背を向けゆっくりと空を見上げ、視線は焦点が合わないまま何も無い空中を眺めた。


「ああそうだよな。まだ駆け出しの売れない頃は一生懸命、応援してくれとか言ってるから応援してやったじゃねーかよ。

それがどうだ?ちょーと売れて来て、ちやほやされる様になったらイケメンにしっぽ降りやがって!ああ、わかってるよもう我輩達みたいなガチ恋ファンを若干うざいと思ってる事くらい。

大体その前まで彼氏居ないとかクリスマス予定無いと言ってたじゃねーかよ。だったら仕事しろ。仕事して我輩達を楽しませろ。いいじゃねーかよ、クリスマスや年末位。仕事して我輩達に少しの間くらい夢の恋人気分を妄想させてくれたってよ。こっちは生まれてこの方ずっーとクリスマスと年末年始は予定開きっぱなしだよ。悪かったな。

だいたい我輩みたいな引きこもりに取っちゃクリスマス、年末年始なんて只の平日だから。むしろ毎日平日だから。休日!?休日なんて無いんだよ引きこもりには。嫌むしろ毎日が仕事と同じだから。引きこもって自宅警備が仕事だから!24時間365日休憩も休日も無いし、過労死寸前だよ!」


 プラゴル勇者はそんな事をまた一人でひたすら捲し立てた後、興奮が収まったのか何事も無かったかの様に振る舞った。


「おっと、すまん。過去のトラウマが蘇ってまた独り言を言ってしまった。ところで、聞いた所によると君のお姉様はファンがどう思うか気にし過ぎなんではないかな。些細な事だと思って気にしなければ良いのでは?まぁ我輩は無理だけど。相談はこれで終わりだよね。じゃあこれでお開きに。何だか聞けば聞く程、忘れていた過去の悪夢を呼び覚ましている感じがする」


 そう言ったプラゴル勇者はもう顔面蒼白。嫌な汗が全身から吹き出していた。

だが妹オークは更に声のテンションを挙げて言う。

「やっぱりお兄ちゃんに相談して良かったです。こんなに真剣に聞いてくれる人初めてです。まだあるんでぜひ聞いて下さい」


「お姉ちゃんの先輩の巫女の人がもう良い年齢になったので引退を宣言したんです。その時はファンのみんなもこれからもずっと応援するとか永遠に君の事を忘れないとかみんな感動で涙を流し合ったんです。

その後お姉ちゃんの先輩は良い出会いが会ってオークの貴族の方と結婚しました。そしたら元ファンの方達は態度を一変。ビッチとか裏切り者とか今まで使った金返せとかさんざん誹謗中傷を言われ、先輩は二度と表舞台には戻らなくなりました」


 それを聞いたプラゴル勇者は頭を抱え、小さくうめき声を上げながら頭を左右に振っていた。

「大事な報告がありますって、新衣装や新曲、イベント告知まぁいつものことですよ。でもまさか本当に大事な報告を週刊誌で知らされるとは思っても見なかったよ。モデルだ俳優だ?あんた男性の容姿は気にしないとか言ってたろ。

性格重視で優しい人が、嘘こけ。どこぞのITだベンチャー企業の社長だ?そんな会社見たとこも聞いた事もねーよ!スポーツ選手だ?ちょっと待って君は運動苦手とか言ってたよね。何処に接点が?というかあんたオタクな趣味だとか言ってったろ。オタ趣味まったく関係無い奴じゃねーかよ。

君が好きだと言っていたオタクの奴と付き合えよ、いやむしろオタクの引きこもりと付き合え。

おまけに最後の駄目出しが突然の結婚発表。妊娠何ヶ月これからも応援してくださいだー、する訳ねーだろ。あんたのせいでそれどころじゃねー。我輩の傷だらけの心を病院に緊急搬送したいんだけど」


 そんな事をまたまた一人でひたすら捲し立てた後、興奮が収まったのか何事も無かったかの様に振る舞った。


「おっと、すまん。また独り言を言ってしまった。おまけに過去の心の古傷から大量の出血が。ところであれだよね、ファンとの関係とプライベートはまったく別だからね。そう考えれば良いじゃない。まぁ我輩は無理だけど。ところで心のヒットポイントがもうゼロなんで、相談は終わりにしよう。ていうかもう、何も聞きたく無い」


 そんなプラゴル勇者の悲痛な願いもむなしく妹オークは話を続けた。


「そんなことがあっても大勢の信徒の為、必至に祈祷をがんばってた。

でも……過密スケジュールで祈祷のレッスンやイベントの打ち合わせファンサービス。

気がつけば他人の顔色をうかがい数字ばかりを気にする日々。

なのになぜかファンからは上から目線で厳しい事や駄目出しや揚げ足取りを色々言われて。

何も無くても病んじゃうんです」



「そんな子ばかりでも、あの娘は違うと信じてあの娘が幸せになる様に応援をかんばってた。ツイッターのフォローやいいね。あの娘が係わる物は全てをチェック。気がつけばあの娘の事ばかりを考えてた。

そりゃわかってるよ。住む世界が違うって事くらい。ならば最初から突き放してくれればいいのに、何故か何時も一緒だとかみんなの事をいつも考えているとか、臭わせる様な事を言う。コーン営業全開で。

何も無くてもおかしくなっちゃうんです」


「そんな訳でオネーチャンあんなにやつれて痩せちゃって

性格も少し歪んじゃって」


「そんな訳でこんなだらしない身体になりました

性格は元々歪んでますけど、なにか?」


 そこまで会話すると妹オークはスッキリした顔で満面の笑顔で答え頭を下げた。

「なんだかお兄ちゃんに相談しているうちに悩んでいることがどっかへ飛んじゃいました。本当にありがとうございました」

 それに対して地面に倒れ込み、息も絶え絶えなプラゴル勇者は答える。

「それは良かったね。ところで我輩すんっごいデバフで頭がいかれて今にも死にそうなんですけど」


「私本当に久しぶりに見たんです。オネーチャンがあんなに楽しそうで元気な姿」

(えつ食ってただけだろ!そう言えばアレで痩せちゃった方なのかよ。まぁ我輩はこう見えて痩せてる方だけど)


「それも全てオニーチャンのおかげ……」


「いや今日初めて、数時間前に会ったばっかりなんだけど」


「どうかお姉ちゃんをよろしくお願いします!私、応援しますから」

(何をよろしく!?何を応援!?姉妹揃って我輩に迷惑かけんなよ!)

「あの〜何故だか解らんが、もう心も身体もボロボロで期待に応えられそうも無い……」

 そんな二人の会話が落ち着いた時、突然、街中を緊急事態を知らせる警報が鳴り響いたのだった。


 2

『緊急事態。怒り狂い赤く目を光らせたオークの大軍勢が急接近中。一般市民は速やかに城内に非難退避せよ。また武器を取れる者は武器を手に取り城壁前の広場に集結せよ。

これは国家存亡の危機である。皆の協力と奮戦を期待する』


 街中に響き渡るその報せは瞬時に街の雰囲気を一変させた。数多くの商店は次々と商いを辞め店を閉じ、街を行き交う人々は急ぎ自宅へ向けて帰路に就く。

 先ほどまで賑わっていた婚活会場も誰一人居なかった。このイベントに参加していた女性達は避難の準備、男性の殆どが武器を取り城壁前の広場へと向かった。

 過去最強の魔王が復活したという話が広がって以来皆この時が来ると準備していたのだった。



 同じ頃城内の大会議室には王女をはじめ王国の全閣僚。騎士団や魔術戦闘団といった各戦闘団の指揮官また有力な貴族など、この国の有力者達が一同に介していた。

「で、敵の到着時間は」

 重苦しい雰囲気の中、王国の宰相マジルテがその口火を開く

 それに対して病床から立ち上がった近衛騎士団団長ステレアスが答える。

「おそらく今夜、少なくとも日付が変わる深夜には王都に攻めよって来るかと」

 その発言に対して会議参加者全員から驚愕のうめき声がこだまする。

 そんな中、憤りを押さえきれなくなった大貴族の一人が発言する。

「速い速すぎる。辺境諸国からの距離ならば速駆けの馬でも二日はかかるぞ。

それが武装したオークの5万、いや今はその数ふくれあがって10万とも、そんな大軍が僅か一日もかからず王都に侵攻とはどう言う事だ?」

 その発言に呼応する様に他の王国政府重鎮が発言する。

「これでは他の国境や拠点に駐屯している我が軍を呼び戻す事も周辺同盟国に援軍を要請する事も出来ないではないか」


 その発言にその前まで部下の魔法使いに女子更衣室覗きの件で説教を受けていた大魔法使いジルジ・スケルベが答える。

「あれは只のオーク軍ではない怒れるオークの大進軍じゃよ」


「怒れるオークの大進軍とは一体?」

 皆の注目が大魔法使いに集中する。普段ボケていてもこう言う時はその膨大な知識が役に立つ物なのだ。注目を受けた大魔法使いはゴホンッと一つ咳き込みをすると喋り始めた。

「怒り憎しみ、妬み嫉み僻み、それら全ての負の感情にその身を燃やした狂気のオークの群れじゃ……。ワシも古い伝承でしか聞いた事が無かったが、まさかこの目でお目にかかるとは思っても見なかったぞい」

 結局まめ知識程度で何の役にも立たない情報。皆落胆するしか無い。

 しかしそれでもなお王国市民を守る責務を負った王女は冷静だった。

「それを止める手だてはあるのでしょうか?今王都を守る防衛軍は武器を手に取った一般市民の兵も含めて約5万。堅固な城壁を最大限利用して篭城戦で援軍が来るまで時間を稼ぐとか」

 そんな王女の提案に大魔法使いは目を閉じ静かにその頭を横に振って答えた。

「無い。かつての古き伝承では怒り狂ったオークの大進軍はその全てを破壊尽くし奴らが通った後にはぺんぺん草も残らなかったという。そしてそれは怒り狂ったオーク達の命燃え尽きるまで続くという……」


 会議室にかつて無い程の絶望の空気と沈黙が支配する。その中でも僅かな光明を探し思案する。市民含め全員王都を捨て退避する。しかし狂った大進軍の進撃速度ではたちまち追いつかれ虐殺されてしまう。かといってこのまま王都で防御に徹した篭城戦を展開しても一日持つかどうか。そんな事が堂々巡りで皆の頭の中を駆け巡る。


 その不安と恐怖の沈黙に耐えられなくなった一人が大声を上げる。

「しかしっ!しかし何故だ!?何故今になって突然、その様な古き伝承でしか伝え聞かないオークの大進軍が始まったのだ!しかもこの王都に向けて……」

 その自らの運命を呪うかの様な問いに対して皆頷いた。

 只一人その問いを聞いた騎士団長は苦しむ様にストレスで痛む胃の辺りを押さえた。それを察した騎士団長側近の騎士が前に出て報告する。

「はい。それなんですが……。グリフォンに乗った空からの斥候の調査報告によりますと怒り狂ったオーク達は皆口々に“色情勇者を殺せ、欲情勇者を潰せ”と叫びながら進軍していたという事です」


 それを聞いたほぼ全員が一斉に怒鳴り声で叫んだのだった。


『あのっ糞っ勇者ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ—————————!』



 3

「赤い目をして怒り狂ったオークの軍勢……もしかして!これは大変!」

 オーク軍の襲来による王都の危機を聞いた妹オークは第一声そう言った。

「えっ何が大変なの?」

 取りあえず興味は無いが聞き返すプラゴル勇者。それに対して妹オークは深刻な表情で答える

「私も古い昔話でしか聞いた事が無いんですけど、もしそれが本当ならこの街つまりこの人間の都の全てが滅ぼされちゃいます。その後にオークの雄達の殆ども無惨に死に絶えるという……」

 そう言った妹オークの顔は少し青ざめていた。

「えっまじで!?ヤバいじゃん。でどうすんの?」

 この危機的状況において40も過ぎたオッサンがまだ10代そこそこのオークの少女に対してこれからどうするのか尋ねる。おまけに本人危機感ゼロである。


「私何とか一人で止めてみます。出来るかどうか間に合うのかどうかも解りませんが」

 小さなオークの意を決したその発言は何かを覚悟した様だった。しかし込み上がる不安で少し震えている。

「あっそう。マジ頑張って応援する。我輩はどうしようかな〜」

  彼の本心からの発言である

「お兄ちゃん……」

 考え込む中年勇者を見つめる妹オーク。その目には彼に対するなにかしらの期待の感情が見て取れる。

「よしっ逃げよう!とっととずらかろうこんな街から!」

 晴れ晴れと答えるプラゴル勇者。

「えっ、えっ逃げるんですか!?……あっ、そ、そうですよね逃げた方が良いですよね。多分ですけど狙いはお兄ちゃんだと思うから」

 戸惑う妹オーク

「えっマジで、意味解らんのだけど。だったらなおさら逃げなきゃじゃん。

まぁとにかく、妹ちゃん頑張って止めてね。我輩はどこか遠く安全な場所に逃げるから。後お姉ちゃんには我輩はどこか遠くのお星様になったとでも伝えといて。それじゃ!」

 中年勇者はそう言って颯爽とその場からを立ち去ったのだった。


 その後しばらくして一人取り残された妹オークは少し思いを巡らし静かにつぶやく。

「やっぱり、お姉ちゃんが好きになった理由が解る……ああは言っても私達を……」


「ところでオネーチャン何処いったんだろう?……」


 4

 早速遁走する為、街を取り囲む城壁の門の前まで来たプラゴル勇者。しかし城門は固く閉じられオマケにその防御をより堅固な物にするため周囲の住宅の石壁を壊し、その石で城門前に高く厚く積み上げられていた。

 完全に王都に閉じ込められ脱出経路を失い途方に暮れ立ち尽くすプラゴル勇者。

 その中年を快活な声で呼ぶ者が居る。

「勇者様!ご無事でしたか」

 見ればそこにはあの若き従騎士が居た。

「あ、うん。まぁね」

  歯切れの悪い返事。

「勇者様はてっきり王国政府の緊急会議に参加しているものかと思っていました。あっ!もしかして防衛準備の視察ですか。さすがは勇者様。でも御心配無く。王都の住民全員で必至に進めています。とか言う僕も先ほどまで参加してまして。いや〜慣れない事ばかりで僕なんかみんなの足を引っ張ってばかりで……」

「あっそう。うん。まぁその話はいいかな……」

 そう言って元気に話す従騎士の話をプラゴル勇者はさえぎった

「どうかなさいましたか勇者様。少し元気が無い様な……」

「あ〜まぁね。我輩はちょっと一人でやらなければならない事があって…」

 歯切れの悪い返答と中年勇者の今までに無いその悩んだ表情を見て従騎士は“はっ”と何かに気付いたかの様な顔をし、そして深刻な表情になって行った。

「付いて行きます!」

「はぁ!?」

「勇者様一人で死地に向かわせるなど僕には出来ません!ならば僕も一緒に敵に向かって戦うのみです!」

「いや、そうじゃないんだよ。チョット、チョットだけ外に用事があってね。いやさ、すぐ帰ってくるんだけどさ。外に出れないかな〜なんてね」

 引きつった作り笑顔の中年勇者。

「またそうやって勇者様は一人で出て行ってオークの大軍と戦うつもりなんですね。少しでも我々の犠牲を少なくする為に……ですが、ここは勇者様の従騎士として忠言させてください。確かに1万のゴブリンの大軍をお一人で破ったのはスゴいと思います。しかし今度の相手はそれよりも数倍強いと言われるオークの大軍。その数、解っているだけでも10万以上。しかも怒り狂い赤い目になったオークはそれはもう伝説級の恐ろしき強さだと聞きました。そんな戦を勇者様一人でさせるなんて出来ません!」

 珍しく気負ってまともな事を言う従騎士に少し圧倒されるプラゴル勇者。

「あ、あっそう…。じゃあちょっと頼んじゃおうかな」

「はい!一緒に戦って、死にましょう!」

 若干潤んだ目をキラキラさせて言う若き従騎士。勇者はと言うと只動揺するばかり。

(えっ何言ってんのコイツ?我輩はこれっぽちも死にたく無いんだけど)


「只すぐには戦え無いです。城門という城門は全て固く閉じられ街を取り囲む城壁も更に堅固に補強されました。いかに強力なオークの大軍といいましても

、空でも飛べない限り簡単には乗り越えられないと思います」


「空か〜空ね〜」


「どうかなさいましたか?」


「あっそうだ!聖なる大剣あれだわ、あれ!確か我輩持ってたよな」

(あれを使えば空飛ぶ馬のペガサスだっけ何だっけの馬が呼べるんだよね。そしたら空から逃げられんじゃんww)


「勇者様…聖なる大剣を持ってどうするおつもりですか?それよりもあの聖なる大剣、あの大剣は勇者様の部屋には無かった様な」


「あっそうだ!忘れてた。いやね、部屋に有るトイレの鍵が壊れててさ、困ってたのよ。ほらあの〜してる最中に覗かれでもしたらさ嫌だろ。我輩は力むときは集中したいタイプなんで。その他色々もねww。そしたらあの剣が扉の鍵の代わりのつっかい棒にちょうど良い訳。だからトイレの中だわ」


「ト……トイレ。あの伝説の聖なる大剣がトイレに……」

 流石の従騎士も若干引いてしまう。勇者はそんなモノは気にしない。


「早速部屋に戻ろう!それじゃーね」

 くるりと踵を返し城内の自分の部屋へ帰ろうとするプラゴル勇者。その明るい表情はとても死ぬ覚悟を決めた戦に向かう者の顔では無かった。


「お供します」

 一方そう言ったまだ若き従騎士の顔は悲壮感を堪えながらの決意の表情。

 それに対して勇者は背中を向けたまま語る。

「ついてくるな!あの馬は一人用…いや我輩一人で十分だから」


 そう言って一人この場を去って行くプラゴル勇者。それを見送る従騎士は感動で涙を流しながら遠ざかる背中を見送るのだった。


 5

 城内の自室に戻る道中、城の警護の騎士や兵士がやたら騒がしかった。これから始まる戦の準備で忙しいのかと思ったが、

「あの糞勇者が部屋に居ないが何処に逃げた?」とか、

「お付きの若い騎士と城下の街に出て婚活会場に向かったとの報せが何故か大魔法使いから知らされました。どうせ今頃女の子を引っ掛けてどこかの宿屋でイチャイチャしてるんじゃないのか?だとしたらワシも混ぜて欲しかったとかいっていました」とかいう飛び交う会話の内様で自分を捜していると気付いた。

(オークとの戦いをワシにも参加しろという事か?まったく、どいつもこいつもこういう時ばかり我輩を頼るなよ)

 人を頼るのは遠慮しないが、頼られるのは大嫌いな元引きこもり。

 大体こう言う時はろくな事が無いと言う直感がしたので、プラゴル勇者は身に付けたマントで完全にその姿を覆い隠し目立たない様に隅を歩きながら部屋に戻った。

 

 無事部屋に戻りトイレの中から聖剣を手に入れたプラゴル勇者。

これからどうしたモノかと考えたが良い案が浮かばない。なぜなら目立たない場所で空飛ぶ馬を呼び出さなければならないからだ。

 そんなことを考えながらふと窓の外を眺めるとそこには物見用の一際高い塔がそびえ立っていた。

 「おっいいじゃん!あそこの天辺なら邪魔が入らず馬呼んでこの街からトンズラ出来るじゃん」

 そして日がどっぷり暮れたのにも係わらず戦の準備で騒がしい城内をよそに目立たぬ様に高い塔に向かったのだった。


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