第41話 勘違いだ絶対に

「悪い! ロープ外すから!」


「え? ちょっと、不破君!」


「スタート地点へ着いたら北方先生へ伝えてくれ!」


 俺は千景と繋がっていたロープを躊躇なく外し、トランシーバーと食料を千景に渡して一人でスタート地点へ走った。


 行きのバスの中で伊吹は言っていた。山にはトラウマがあるって。そんな彼女が山に一人ぼっちで居たらどうなってしまう?


 山に到着する前のバスの中であの状態だったんだ。


◆◇◆◇


 スタート地点に到着するが誰も居ない。俺一人がロープを外して走ってきたのだから当然だった。


 北方先生が出発時に言っていた非常時用のリュックが一つ置いてある。中身を確認すると、トランシーバー、スポーツドリンク、懐中電灯など最低限の物は入っていた。

 

 俺はリュックを背負い、瑞浪&池田ペアが向った方向を探す。


 確か伊吹達が歩いて行った方向は……


 あっちだったはずだ!


 俺は伊吹と池田ペアが向った方向へ駆け出した。


———暫く先へ進むと前方から呑気に歩いてくる池田を発見する。


「よぉ、不破じゃねぇか?」


「いぶ、瑞浪さんは!」


「ああ、あの女か……ったく、本当に困ったちゃんだよ」

 池田はそう言うと、地面を蹴り上げた。


「何かあったのか?」


「ああ? 何かあったかじゃねぇよ! 芸能人の俺と一緒に居てよっぽど嬉しかったのか知らねぇけどよー、いきなり寝込みを襲われたんだよ!」


「は?」

 思わず、大声を出す。


「は? じゃねぇよ。 俺は”止めてくれ”ってキッパリと断ったんだ。そしたら逆ギレしてテントを飛び出して行ったんだよ!」


 あの伊吹が池田を襲った? 


 半ば信じられなかったが、それよりも一刻も早く伊吹を見つけることの方を優先する事にした。


「トランシーバーはお前が持ってるのか?」


「いや、何処かへ落としちまったから持ってねぇよ」


 ったく、コイツは……


「伊吹が居なくなったのは何処だ?」


「ああ? 放っておけよ。北方先生と警察に任せようぜ?」


「いいから何処だ!」

 俺は池田の胸ぐらを掴んだ。


「あ、あっちだよ!」



◆◇◆◇


「ハァ……ハァ……ハァ……」


 突発的に1人で探しに来たはいいが全然見つからねぇ……今何時だ? もう、15時だって?  


 テントを張っていた場所周辺を捜索するが伊吹はもちろん、手掛かりは何も無かった。


 俺はペットボトルの水を少しだけ飲む。

 伊吹は何も持ってないはずだから、半日以上飲まず食わずのはずだ。

 

 それに、山の中でまだ涼しいとは言え今は真夏だ。彼女の為にも残しておかないと……


 ガガッ


「何だ?」


 リュックの中に入っているトランシーバーが受信したのを聞き、急いでリュックから取り出して応答する。


 ガガッ


「北方先生ですか!」


 ガガッ


「……ハァ……ァ……ハァ……」


 よく聞き取れない苦しそうな声が微かに聞こえる。


 ガガッ


「よく聞こない! 誰!」


 ガガッ


「……ハァ……ハァ……」


 北方先生じゃない……まさか!


ガガッ


「伊吹か? 俺だ! 不破だ! 今、何処に居る!」


ガガッ


「ハァ……分から……ない……」


ガガッ


「何でもいい! 目印はないか!」


ガガッ


「……木に……赤テープが……グルグル巻きになった……背の高い木が一本……見える」


ガガッ


「テントの場所からどれ位歩いたか覚えてるか!」


ガガッ


「……1時間位彷徨って……動けなく……苦しい……」


ガガッ


「1時間位か! そこを動くなよ!」


 それ以降、伊吹から返答は無かった。


 トランシーバーの電池が無くなったのか、伊吹が喋られなくなったのか分からない。どちらにしろ最悪の事態だ。


 テントの場所から1時間の範囲。目印は赤テープでグルグル巻きになった背の高い木。


 脱水症状若しくは熱中症の可能性も否定できない。

 

 暗くなる前に見つけないと!



———3時間後


 捜索も虚しく伊吹は見つからないまま日は落ちてしまった。

 

 格好つけて伊吹を探しに来たはいいが見つからず、今度は俺も遭難した最悪の状況だった。


 北方先生達は俺と伊吹を探している事だろう。


 ガガッ


「伊吹! 聞こえるか!」


 懐中電灯を照らしながらトランシーバーを使い、伊吹へ呼びかけるが返答は無い。


「クソッ!」


 ……ギィィ…….ン


 耳に不快なノイズがトランシーバーから出される。

 これは、近くに別のトランシーバーとの反響をしている可能性があった。


「伊吹ーーー!!!」

 

 トランシーバーを使いながら大声で叫ぶ。


 ギィィィーーーーー!!


 ノイズが前方の背の高い木の方からハッキリと発せられた。

 よく見るとその木は赤テープでグルグル巻きになっている。


 急いで音が鳴る方へ駆け寄ると、伊吹が木にもたれ掛かって居るのが見える。


「伊吹! しっかりしろ!」


 急いで伊吹を抱き抱える。


「……不破君。見つけて……くれたんだ」


 意識が朦朧としている伊吹を見て脱水症状だと判断する。


 水分……何か飲ませないと!


 スポーツドリンクのペットボトルのキャップを開けて伊吹の口へゆっくりと水を流しこむ。


「ゲホッ ゲホッ ゲホッ」


 しかし、衰弱した伊吹は水を飲み込む力さえ失っていた。


 このペットボトル……


 よく考えたら、伊吹の検体として有効なものだった。


 いかんいかん、今はそういう状況じゃないだろ!


 とにかくやってみるか……


 グビグビ


 昔見た映画を思い出した俺は、それを真似ようと水を自分の口に流し込んだ後、伊吹の頭を左手で支えた。


「……ん」


 俺は自分の口に含んだ水を口移しの方法で伊吹の喉奥へ流し込んだ。


「……ゴクッ」


 伊吹の喉が鳴る。飲み込めたのを確認し、最善の方法だと確信した俺は、何度も何度も水を自分の口に含み、口移しをした。


 水のペットボトルを使ってタオルを濡らし、伊吹のおでこの上に置く。そして、身体は冷えないように寝袋を使って伊吹の体を包んで横に寝かせ、少し離れた場所で火を起こした。


 最初は息苦しそうにしていたが、水分を取り、頭を冷やした事で今は落ち着いて眠っているようだった。


 俺はトランシーバーを使い、北方先生に連絡を試みる。周波数は分からない為、微調整しながらSOSを呼びかけ続ける事30分。


ガガッ


「……不破か? 北方だ!」


ガガッ


「こちら不破です。瑞浪さんを発見しました!」


ガガッ


「見つけたのか! 今どの辺りに居るか分かるか?」


 俺は、テント設置場所から少し離れた場所に居る事、伊吹の容態も今は落ち着いている事を北方先生へ説明すると、夜が明けたら直ぐここへ来ると言い残して、応答は途絶えた。


 もう一度伊吹の様子を見に行くとスヤスヤと眠っているのを確認して安心する。


 しかし……伊吹が池田の寝込みを襲ったとか信じられなかった。



 ——-時計を見ると夜明けまで未だ3時間程あった。


 伊吹の額の上に乗せたタオルを水で濡らし直した。

 すると、伊吹の目がゆっくりと開いた。


「……不破君?」


「気付いたみたいだな。体調はどうだ?」


「少し頭が痛いくらいだけど平気。でも、どうして不破君がここに?」


「何も覚えてないのか?」


「うん。テントを飛び出してからの記憶があんまり……」


 飛び出してからの記憶が殆ど無いらしい。


 まぁ……伊吹に何度も濃厚なキスをしてしまった俺からすれば好都合だけどな……


「とにかく今は休んだほうがいい」


「……うん、ありがとう」


 伊吹に水分補給をさせ、再び眠るように促すと素直に聞き入れて彼女は眠りに入った。


 やけに素直で可愛いじゃないか……


 ……ドキ……ドキ……ドキ……ドキ


 おいおい、なんか心臓がドキドキしてきたぞ。


 これは……脱水症状だ。


 うん、そうだ、そうに違いない。俺も水分を摂らないと……


 いや、これは万が一の伊吹のために残しておかないと。そう自分に言い聞かせ喉の渇きを我慢する。


 ありえない。俺がチャミさん以外にドキドキするなんて。


 勘違いだ、絶対に……

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