第21話 お兄ちゃんはつらいよ
「お兄ちゃん、勉強教えてよ」
ソファに座ってぼーっとテレビを見ていると、妹役の摩美がテレビを塞ぐように立ち、声を掛けてきた。
「べ、勉強だって?」
思わず声が上ずる。
ハッキリ言って、俺は勉強は大の苦手だ。
中2の冬から高校一年まで引きこもっていた俺は、高校受験の経験が無いどころか、学習の知識がポッカリと抜け落ちていた。
「ちょっと忙しいんだ」
「全然そうは見えないけど?」
摩美は冷たい目で俺を見下ろして来た。
俺が摩美に仕事として才華学園の入学試験に合格しろ、と言ったから無下に断る訳にはいかなかった。
「何処が分からないかピックアップした問題を俺に渡してくれ。明日、教えるからさ」
「もう! しょうがないなー。じゃあ、明日は絶対教えてよ、お兄ちゃん!」
摩美はそう言うと、二階の自分の部屋へ駆け上がって行った。
危なかった……うかうか出来ないな。
明日、勉強が出来る誰かに教えて貰わないと……
———翌日
俺と伊吹は体育倉庫に居た。
「……で、私にこの問題を教えろと?」
瑞浪伊吹が分厚いメガネの奥から俺を睨んでいるのが分かる。
「伊吹は前回の学力テストで学年一位だったんだろ? 適任だと思ってさ」
「お断りよ」
伊吹はそう言うと、俺が渡したファイルを突き返し、体育倉庫を出ようとした。
「タダとは言わない」
俺がそう言うと、伊吹はピタッと動きが止まり振り返ってきた。
「報酬は?」
かかった!
俺の予想は的中だった。
恐らく、伊吹は金に困っている。だからガールズbar密でバイトをしていると思ったからだ。
「学食三日分でどうだ?」
「学食三日分も? い、いいわよ」
「交渉成立だな。で、早速だけど今日の授業後時間有るかな?」
「今日は密が休みだから有るけど」
「了解。じゃあ授業後、正門を出た先の曲がり角で」
「分かった」
そう言うと、伊吹は体育倉庫から出て行った。
キーンコーンカーンコーン
授業が終わると、予定通り正門を出た先の曲がり角へ走って向かった。
「不破さん、遅い」
待ち合わせ場所に到着すると既に伊吹は待っていた。
「ハァ、ハァ……伊吹ってさ、陸上やってた?」
「さぁ? それがどうしたの?」
息一つあげてない伊吹を見て驚く。
「いや、なんでもない。場所だけど伊吹のおすすめある? 静かに勉強できて周りにバレない場所」
「だったら、穴場のカフェがあるけどお金かかるし…… でもその場所は意識高い系のお客が仕事や勉強をしてるフリしてるから静かでいいのよ。でも、何よりあそこのパンケーキが、美味しくて考えただけで!」
伊吹が幸せそうな顔をして両手を頬に当てるポーズをした。
「そ、そうなんだ」
「オホンッ、とにかくそこがおすすめだけど?」
「なんか伊吹の私情が強く入ってるけど、そこでいいよ、行こう!」
「でも、お金が……」
「俺が奢るから、タイムイズマネーだ」
伊吹の案内のもと、電車で学園の最寄りの駅から一駅先の場所に着いた。
『ねぇ、見てあの人、超カッコよくない?』
『あの制服って才華学園だよね? じゃあ芸能人かな?』
『隣の地味な女が彼女?』
『まさか! ただの友達でしょ?』
他校の女子高生が俺達を見て、好き勝手に喋っているようだった。
何度も言うが、俺は地獄耳だ。
「随分とおモテになるのね?」
隣を歩いている伊吹がボソッと嫌味を言ってきた。
「まさかあの娘達の声聞こえてた?」
「ええ、ハッキリと」
伊吹も俺と同様に聞こえてたみたいだ。つまり、彼女も俺と同じ地獄耳という事だ、気をつけないと……
「ここよ」
辿り着いた場所はよく有るチェーン店とは違うが、オシャレなカフェの外観をしていた。
「いらっしゃいませ」
愛想のいい店員に案内された席はカフェテーブルに背の高い椅子が二つ並べられた席だった。
周りの席に座っている客はサラリマーンや大学生などタブレットやノートを広げて何かをしている様子だった。
「ご注文はお決まりですか?」
「じゃあパンケーキとウーロン茶を。伊吹は?」
「私はミルクティーで」
「かしこまりました」
「さて、早速だけど教えて貰わないとな」
俺は、カフェテーブルの上に摩美から質問があった問題を机に並べた。
「本当に勉強を教えて貰うために私を誘ったのね……」
「だからそうだってずっと言ってるじゃん? でさ、最初のこの問題なんだけど……」
「えっと、この問題はね……」
実は摩美に教える為もあるけど、俺自身の為でもあった。引きこもりで失われた学習を取り戻そうと必死だった。
「お待たせしました。パンケーキです」
「彼女の分なんで、そこに置いてください」
「えっ、私は頼んで」
「いいから」
※チャミのルールその二十
奢る時は相手の意思を聞かない事。相手に聞いたら遠慮してしまうよ?
パクッ
「んーー、美味しい! そうそう、この上に乗った生クリームが絶妙で……あっ、ごめんなさい、私ったら」
伊吹は今まで見た事ないような幸せな顔をしながらパンケーキをパクパク食べていた。
「いいよ、俺は教えてもらった所を復習してるから」
パクッ 「んー、ホッペが落ちそう!」
パクッ 「生地も程よい厚さで食べやすい」
パクッ 「もー、幸せ!」
伊吹の食レポを聞きながら俺は黙々と問題を解いていった。
「伊吹、これあってるかな?」
「見せて」
伊吹は俺が解いた問題を一つずつ見ていく。
「うん、全部あってる。思ったより飲み込みが早いのね? 一つ聞いていい? これ高校受験問題だけどどうして?」
「ああ、妹から問題の解き方教えてくれって言われたからだよ」
「ふーん、家ではいいお兄ちゃんしてるんだ」
「まーね、じゃあ遅くなるから帰るか?」
「えっ? う、うん。パンケーキご馳走様。今回の分はパンケーキで手を打ってあげる」
「随分と気前がいいな?」
「だって、パンケーキが美味しくて! じゃあ、これで契約終了ね?」
「サンキュー、伊吹」
暗くなってきたので家の近くまで送ると言うと、伊吹は頑なに断り走って帰って行った。
◆◇◆◇
「ただいま」
「お帰りお兄ちゃん!」
家に帰ると、待ち構えていた摩美が玄関に立っていた。
「摩美、夕食前に昨日の問題教えるから5分後にリビングに集合な?」
「さすがお兄ちゃん。だーい好き!」
そう言うと、摩美は俺に抱きついてきた。
やれやれ、兄貴役をやるってのも大変だ。
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