第2話

プラゴル第一章 2



 1

 灰色の空の下、険しい渓谷の狭い道を抜けた一万を超える大軍が召還の塔の前に広がる乾いた平原に戦闘の陣形を整えるため、砂煙を上げながら展開して行く。

 灰色の荒野に数多くのゴブリン達の雄叫びと、彼らが使役する魔獣達の吠える声が響き渡り、また戦意を高揚する為の不気味な太鼓やラッパの音が止まる事無く鳴り響き続ける。

「グォォォォォォォォォォォォォッ! 勇者と人間ども、全てを皆殺しだ———————!」

 未だかつて無いゴブリンの軍勢を従え、速死王の異名を持つことで知られるゴブリン王ザッコは凶暴な魔獣ピッドブールに騎乗し、来るべき勝利に向かって残忍な笑みを浮かべながら雄叫びを上げたのだった。



 2

 一方その様子を城壁の上で見守る召還の塔の騎士達。武装し防戦の準備を整えた彼らの顔は皆一応に青ざめ、覇気がなかった。

 なぜなら召還の塔を守る兵は大魔法使いを守る為に選ばれた精鋭の騎士団とはいえ、その数はせいぜい500。たとえ勇者の召還が成功し、またあの魔法使いがこの戦いに参加しても敗北は確実に思えたからだった。同時に辺境にあり険しい山々に囲まれたこの場所は逃げる場所も道も存在しなかった。

 結果、彼らの未来はどれほどの時間生き残れるかそれだけ……。

しかし彼らは皆思う。(もし、召還された勇者が真に最強の勇者ならば、この絶望的な状況を覆す事ができるかもしれない!)

 まさに藁にもすがる、神に祈る様な気持ちで真の勇者の登場を無言のまま待つのであった。



 3

「それは間違いないのだな」

 騎士団長は伝令の騎士に向かって努めて冷静にまた静かに問いただした。

 だがその表情は暗く眼には絶望がからか、焦点が定まっていなかった。


「ただ…あの……。ここだけの話ですが、かなりの御高齢になる大魔法使い殿はいささか記憶の混乱と言いますか…あの〜正直申しまして、物忘れが酷くなっていると言いますか……」

 そこまで言うと伝令の騎士は口ごもった。

「ああ…君の言いたい事は理解出来る。老人特有のボケが発症しているのだろう。だがしかし今この世界の危機を救う勇者を召還する事ができるのはあの大魔法使いだけなのだ」


「だとしたら、この豚が、いやこの異世界から召還されたこの人間がこの世界をこの危機から事の出来る勇者なのですか?」

 騎士二人は青ざめ絶望の眼で中年男性を見たのだった。その視界にいる男は下半身を露出したまま再度気を失い、石の床の上でヒクついている。

 騎士団長はその顔に滲み出るやな汗を拭うと、少し考え込み何かひらめいたのか、目を大きく開け話し出す。

「この者が真の勇者ならば……アレを試そう!」

 それを聞いた騎士は最初、何の事だか解らず少し困惑する。しかしすぐに彼も思いついたのか。動揺の声を出す。

「まさか!あれをこの男に試させるというのですか?」

「そうだ、少なくとも今我々が生き残るにはこいつがそれを出来る事に賭けるしかない!」



 4

 塔の最上階より更に上、その屋上にあたる場所に目的のそれがある。それとは古くからある固い岩でできた祭壇に一振りの大剣が突き刺ささる伝説の聖遺物。

「アレが、かつて勇者が使っていたという伝説の聖剣……」

 そう言葉を発した騎士が見つめる先にある剣は長い時を経て尚、錆一つ無く、灰色の空の光を反射していた。

「ああ…。もし、こいつが真の勇者ならば、あの岩の祭壇に突き刺さった聖剣を抜く事が出来るはず…。」

 そう言うと騎士団長は横たわる男性めがけてバケツに入った冷水を浴びせ叩き起こしたのだった。

「へっくしょっっっん!! さぶっ!」

 壁も何も無い塔の屋上は冷たい風が吹き荒れていた。そこへ大量の冷水を浴びせられ、中年男性は一気に意識を取り戻す。おまけに冷たい風と冷水にさらされたお陰で彼の逸物もすっかり外皮と脂肪に沈んで見事、無惨なありさまである。

 目が覚めた夫太郎チャンはその手で濡れた顔を拭うと隣に立つ騎士を恨めしそうに睨み文句を言う。

「てゆうか、お前らなんなんだよ〜。ここいったいどこなんだよ〜」

 この時はまだ中年男性の脳内では一連のできごとが引きこもり連れ出し更生業者の仕業で、事が落ち着いたら逃げ出して訴えて、オマケにネットで晒してやるとか思っていた。

 一方騎士団長は中年男性の意識が戻ったのを確認すると、片膝を付き屈んでその頭を下げる。

「先ほどまでの無礼、本当に申し訳ない。ことは緊急切迫した状態であり。我々も気が動転していたのだ。つとめて私から謝罪する……」

 その様子を見た夫太郎は何の事だか理解できず。狐につままれた様に開いた目をパチクリする。

 その反応に騎士団長は何かを理解したのかその首を軽く縦に振る。

「ああ、そうか、貴殿はまだ何も知らないし、知らされてないのだったな」

 そしてあらためて騎士団長はこの男性が何故ここに居るのか、その理由をゆっくり丁寧に説明したのだった。

 でっ、夫太郎チャンの反応は当然、頭真っ白である。

「はっ?……」

 説明を受けた中年男性は一言発して辺りを見回す。そしてしばらく考え込んだ後、ニヤリと不気味で不快な笑みを浮かべた。そして一転自信ありげに語り出す。

「あの〜お宅の言いたい事は大体わかったんですけど。しかしこれって良くある異世界転生ものだよね。だとしたら、前提とか段取りがおかしく無い?」

 その言葉に今度は騎士達の頭のなかに?マークが浮かぶ。

「えっとね〜見て分かんないかな〜。あのね〜我輩に主人公的なご都合主義のチート的なバフが我輩には一切無いんですけど」

 そう言いながら中年メタボの男性は目線を下ろして自分の張り出たお腹を眺める。

 その様子に困った顔をした騎士団長は努めて冷静な口調で語り出す。

「貴殿の言いたい事は良く理解出来ないが、そなたが異世界から召還された真の勇者ならばそれに相応しい伝説の装備があるのだ」

 そう言うと彼は聖剣の刺さった石の祭壇を指差した。

 言われるがまま指差した方向に視線を向けると夫太郎チャンは表情を変える。

「なんだ、一応有るんじゃん。お約束のチート装備。まぁそれだけだけど。でゅふっ」

 そう言うと夫太郎チャンは引き攣った笑い声をあげた。

「さぁ、異世界から召還されし者よ。あの聖剣を抜いてみてくれ。そしてそなたに真の勇者の資格があるのを我々に示して欲しい」

 中年男性は言われた通り進み、石の祭壇に突き刺さった聖剣に手をかけると、何のためらいも無くそのまま引っ張った。

 すると呆気ないくらいにそのまますっぽりと、抜けてしまうのだった。

(キタコレ! 我輩の輝かしい異世界ライフの始まりでつかなww。)そう思いながら勝ち誇る夫太郎チャン。

 騎士達は予想を超えたあっけない出来事に驚愕する。

「数多くの名だたる戦士達がどんなにやっても抜けなかった聖剣がこんなにもいとも簡単に!」

 剣を引き抜いた勇者以外、皆呆然としていると続けざまに石の祭壇が砕けて中から聖なる輝きを放つ鎧一式が現れたのだった。

「アレはかつて古の真の勇者のみがその身に纏う事を許されたと言う伝説の聖なる鎧!」



 5

 皆が無言で立ち尽くす中、聖なる鎧の後光を背後に浴びて聖剣を手に取った中年メタボ男性いや、プラゴル勇者はこれ見よがしに、聖剣を二三度振る。

 しかしとたん深いため息を吐くと、すぐさまその剣を地面に突き立てると膝をつく。

 そして一言。

「だめだこれ、重すぎて無理。拷問?いやコレ、なんかの嫌がらせ?」

 長年続いたニート引きこもり生活。普段からパソコンのマウスとゲームのパッドぐらいしか持つ事が無く、たまに下半身についているに貧相な一物しか握る事が無いプラゴル勇者に聖なる大剣などはどだい無理な話だった。

 しかもすでにハァハァ、ゼェゼェと絶賛息切れ中である。 


 そんな勇者を見て不安がよぎる騎士達。騎士団長は彼らの気持ちを察したのか、大声を張り上げる。

「だがまだ諦めるな!奴の背後を見ろ!アレこそが伝説の勇者の鎧だ!」

「古の伝承では敵のいかなる攻撃も防ぎそれを纏う者に傷一つ付けなかったと言う……。しかしその聖なる鎧は異世界から召還された真の勇者にしか、身につける事が出来なかったはず」

「そうだ!あんな奴とはいえ聖剣を引き抜いた男。ならば勇者の鎧も身に纏う事ができるかもしれん!」

 そう言って騎士達は祭壇から現れた鎧を担ぎ出しプラゴル勇者に着せようとするのだった。


 そして先ずは手の篭手から付けようとする。

 しかし周囲の不安をよそにそれは以外にも簡単に装着できたのだった。それと同時に手に装着した篭手は白い神聖な輝きを放つ。

「おお!まさにこれこそ異世界から召還された勇者の証し!」

 驚きと共に続いて胴の鎧を付けようとする。

 しかし……。

 前後の胴鎧を合わせようとするが腹回りの分厚い脂肪がはみ出て鎧に挟まる。

「イタイっ!イタイっ!痛いっ!お腹の肉がっ!肉が挟まる!」

 プラゴル勇者が大声で悲鳴を上げる。

 結果胴鎧は彼の薄い胸板の部分しか装備する事が出来ない。


 その後、気持ちを改めて中年男性の頭に立派な兜を被せようとする。

「イタイっ!イタイっ!痛いっ!毛が抜ける!頭が潰れる!」

 またもや悲鳴を上げるプラゴル勇者。

 結果兜を被せようとするがこれもその体格の割に頭が大きくて半分も被れず、装着は諦める他無かった。

 その後、なんとか装着出来る肩や腰回り、スネなどの一部を取りあえず装着する。腰も一部しか付けられなくて、少し黄ばんだ白いブリーフがほんの僅かにその姿を覗かせている。


 結果ファンタジーゲームの肌をあらわにした露出の高い鎧を装備した女騎士と同じ様にビキニアーマーを着たプラゴル中年男性の完成である。



 6

「見事に着れたぞ!さすが勇者だ」

 引き攣った笑顔で満足げにそう言う騎士隊長の視線は、宙を彷徨い焦点が合わない。おそらく絶体絶命の危機に騎士団長も冷静さを失ってしまったのだろうか…。


「さあ行こう勇者殿!」

 気持ちを切り替え勇者に声をかけた騎士団長は塔の端までプラゴル勇者をつれていく。その端から見た眼下に広がるのは荒涼とした岩と砂だらけの平原。

 その平原には魔王軍の大軍がこの城塞に向かって進軍して来る様子が一望できたのだった。

「これから奴らを迎え撃つ。我々の命運は貴殿に架かっているのだ!勇者殿!」

 そう言いながらプラゴル勇者の両肩を大きく揺らしたのだった。

「はぁ〜…へっ?」

「いやいや、無理無理無理。無理ですって!聖剣だって重たくて使えないし、聖なる鎧だって…。見てこれ。お腹むき出しなんですけど。ヘソ出てるよね。我輩のヘソ」

「心配するな。聖剣も鎧も装備しているだけで大いなる効果が発揮されるのだろう。たぶん……」

「心配するなって。いやそれよりもさっき、たぶんって言ったよね。たぶんって言った。いやマジで我輩殺す気ですか?」

「イヤーもう、うるさい!どの道勇者殿が活躍できなければ我々は全滅なのだ!」

 そう言って眼下に広がる魔王の大軍をを指差したのだった。

 それを見たプラゴル勇者は小声でぶつぶつ何事か呟いたあと涙を浮かべ空高く叫んだのだった。

「いいかげんにしろよー!!」



 7

 その後、駄々をこね嫌がる勇者は騎士達に脇を抱えられ塔の頂上から塔を囲む城壁内側の広場に降りていった。

 その途中騎士達は小声で各々の今後を話している。

「どうせ死ぬなら最後まで戦って名誉の戦死を遂げてやる」とか。

「死ぬ前に少しでも多くのゴブリンを道ずれにしてやる」とか。

「この任務が終わって帰国したら幼なじみのあの娘に告白して結婚するんだ」とか。

 まったく勇者に期待しておらず散々な言い様である。



 城壁の守備についていた騎士たちは全員これから訪れる戦を前に意気消沈していた。そこへ塔の中から騎士団長が現れ大声で号令をだす。

「皆注目!!諸君も気づいていると思うが、今この場所に魔王軍の大軍が迫っている。しかもこの塔の場所は険しい山々に囲まれた谷の一番奥に有る為、撤退の為の退路が無い!結果、我々が生き残るには500人足らずのお前達騎士団全員で一万を数える魔王軍を打ち破らなければ生き残る道はない」

 その最後通牒の様な演説に騎士団全てが重苦しい沈黙に包まれた。それは実際には戦争にもならず、一方的な虐殺が自分達に降り掛かってくる事を意味していたからだった。

 ここで騎士団長は更に大声を上げた

「だがっ!しかしっ!我々は確実に勝利する事が出来るのだ!なぜならジルジ ・スケルベ大魔導士が異世界から未だかつて無い最強の勇者を召還したのだ!その勇者はあの岩に突き刺さった聖剣をいとも容易く引き抜き、そしてあの伝説の聖なる鎧をも顕現させたのだ!」

 それを聞き騎士達は僅かな沈黙の後、一斉に歓喜の完成を上げたのだ

「おおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 沸き起こる歓声と注目の中、騎士団長とその側近の騎士達は左右に分かれ中央を開けた。そして彼らの後ろに居た勇者の姿を皆の面前に晒したのだった。

 更に湧く歓声しかし……

「うおおおおぉぉぉぉぉおぉ……」沈黙「えっ……?ぇぇっぇ〜」

 全員が驚愕と共に沈黙する。

 誰一人声を発する事すら出来ない中で、ただ一人まったく空気が読めない人物が発言する。

「どっどっどど、どもっ。あっ…あのっ初めまして木喪杉 夫太郎です。この世界を救いに来た最強の勇者でござる〜なんちゃって〜あはっ」

 人を不快にさせる作り笑いを浮かべ、照れからか中年にもなって頬を若干赤く染めたプラゴル勇者の男がそこに居たのだった。

 その様子を見た騎士団の面々はヒソヒソと感想を言い始める。

「終った……」とか

「俺は何か悪い夢でも見ているのだろうか?だとしたら早く目覚めてくれ」とか

「この期に及んで神は悪い冗談がすぎる」とか

「死ぬ前にあの娘に告白しとけばよかった」とか

「俺まだ童貞なんだ。この際だから男でも良いから誰かケツをかしてくれ」とか色々。中には無言のまま涙を流す者までいる。


 しばしの沈黙の後、騎士団長が消え入る様な声で言った。

「さぁ勇者殿よ。そなたが抜いた聖なる剣を皆の前に見せてやってくれ……それを見れば少しは皆希望が出て来るやも知れん……少しはな…」

「あ〜はいはい。あの剣ね。じゃ〜皆様にお披露目しますか」

「みなさ〜ん。これこそ我輩が手に入れた聖なる大剣で〜す」

 そう言うとプラゴル勇者は背負った聖なる大剣を取り出し高く掲げたのだった。


 しかしその剣を見ても誰も反応すらしない。そしてその場が暗い空気と沈黙に包まれたその時。突如勇者が掲げた大剣が聖なる光を発し輝き始める。

 それは光の筋となって遥か上空、暗く淀んだ雲の一点を照らす。すると分厚い雲の一部が取り除かれ、空から光の筋が降りて来てスポットライトの様にプラゴル勇者を照らす。

 と同時に空を見上げた誰かが叫んだ

「あれを見ろっ!」

 全員が見上げた先には空の間から神々しく光り輝く白いペガサスがこちらに向かって飛んで来るのだった。

「アレはこの世界を救う勇者登場と共にその姿を現すという伝説のペガサスだ」

「そうだ!勇者のみが騎乗を許され、その速さは音の速さを超えるという……」



 8

 伝説のペガサスの登場によって全員が絶望の中ほんの僅かな希望が見え始めたそんな時。

 勇者は(あらまぁ、我輩はこれに乗れば一人だけでも飛んでこの場所から逃げられるんじゃね?ラッキーですね藁ww)などと卑しい中年男性の平常運転の思考を巡らすのであった。クズである。


「ペガサスがこっちに向かって降りて来るぞ!全員退避散開し場所を空けろ!」

 今まで騎士団が集まっていた広場の中央に光り輝く白いペガサスが颯爽と降り立つ。その威厳たるや、まさに生ける伝説そのモノだった。

 全員が固唾をのんで静かに見守る中、騎士団長が言う。

「勇者殿。伝説のペガサスがそなたの登場を待っている。行ってやってくれ」

 言われるがまま勇者は居並ぶ騎士達を掻き分けペガサスの前にその姿を晒す。


 その姿を見たペガサスは一吠え

「バッ、バッ、バヒンッ?!」

 その眼を見開いて明らかに動揺している。というか馬にも感情を表すリアクションがここまで出来る事に驚きである。

「ブルルルルンッ、バフッ、バフッ」

 心無しか息づかいも荒くなり、注意深くプラゴル勇者を凝視する。それはまさに警戒のそれである。

 しかし、そんな事をまったく意に会しない勇者は意気揚々とペガサスに乗り込もうとするが、足が短くとどかない。またその体重故に飛び乗る事も出来なかった。

 おまけに乗り気ではないペガサスも非協力的である。しかし勇者装備の効果なのかそこから動く事が出来ない様である。

 しばらくの間、勇者が騎乗の為に必至に一人でもがいていると見るに見かねた者達が騎乗を手伝い、ようやくペガサスに股がったのだった。

 そのとたん騎乗によって得た高い場所からドヤ顔で辺りを見下す様に見回すプラゴル勇者。どう言う訳かその様子は周りの人間を非常な不快感と不愉快な気分にさせ、未だかつて無い屈辱感を与えた。

「よ〜しよし。よ〜しよし」

 その勝ち誇った顔も嫌みなプラゴル勇者は満足そうにペガサスをその手でなで回す。

 当のペガサスはその度に地面を蹴り不快感を表す。それに気づかないプラゴル勇者は何を思ったかそのタテガミを掻き分け脂ぎったその顔で頬ずりをしたのだった。

「馬ヒッんっっっ!!」

 その瞬間ペガサスの全身に未だ経験した事が無い悪寒が全身を駆け巡る。

 そして正気を失ったペガサスは暴れ馬となり、自らに股がる人間を振り落とそうとまるでロデオの様に必至に暴れ出したのだった。



 9

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ———!」「助けて—————!」「退避っ————!」

 その走りは音速を超えるという伝説のペガサスが暴れた事によって城壁の中は悲鳴と絶叫が飛び交う修羅場と化す。

 怒り狂うペガサスは勇者を振り落とそうと城壁の壁や塔の壁に体当たりをしたり、周囲に居る多くの騎士達をその足で蹴り飛ばす。

 しかしそんな事をしても何の魔法効果か、股がる勇者を振り落とす事は出来なかった。

 いっぽうのプラゴル勇者は驚きのあまり目から涙が溢れ出し、花から鼻水と口からヨダレをまき散らす。おまけに又の付け根から小をちょと漏らす。それらがペガサスの身体に降り注ぎ、火に油を注ぐのだった。


「退避っ!全員退避!皆、逃げろー!」

 もはや戦闘が始まる前から騎士団は大混乱。

「城門をあけろ!今すぐ!」

 騎士団長が叫ぶ。すると側に居た側近の騎士が言う。

「ですがっ!外には敵の軍勢がすぐそこまで来ています!今、城門を開ければ敵が雪崩を打って押し寄せてきます!」

「それでも良い!城門を開けて暴れるペガサスを外に出さなければ、戦闘の前に我々は全滅だ!」


 すぐさま団長の指示の元、巨大で重い城門が開かれる。すると開かれた門に吸い込まれる様に狂ったペガサスが城外に駆け出したのだった。



 10

「キサマら!モタモタするんじゃねー!セントウジュンビだ!タイレツをととのえろ!デキナイヤツはそのクビをキリおとす!」

 召還の塔の城塞を前にゴブリン王、速死のザッコは苛立っていた。それはゴブリンの他に魔王より賜わった魔獣達の軍勢もこれほどの規模となると統率が難しく、塔を前に陣形を組むにも戸惑っていたのだった。

「テメェどこのブゾクのモンだ!ジャマすんじゃねー!」

「ナニをこのアオニサイのクソゴブリンが!ヤレルもんならヤッテみろ!」

 飛び交うゴブリン同士の罵声と怒号。結果、中には戦闘が始まる前から一部仲間内での血みどろの喧嘩が始まる始末。

 そこに突然黒い影が降り立ち轟音を震わせる。

 『バシュッン!』

 速死のザッコが騎乗する魔獣と供にその喧騒に飛び込み巨大な斧を振り、騒ぎを起こすゴブリン達を両断し叫ぶ。

「このオレサマのメイレイがキケナイヤツはオレがこのテでただのニクにかえてやる!」

 その威圧にたちまち恐れをなして大人しくなり従うゴブリン達。その異名のごとく速死のザッコは同族の手下でも容赦なく殺す。暴力を振るい血を流すことによる恐怖で統率する。

 これこそが異なる部族同士ゴブリン達一万の大軍を統率出来る理由だった。

 そうしてその混乱もようやく落ち着き後は戦闘開始の合図をするだけとなったその時。

「おカシラ!あっアレは!」

 側近のゴブリンが暗い灰色の空を指差す。空を見上げれば厚い雲の切れ間から忌々しい白いペガサスが塔に向かって降りて行く。

 それを見た速死のザッコは傷だらけの醜い顔を更に歪ませる。なぜなら、もしも勇者か老いぼれの魔法使いがあの空飛ぶ馬に乗り空から魔法の攻撃をしてきたら自らの身に危険が及ぶ事が考えられるからだった。

 だがそれよりも最悪の場合は勇者が空飛ぶ馬に乗ってこの場所から一人逃げてしまう事。

 そうなればこの戦の本来の目的(勇者を始末する事)が達成出来ない事になる。それは彼自身が魔王によって殺される事を意味していた。

「にがすか!クソユウシャ!」

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!イクゾッ!ヤロウども!」

 怒りに震えたザッコは自ら先頭に立ち城壁に向けて先陣を切りかけ出す。

「ぎゃぉぉぉぉぉぉぉっ!」 

 ゴブリン王に感化された一万の大軍は一斉に甲高い雄叫びを叫ぶと雪崩のごとく城壁向かって殺到する。


 しかしすぐにゴブリンの大軍は城壁への突撃を辞め、呆然と立ち止まる。

 何故なら塔を囲む城壁の向こう側が急に騒がしくなり、愚かにもその堅牢な城壁の城門を自ら開け放ったからだった。


 ゴブリン王は一瞬戸惑ったが、これぞ好機と突撃再開の合図となる絶叫を上げる。そして再度突撃しようとしたその時、開け放たれた城壁の扉からたった一騎の白く輝くペガサスがいななきながら城門から躍り出す。


「ばっひひひひひひひひひひひっひひひひっっっひいひひん!」

 今まで聞いた事の無い様な馬の悲鳴が戦場一帯に響く。同時に音速を超えた時に出るソニックブームの爆音が戦場の空気を揺るがした。

ドゥッ――――――――――ン!



 11

「なんじゃこりゃー!!!!」馬上で勇者が叫ぶ。同時に彼はペガサスに振りほどかれ戦場のど真ん中にむけて投げ出される。

 プラゴル中年男は勇者の鎧を装備し、重さ100キロ近くもある脂肪の固まりが音速を超えた弾丸となり魔王軍の大軍に打ち出されたのだった。


ドガッ!バシャッ!

 ペガサスが城門から躍り出たと思った瞬間、ゴブリン王速死のザッコは飛んで来た脂肪の固まりに瞬時に粉砕され即昇天!


 長年の不摂生な生活で貯えた見事なまでの脂肪による丸い身体と髪が薄くなった頭頂部は理想的な空気抵抗値を叩き出し、聖なる鎧は防御力性能の限界テストでもするかの様な状況でもその固さと頑丈な性能を発揮した。

 それは音を超える速度と相まってゴブリンの大軍の中をまるでピンボールの様に縦横無尽に弾き弾かれ飛び跳ね続ける。


「ギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」

 謎の脂肪の弾丸にゴブリン達の断末魔の叫びが響く。

 たちまち万を超えるゴブリン軍はかつて無い恐怖の中で崩壊。

「テッタイ!テッタイだ―――――――!」

僅かな生き残りも悲鳴を上げながら戦場から逃げ出したのだった。


 後に城壁の上からその凄惨な光景を見ていた騎士達は口々に語る。

「どんな戦場でもあんな死に方(音速弾丸プラゴル勇者に弾かれる)だけはやだ」

と悪夢を見ていた様に語る。

 また僅かに生き残り逃げ延びたゴブリン達は肌色のゴムボールを恐怖の化身として未来永劫末代まで語り継ぐことになったのだった。

 その他、勇者を振り払いそのまま空の彼方へ飛び去った伝説のペガサスは語った。「ばひっ ばひつ ばひひひいいいん ばひつばひつ」(あの時は自身限界を超えた最高速を叩きだした)と……。 



 時が経ちおびただしい数のゴブリンの死体が転がる戦場は静寂に包まれる。その戦場の様子を城壁の上から見ていた騎士達は生き残った事に歓喜の歓声を上げる。

 しかしその中で誰一人として勇者の中年男性の安否を気にする者は居ない。

 そんな英雄は下半身から漏れ出た排泄物で異臭を放ちながら気を失い、戦場の真ん中で泥にまみれ一人倒れていたのだった。



  12

 一方その頃センタール王国の王都ドゥマンナカでは急遽召還の塔へと大規模な援軍を差し向ける事に決定したことによる出兵の準備で騒然としていた。 

 また大勢の騎士や兵士が出陣の準備をしている中、王女や宰相、司祭など国の政権のトップは王宮の円卓の間で今後の魔王との戦いについての事を話し合っていた。

 しかし話し合いの結果は芳しく無い。なぜならもし予言が正しいなら、復活した魔王は過去最強の力を持つ。そんな魔王に対して、ただの人間が数を集めた所で太刀打ち出来ない。

 それに対して今までは勇者を中心とした選りすぐりの英雄が少数精鋭のチームを組み時には犠牲を払い現れる魔王を討伐してきた。

 しかし今、魔王は召還されたばかりの勇者を大軍で滅ぼしにきている。

 そこには召還の魔法を使う大魔法使いもいる。もしもその二人がこの戦で犠牲なれば、人間側にとっては途方も無い損失であり、また魔王との全面戦争が始まる前に窮地に立たされる事となる。


 だからこそ救援が間に合わないと知りながらも奇跡を信じ援軍を送る準備をしているのだった。

「救援部隊の出立はまだなのですか」

 円卓にてそう発言した王女の表情は為政者として立場か感情は表に出ていなかったが声色にはいつもとは違い厳しさがあった。

「今現在。早急に準備中であります。よって一両日中には約5000の部隊が出立出来る予定でございます。ですが大部隊ゆえ全力で向かっても塔まではおよそ一週間程かかります。」

 老齢ながらも今だ第一線で指揮を取る王国軍の将軍が険しい顔で答える。

「そうですか……。それまで騎士団が持ちこたえてくれば良いのですが……」

 王女は暗い表情で呟くと円卓全体の沈黙がただよう。

 その沈黙を破る様に突然会議室の扉を大きく叩く音が聞こえ、それは召還の塔から急ぎの報告が到着したとの報せだった。

 (早くも全滅か…)と会議室に暗い諦めの雰囲気が漂う。が意を決し伝令に入室の許可を与え報せを聞く。

「召還の塔で大魔法使い殿が異世界より勇者の召還に成功!魔王の大軍が現れるも、召還された勇者が万を超える魔王軍をたった一人で打ち破ったとのことです!」


 その報せに全員が絶句する。なぜならこの世界の長い歴史の中数多くの勇者が異世界より召還され世界を救って来たが、召還されたばかりの勇者がたった一人でここまでの事を成し遂げた者はいなかったのだ。

「一体どんな勇者なのだ?まさかその勇者は魔神かドラゴンの化身なのか?」

 戸惑う王国宰相の問いに対して伝令は口ごもった。

「申し訳有りません。私も塔に派遣されていた騎士殿に伝え聞いた事だけですので、どんな人物なのかはお答えできません」

 その伝令の騎士に王女は静かに言った。

「伝達任務大変ご苦労様でした。早速ですが勇者様を王都に御呼びしていただけますか?」

「かしこりました。早急に伝えます。失礼しました!」

 そこまで言うと伝令は深く一礼し部屋を出て行った。

 それを見送った王女は先ほどまでの厳しい表情から優しい表情に変わっている。そして円卓全体を見回し語り出す。

「早速、ワタクシ達は英雄様の為に盛大な歓迎の準備をしなければなりません。皆その準備をお願いします」


 王女はこの新たな出会いを期待していた。父と母の馴れ初めと同じ様に……。   異世界から召還された英雄と乙女の恋の物語の数々。そして彼女は密かに思う。これが彼女自身にも運命の出会いとなることを……。



 13

 そのころ騎士団は戦いの終った戦場で必死に勇者の捜索を行っていた。そして半日程経った後、勇者発見の第一声が上がる。

「騎士団長!勇者様を発見いたしました!」

 それを聞いた騎士団長は安堵のため息を漏らす。

「それは良かった。で彼の容態は?」

「それが、意識は失っているものの、かすり傷一つ負っていません」

「それはまことか!弾丸のごとく戦場を飛び回ったと言うのに……」

 その後すぐさま騎士団長は勇者の所に向かうとそこには白目を剥いて涎と糞尿を垂れ流しながら意識を失い倒れている勇者がいた。

 それを見た騎士団長は顔を引き攣らせ(なんという臭いだ……)と思いながらも口には出さない。そして

「今すぐ勇者を救護室に!イヤその前に、風呂の準備だ!」と命令を下す。


 勇者を城塞内に運び込むと彼はすぐに意識を取り戻す。それを見て騎士団長は安堵のため息をする。

「勇者殿、気がついて何よりです。どこかお体に不調はございませんか?」

「あ〜うん。なんともないかな?それよりナニがあったの?我輩あの駄馬に股がった辺りから良く憶えてないんだけど?あれ?これ、やばっ!我輩ちょっと漏らしちゃったんだけど…」

 そう照れながら言うプラゴル勇者のオッサンに若干苛つく騎士団長。努めて冷静に対応する。

「御心配無く。既に着替えの準備は整えてあります。それと風呂の準備もしてありますのでそちらで戦の汚れを落として頂ければ」

「え〜我輩、風呂嫌いなんだよね。……あれ?そう言えば風呂入ったの二週間位前だったけな?何時入ったのか前過ぎて失念だわこれww」

 (どうりでこの臭いはお前か!このオッサン!)と思いつつも口には出さず冷静に対応する。そして嫌がるプラゴル勇者男性を無理矢理に風呂に入れたのだった。


 風呂から出て着替えを終えて一段落した勇者の前に食事が置かれる。

「なにぶんこんな場所ですので質素な食事ですが良かったらお召し上がりください」

 体臭を辺りに拡散しなくなった勇者は質素な食事の用意された食卓に座ると食事に手を付けずに辺りをキョロキョロと見回し、ため息をついた後、不満顔で語り出す。

「あの〜さっきから気になってたんだけど。我輩の周りはムサいオッサンばっかりなんですけど?」

「それがどうかしましたか?」

(お前もオッサンだろ!)そう思いつつも声には出さない騎士。だがその対応にオッサン勇者は更に苛つき出す。

「いや、だから!異世界と言えば女の子!あのね〜わかる?キャワイイ女子の一人も登場しない異世界物なんて小説投稿サイトでも一桁PVしか稼げないよ!」

「あの〜失礼ですが言っている意味が良く解らないのですが?それは勇者のご活躍に必要か何かなのですか?」

「なにそれ!そんなお約束ごとも解らんの?ここの連中は!もう帰る!

こんなとこいられるかっ!元の世界に帰らせて!すぐ帰るから!」

 と、ひたすら“帰る”を連呼し出したプラゴル中年男性。そもそも元の世界でも彼の周りにはキャワイイ女子は一人もいないはずである。


 ともかく大の大人同士なのに会話が成立しないことに困った騎士団長は彼を異世界から召還した魔法使いを呼び出し説得してもらおうと試みるのであった。


 その申し出を快諾した大魔法使いは勇者のいる部屋に入って第一声。

「ところでワシが召還した勇者は何処にいらっしゃるのかな?一言挨拶を……」

 目の前に自身が異世界から召還した勇者が居るのにそれを完全無視して辺りを見回す始末。その態度を見た騎士団長は思う(おい!この爺さんさっき思いっきりそこに居る中年勇者と目が合ったよな!)

 このままだと埒があかないのでしかたなく

「目の前に居るのが、あなたが召還した最強の勇者ですよ」と言えば

「ところで騎士団長。昼飯はまだかな?ワシは腹が減ったわい」とのたまう。(お前さっき食べてたろ!いや、ボケているのか?とぼけてるのか?)

 終始こんな感じで頭がおかしくなりそうだった。

「騎士団長殿!王女様からの伝令書です!」

 そんな時、王都からの伝令が届く。その伝令の中を確認すると内容は王女が直々に勇者に対してこの世界に降臨と早速の大きな戦功を祝して歓待したいとの報せだった。

「勇者、木喪杉 夫太郎殿。我がセンタール王国、王女オルフェ・パイルデケェ様が王城キングパーレスにてあなた様を歓待したいとのご連絡が届きました。

これは一重にこの度のあなたの戦果を祝したいとのことです」

 その内容を恭しくイジケている中年男性に報告すると、とたんに顔つきが変わる。

「なに、王女ってどんな人? でゅふっ」と気持ち悪い笑い声を上げた。

 その態度に少々ムカついたが騎士団長は努めて冷静に王女がどんな人物かを語って聞かせた。(かつての偉大な勇者と妖精の国のエルフの姫の間に生まれた聖なる祝福を伴った女性であり。理性と理知に富み公正と正義を愛し大勢の国民に慕われている等)

 しかしそれを聞いた中年男性は言う。

「えっ、そんな事どうでも良いよ、ねぇ王女可愛いの?オッパイ大きい?彼氏とか旦那とか居る?いないとしたら……もしかして処女でつか?」

 などと失礼きわまりない発言を繰り返した。

 そして、なにやら小声で何か独り言を呟いている。

「なんだ、ちゃんと有るじゃん。お約束。うほっ!」

 その意味不明なプラゴル勇者の独り言を聞いた騎士団長の背筋に得体の知れない悪寒が走る。

 そして騎士団長は意味不明に興奮する勇者を連れ王都に帰還したのだった。



 14

 キングパーレス城の中心にある巨大な謁見の間。そこは全て白い大理石で造られその周囲にはアーチ型の大きな窓が配置され、その窓から降り注ぐ陽光によって室内全体が照らし出され神聖かつ荘厳な雰囲気を醸し出していた。

 中央には赤い絨毯が敷かれその左右には王国の貴族や上級騎士団、神殿騎士団や教会の高司祭達、学術院に属する高位の魔法使い達、その他この国の有力者達が立ち並ぶ。

 そしてその最奥部に玉座が有りその玉座に王女が座している。

その王女は鼓動が高鳴る中、静かに瞳を閉じその時を待っていた。


 皆が固唾をのんで待つなか、勇者到着の報せが入ると謁見の間に静寂が広がる。

「勇者木喪杉 夫太郎殿入場!」

 その後、儀仗兵の掛け声と共に謁見の間の巨大で豪華な扉が開かれる。

 そして騎士団長と大魔法使い、その中心にいる勇者が入場しそこに居るもの全員の視線が中央の人物に集中する。

 しかし彼らが期待した人物はビキニアーマーを着たプラゴル勇者の醜いオッサンであり、その姿を見て全員が驚愕する。

 勇者の登場。そのざわつきに期待がふくらませ閉じていた瞳を開けた王女はさらにその目を大きく見開き絶句する。

「あがっ!」

 声にならない様な声を上げた彼女は確認の為に隣に立ち並ぶ側近達の顔を見回す。だが皆一様にその顔を伏せて王女と目を合わせない様にしている。。

(えっ、この人が勇者?……異世界より召還された勇者なの?)動揺しながらそんな言葉が頭を巡る。


 一方そんな周りの反応を気付きもしないプラゴルのオッサン勇者は王女を卑猥な目線で舐め回し(このオッパイの大きい女子が異世界の定番のチョロインかな)などとキモイ妄想を広げていた。


 しかし一瞬の同様もさすがは一国を統べる王女。すぐに冷静になると静かに片腕をあげる。すると広間にいる全員が片膝を付き、頭を下げて臣下の礼をする。

 その礼儀に慣れない勇者も合わせる様に同じ行動をする。

 そして少しの間を置き王女は威厳に満ちた声を上げる。

「皆様、この度は召還の儀ご苦労さまでした。また予期せぬ魔王軍の襲来。そしてそれを退ける事見事でした。だがしかし復活した魔王との戦いはまだ始まったばかり。皆様の一致団結の元、この世界の平和を取り戻すその日まで更なる奮闘、奮戦を期待します」


 その後王女は静かに立ち上がると片膝を付き、頭を垂れる勇者に近づき、その右手を差し出し語り出す。

「異世界より召還されし、勇者木喪杉 夫太郎様。是非ともあなた様のお力添えを持ってこの世界の危機を救って頂きたく思います。どうかよろしくお願いいたします。そして今後も厳しい戦いになりましょう。ですがまた勇者様の奮戦をより一層期待したく思います」

 それを受けてプラゴル勇者のオッサンは思う。(ああ、これはアレね。良くアニメとかで見るご褒美的なあれだわ!)

 そして礼儀作法など知らない勇者であったが、かしずきながらも差し出されたその右手を手に取ると、ナニを思ったか自身の唇をその舌で舐め回した後に“ブッチュウ!”と音が鳴る程の濃厚な口づけを手の甲にする。しかもそれだけでは留まらず、ペロリと舐めたのだった。

「ゔっ!」

 それをされた王女は顔は青ざめ全身に鳥肌をたてて小声でうめき声を上げる。その様子を見たプラゴル勇者は心の中で思う(惚れたか?チョロイン)


 (殺す!)その様子目の端で見ていた騎士達は怒りの表情に変わり剣の柄に手が走ったが必至に堪える。

 一方王女は全身に走る悪寒を振りほどき、冷静を装い静かに後ろに下がると落ち着いた声で側使いの侍女に言う。

「御手洗を……」

 そういわれた侍女が用意してあった水の入った金の器とタオルを厳かに差し出す。王女は差し出された御手洗で(バッシャ、バッシャ)となんとか威厳を保ちながらも必至に右手を洗うのだった。


 その後王女は深いため息をつき幾らか冷静さを取り戻すと、他の侍女に「例の物をこちらに…」と指示する。

 指示を受けた侍女は飾り付けられた箱を王女に差し出す。王女はその箱の蓋を開けると、きらびやかに装飾された徽章を取り出し再び語り出した。

「今、ワタクシが勇者様に差し上げる者はこれくらいしかありませんが、この徽章はあなた様がこの世界の救世主。勇者の証しであり、騎士以上の身分を示す物であります。どうか、その栄誉と供にお受け取りいただき、また、その胸に身に付けて頂けると幸いです」

 王女は徽章を手に持ち静かに立ち続ける。それは騎士の叙勲の儀式と同じく、勇者が自ら王女に進み出て徽章を身に付ける事による誓約の儀式だった。

 その様子を謁見の間に集う全ての者が見守る中、何となく理解した中年勇者。

「はっ!」

 そう返事をするとプラゴル勇者は立ち上がり王女に近づく。

 その際プラゴル勇者は妄想する。

(おっ!早速来ましたラッキースケベチャンス!ちょっと王女の前で転べばあら不思議。我輩の顔は自然と王女のオッパイの谷間か、お股の間に吸い込まれる。このエッチな展開で純真無垢なヒロインは我輩を意識して惚れちゃうラブコメ展開ってやつ。これ異世界あるあるね)

 どんな異世界あるあるだよと言いたい所だが非常識極まり無いオッサン勇者は迷い無くそれを実行に移す。

 そして突然「おっとっと、」とワザとらしい声と共に自身の足をもつれさせ転んだ振りをしようとするのだった。

 しかし長年引きニートのプラゴル勇者の身体が彼の思うままに動くはずも無く、本気で身体の重心を失ってしまう。そのため王女の胸の谷間を狙っていた彼の顔面は猛烈な勢いで王女の顔面に頭突きを食らわせたのだった。

 ゴンッ! 響く鈍い音

 瞬間、飛び散る王女の鼻血。

「ふん×ギ#——————ャ!!!!!!!!」

 両者は互いに言葉にならない絶叫を上げる。

 直後白目を剥いた王女は卒倒し、そのまま床に大の字で倒れ込む。そこに追い打ちをかける様にプラゴル勇者は足を滑らせ、倒れた王女の顔面にブリーフを履いたケツから落下!

「息がっ! 息がっ出来……ないっ…」

 その顔をたっぷり脂肪がついた尻に覆われた王女は呼吸を塞がれ、必至にもがき息をしようとする。 

 だがしかし、王女の顔の上に居座る勇者は先ほどの頭突きで意識を失いかける。それによってで緩んだ肛門から王女の顔面に渾身の屁を放ったのだった。

(プ〜ッ、ブホッ、)

「うギャーーーーーーーーーーーーャ!!!!!!!」

 王女は今まで聞いた事の無い様な悲鳴を上げるとそのまま意識を失ったのだった。


「王女様———————————!」

 辺りは騒然。殺気立った騎士達が王女の顔面に尻で覆い被さったプラゴル勇者を必至にどけようとする。

「ゔほっ!何を喰ったらこんな腐った臭いの屁をだせるんだ!この豚は!」

 などと怒りの声をあげながら……




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