第48話 色々と上手くいかないな
髪がボサボサだ……
眠い目を擦りながら鏡を見る。
今日の午後から花火大会があるのにこの身だしなみじゃ、池田の思う壺だ。
「髪を切りに行くか。店長いるかな?」
時間が限られているから、予め電話して確認するとオーケーと返事があった。
◆◇◆
「いらっしゃいませ! あっ、後無君!」
「こんにちは、詩織さん」
何度も通っていると、他の美容師にも覚えられて声を掛けられるようになっていた。
因みにここの美容師達は読者モデルを掛け持ちしている美人揃いだ。
店長が面食いだから納得できる。
「あら〜後無ちゃん、久しぶりじゃないの」
「こんにちは、店長」
相変わらず派手な出立ちで店長が現れた。
「もう! 髪がボサボサじゃないの! 良い男が台無しよ!」
店長は俺の伸び伸びになった髪を両手で触りながら文句を言ってきた。
「ごめん店長。もっと早く来るつもりだったんだけど忙しくて。で、今日は花火大会行くからチャチャっとやってくれるとありがたいんだけど」
「花火大会? 彼女と?」
店長がギロッと睨んできた。
嘘は誤魔化せない雰囲気だ。
「彼女……レンタルだけど」
“レンタル”の部分を小声で伝える。
「えー、ちょっとそれどう言う意味!」
「後無君、そんなに女に飢えてたの?」
「レンタル彼女と花火大会なら私と!」
俺と店長の会話を聞いていた他の女美容師達がワラワラと集まってきた。
「いや、ちょっと待ってよ! こっちだって色々と事情があって」
「その話、聞こうじゃないの。ここに座りなさい」
尋問かよ。とは言え、言う事を聞かないと髪を切ってくれる雰囲気じゃなさそうだから仕方なく椅子に座り事情を話した。
「……と言うわけ」
「なるほどね。後無ちゃんらしいわね」
ふー、何とか納得してくれたみたいだ。
「もっと、早くに相談してくれたらお店の娘を選ばせてあげたのに。ねー、貴女たち?」
「私達ならレンタル彼女なんかより良い仕事するよ❤️」
俺の周りを囲んでいた美容師のお姉様方がノリノリになっていた。
「いや、キャバクラじゃないんだからさ」
「でも、相手のカップルの一人が芸能人の優ちゃんとはねー。貴方も大変ね」
「あれ、池田の事知ってるの?」
「後無君は知らないかもしれないけど、過去に店長とトラブルがあって優君を出禁にしたの」
話を聞いていた詩織さんが教えてくれた。
「だってー、あの子すごく態度が悪いんだもん。髪型には文句を言うし。顔は中々なんだけどねー」
店長は全く気にする事なく出禁にした理由を語った。
成程ね。普段のアイツの態度なら納得出来る。
「さて、後無ちゃんの尋問は終わりよ。髪を切るから準備に取り掛かるわよ」
チョキ チョキ
「後無ちゃん。私のお願いしていた事覚えてる?」
やっぱ覚えていたか……
このままスルーしようとしてたんだけどな。
「えっと……何だっけ?」
チョキ チョキ
「カットモデルの件よ? 後無ちゃんと可愛い女の子がいたら紹介してって話」
「あー、思い出した。カットモデルって何だか恥ずかしくてさ。だってネットや雑誌出るんでしょ?」
チョキ チョキ
「そうよ。でも、カットモデルでネットや雑誌に載ったら、学園の女子からキャーキャー言われるわよ?」
そこなんだよな……いや待てよ。
俺の知名度が上がれば、検体採集に有利に働くかもしれないな。それに、安八恵を釣るにも十分な餌になるかも。
ここは決心するか。
「分かった、受けるよ」
「キャー、後無ちゃん、もう最高!」
店長が抱きついて頬をジョリジョリしてきた。男?に抱きつかれる気分は何とも言えない。
「もう一つ問題なのは貴方の相手役が中々見つからないのよ」
チョキ チョキ チョキ
「いや、店長なら幾らでも知ってそうだけど?」
「ノンノン。私はダイヤの原石を探しているの。未だ世に出ていない唯一無二の原石をね」
チョキ チョキ
「あー、そう言うことか。確かに中々見つからないな」
「でしょ? まー、レンタル彼女とデートする位だから後無ちゃんには期待はしてないわ?」
チョキ チョキ
「でも世に出てない唯一無二の美少女なら知ってるよ」
「本当? 私の店の可愛い選りすぐりの娘達より美女って事よ?」
チョキ チョキ
「そこは大丈夫……あっ」
しまった、と思った時にはすでに遅し。あちこちから殺気立つのを感じた。
「あらー言うじゃない。じゃあ後無ちゃん、その女の子連れてきなさい」
チョキ チョキ チョキ チョキ
「いや、彼女はあまり目立ちたくない気質で呼んでも来ないと思うけど」
「来てくれたら、ここで3年間何回でも切ったり染めたりしても無料にしてあげるわ。そう伝えてくれるかしら?」
本気かよ……
「了解。取り敢えずそのオファーを伝えておくよ」
◆◇
「後無ちゃん、お疲れ様」
「ありがとう店長。これでバッチリ花火デートが出来るよ。じゃあ」
サラッとそのまま店を出ようとすると、店長から呼び止められた。
「後無ちゃん、例の件お願いね」
「ハハッ……聞いてみるよ」
ニコリともしない真顔の店長が言うものだから嫌とは言えなかった。
店を出た後、時間を確認する。
もう15時か…… 思ったより時間が掛かったな。待ち合わせが17時だから案外時間が無い。
花火大会会場へ向かうか。
レンタル彼女のサチさんへLINEをする。
“サチさん、予定通り向かってるいるのでよろしくね!”
ピローん
“私も今向かっている所だよ。不破さんよりも早く着くと思うので、駅に到着したらLINEくれる? 駅まで迎えに行くね❤️”
良かった、予定通り来てくれそうだ、ってお金を払うんだから当たり前か。
花火は港の側で打ち上げるのが恒例で、最寄りの駅から会場まで多くの露店が出店される事になる。
大変なのは最寄り駅まで行く事。
家族連れも多いが、通称カップル成立花火大会という事もあり、浴衣姿の男女が電車内一杯に敷き詰められている状態だった。
少し前まで引き篭もりだった俺は、今まで花火大会なんて縁が無かったものだから、噂以上の混み具合に息が詰まる思いをしながら待ち合わせ場所である駅へ向かった。
港の最寄り駅まで何とか辿り着き、サチさんへ到着連絡をするが暫く経っても返信が無い。
あれ? 未だ返信が無いな。まぁ、予定の20分前だし気長に待つか。
サチさんが駅まで迎えに来ると言ってくれたものだから下手に身動き出来ず、ただ待つしかなかった。
———20分後
「あのー、一人ですか? お兄さん超カッコいいんだけど。私らと遊ばないかなぁーって」
浴衣姿の派手目なギャルに声を掛けられる。
「ごめん、彼女(レンタル)と待ち合わせなんだ」
ふー、一体何回断ればいいんだ。もう、4回目だぞ。それに、約束の時間なのにサチさんいったいどうしたんだろうか?
すると、後ろからサチさんの声が聞こえた。
「不破さん」
「あっ、サチさん。何かあっ」
パシンッ!
「えっ……?」
「馬鹿にしないで! あんなに可愛い彼女が居るならわざわざ私をレンタルしなくてもいいでしょ!」
いきなりサチさんからビンタを喰らい唖然としていると、サチさんは吐き捨てる様に一言言って去って行った。
『やーね、男の浮気かしら?』
『あっ、でも良い男。一人なら声掛けちゃおうかな』
周りから哀れみの声が聞こえる。
は? 何? 意味が分からない。
可愛い彼女? どう言う事だよ?
ビンタされた頬を右手で押さえたまま立ち尽くす。
ピローん
“俺の知り合いのプロデューサーの伝手で、眺めの良いホテル一室を貸し切ったから17時30分に絶対に来いよ!”
見ると池田からのLINEで一番来てほしくない奴からのメッセージだった。
さて、どうするか……
ジワジワと痛みが出てきた頬をさすりながら俺は途方に暮れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます