第44話 初盆

——- 8月12日


「ファー……、おはよう」


夏休みボケで遅くに目を覚まし、階段を降りてリビングへ向かう。


「おはよう後無」

「おはようお兄ちゃん」


「あれ? 2人して荷造してどうしたの?」


 2人共リビングで荷造りをしているものだから不思議に思う。


「あっ、伝えてなかったわね。私と摩美、ちょっと法事で出掛けるの。今日と明日は帰らないから」


 芳恵さんが忙しそうに答える。


「私達が居ない間に家に女の子を連れ込まないでよ?」


 摩美は嫌味を言いながらも荷造りの手は休めていなかった。


「へいへい。母さんも摩美もちょっと息抜きしてきなよ。俺の事はいいからさ」


◆◇


「じゃあ、留守番お願いね」

「じゃあねお兄ちゃん。私が恋しくても泣かないでよ!」


「誰が恋しくなるか(笑)母さん、摩美、事故には気をつけて」


 玄関先で二人の後ろ姿を見送ると、芳恵さんがクルッと振り返って真顔で俺を見た。


「母さんどうしたの?」


「もし、貴方の大切な人の初盆があるなら必ず行きなさい。いいわね?」


「……分かった」


 俺の本当の家族も初盆だったな……


 葬式にも出ず、家を飛び出した親不孝の息子に供養されても、あの人達は喜ぶのだろうか?



———8月13日 夏祭り当日


 時計を見ると12時。

 今日は快晴で真夏日。日差しで身体が溶けてしまうほどの暑さだった。


 約束の16時にはまだまだ時間が有る。


「未だ早いけど行ってみるか」


 昨夜から芳恵さんの言葉がずっと頭から離れずにいた事から、思い切って実家の様子を見に行く事にした。


 今住んでいる場所から反対方向のエリアで、電車で30分程。


 電車の中から眺める景色が、徐々に思い出と共に鮮明になっていく。


 思い出と言っても悪い思い出ばかりだけどね。


 最寄りの駅で降りて徒歩で実家へ向かう事10分、遠目で実家が見えてきた。

 実家に行くのは何ヶ月ぶりになるだろうか? 


 実家へ近づくにつれ、心臓の鼓動が速くなっているのが分かる。

 廃れてしまって、もう、別の人達が住んでいるんじゃないかとネガティブな事ばかり考えてしまう。


 これは……


 実家が目前に迫ってきた。意外にも外観は綺麗な状態で、庭も雑草が無く手入れされている。

 

 そして表札は……鈴木のままだった。


 もしかしたら、叔父が管理をしてくれているかもしれない。


 家の中の様子が見れないか……

 塀の外からピョンピョン飛んで家の中の様子を伺う。


「不破君?」


「うわっ!!」


 突然背後から自分の名前を呼ぶものだから飛び上がるほど驚くリアクションをする。


「えっ、このみ?」


 振り返るとそこには幼馴染である海津このみが居た。


「不破君、凄いリアクション(笑)」


「いや、だっていきなり背後から名前を呼ばれたらビックリする……だろ?」


 このみの姿を見て言葉が詰まる。

 彼女は制服を着て、手には菊やカーネーションが包まれた花束を持っていた。


「どこか供養に行くの?」


「うん。幼馴染のお父さんとお母さんと唯ちゃんの為にお墓にお供えしようと思って」


「そうか」

 俺の家族の為に供養しようとしてくれるこのみの気持ちが嬉しかった。


「不破君はこんな所で何しているの?」


「えっ、俺? 俺は……」


 マズイな。よりによって鈴木太郎の家の前でこのみにバッタリ会うなんて。どんな言い訳すればいいんだ。


「いやー、早く到着しすぎちゃって、知らない街を散策してたらここに迷い込んでさ」


 すると、このみは口に手を当ててクスクスと笑い出した。


「ふふふっ、16時まで未だ時間あるのに不破君、ハシャギ過ぎ」


「ははっ、確かにそうだ」


 取り敢えず何とか言い訳したぞ。


「……」


 お互い見つめ合い、次に何を話すか探りを入れる。


「えっと……折角だから不破君を案内したいんだけど……お墓に行かないといけなくて……」


 このみは俺に気を遣って離れられずにいた。


「もし、邪魔じゃ無かったら俺も一緒に行っていいかな?」


「えっ?」

 俺の予想外の言葉にこのみは目が丸くした。


「いやっ、悪い。やっぱ迷惑だよな」


「ううん、そんな事ないよ。不破君なら……一緒に行って欲しい!」


「じゃあ、俺が花を持つよ」


「うん、ありがとう」


 俺の家族が眠る墓に行く間、このみは地元の話を一杯してくれた。

 俺の地元でもあるから知っている話しばかりだったが。


「このみの中学時代はどんな感じ? 可愛いから彼氏とかいたでしょ?」


 すると、このみは俯いてしまった、


「……あんまり良い思い出が無くて。私、虐められていたから。だから、彼氏なんて当然居なかった。ひくよねこんな女」


 やっぱりか……俺が居なくなって今度はこのみが標的になったんだ。


「ひくはずないじゃん! いやっ……、今のこのみが俺は好きだし、過去があったからこそだろ?」


「……ありがとう。不破君が私と同じ中学だったら、きっと私を守ってくれたんだろうな……あっ、ごめん! 私、何言ってるんだろう」


 このみは顔を真っ赤にして、顔を背けてしまった。



「不破君、あそこだよ」


 このみが指差す方向には綺麗な整備されたお墓が、お寺の周りを囲うように立っていた。


 このみの後に続いて俺の家族が眠っている墓まで行く最中、心臓の鼓動が速くなり、目眩がする。


「不破君、顔色悪いけど大丈夫?」


「大丈夫だよ。ちょっと、暑さにやられただけ。さぁ、お墓参りに行こう」


「うん」


 理由は分からないが、俺の身体が拒絶していたのは間違いなかった。


「ここが幼馴染のご家族が眠るお墓。鈴木さんって言って、私が小さい時、良く太郎君と一緒に面倒を見てくれたの。本当に優しい家族だった」


 俺もそう思ってたよ。あの時の冤罪にかけられる前迄は。


 このみは線香に火を付け、花を墓へ手向けた。


「不破君も一緒に良かったら」


 このみが後ろに立っている俺の方へ振り返る。流石に、何もしない訳にもいかず、形だけ墓へ手を合わせた。


 特に込み上げてくる感情は湧かなかった。裏切られた家族への怨みから来るものなのか分らない。他人事、その表現がピッタリだった。


 目の前のこのみが肩を震わせていることに気付く。


『おじさん、おばさん、唯ちゃん。どうか太郎君をお守り下さい。どうか、無事に生きて戻ってきて』


 他人には聞こえないほどの小さな声で祈っていた。


 このみ……こんな俺なんかの為に


 気付いたら俺はこのみを背後から手を回していた。ただ、色んな感情が俺の中でごちゃ混ぜになり、このみを抱きしめないと、そんな感情が最優先で表れた形だった。

※チャミのそのルール三十五

 泣いている時は、黙って側にいるだけでいいの!でも、軽く抱きしめてくれるのもいいかも!


「……不破君?」


「大丈夫……このみの想いは幼馴染に伝わってるよ」


「……うん」

 このみはそっと俺が回した手に触れた。


「泣いてたから……悪い」


 パッと抱きしめていた手を離す。


「……帰ろうか?」


 このみはこれ以上何も追求してこなかったし、泣いた理由も俺に伝えてくる事は無かった。


 

 しばらくお互い無言で当ても無く歩いていると懐かしい声が聞こえてきた。


「あら? このみじゃないの?」


 声がする方を見るとこのみの面影に似た女性が立っていた。


「お母さん」


「あー、やっぱりこのみじゃないの。あっ、鈴木さんのお墓参りの帰り?」


「う、うん。今から家に帰ろうとしたところ」


 最後に見た時より少し老けた感じがしたが、確かにこのみの母親だった。


「隣の方は……もしかして太郎……君?」


 オバさんの言葉に俺は硬直した。


「何言ってるのお母さん! 全然違うじゃない!」


「ごめーん、本当だ。このイケメンの子はまさか……彼氏?」

 おばさんは俺の顔を覗き込んできた。


「違う! もうお母さん、あっち行って!」

 このみが顔を真っ赤にして叫び、おばさんの背中を押して帰らせようとする。


「ちょ、ちょっと! 背中を押さないでよ」


「いや、このみ。挨拶しなくちゃ。始めまして。同じクラスの不破後無です」


 俺はこのみを落ち着かせて、おばさんに頭を下げて挨拶をする。


「不破……後無君? あー! このみ、この子って貴方を庇って怪我した子じゃないの!」


「お母さん! 恥ずかしいから外で大きな声出さないで!」


「後無君。折角だからお家に来てくれる? 色々と聞きたいから」


「いや、俺は」


 俺の返事を待たず、俺はおばさんに手を引っ張られて連れ出された。


「お母さん!」


 このみの声が後ろから虚しく響いた。


 ちょっとまずい事になった。俺の過去を知る人とは極力接触を避けたいところなんだけど。

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