日勤帯の終業時間になり、更衣室から早歩きでシャトルバス乗り場へ向かっていく人々の流れを横切り、俺は残暑ジャンショのカフェテリアへ向かった。


 駅前の飲食店だと金がかかるし、ここなら静かでゆっくり滞在出来る。まずは着席する前に、自販機でカフェオレ缶を買ってその場で立ち飲みタイム————コーヒーの覚醒作用に、添加する砂糖とミルクの甘ったるさがたまらん。一缶飲んだら、次の仕事終わりまで水だけってのが俺流。


「おまたせ、リーダーさん」


 背中のリュックをクイクイと掴まれて、振り返ると荷物を持った島貫さんがいた。缶を傾け、一気飲みしてからカランと分別ゴミへ入れる。


「カフェオレ、好きなの?」

「バイトの度に、買っちゃいますね」

「ちなみに缶コーヒーってね、日本独自の文化って知ってた?」

「え。外国じゃ、缶コーヒー普及してないんすか!」

「習慣の違いって面白いよね。私も飲みたくなっちゃった」


 島貫さんは電子決済で、微糖の缶コーヒーを手に取る。仕事前。休憩。仕事終わり。スキマの繋ぎ目に買って飲む缶コーヒーは何度口にしても飽きが来ない。


「ちょっとした時間に飲む缶コーヒーって、犯罪的な美味さですよね」

「確かに。少しだけ許された風味じゆうが、口に広がるからかも」

「おお。味わい深い例えじゃないですか」

「作詞してるから、言葉の含みは得意だよ」


 何気ない会話を二人で交わしながら、数人しか利用していないカフェテリアの窓席に座った。あそこは飯食う時の定席って奴だ。島貫さんがテーブルに荷物を置くと、謝るように両手を合わせて俺を見る。


「ごめんね、私の為に時間割かせて」

「問題ないですよ。むしろ、俺なんかが相談相手で本当にいいんですか?」

「リーダーさんに、聞いて貰いたいから」


 照れ顔をらしながら俺は右隣に着席する。過度に期待はしちゃいないが、いざ指名されると光栄のあまり目をギュギュと閉じずにはいられない。


「手短に済ませたいから端的に言うけど、私にチャンネルのOPとEDの動画を作って欲しいって依頼が来たの」

「それって、島貫さんの作品を見てって事ですか?」

「前々からフリーBGMを動画として何曲か上げてて。それを配信で利用してたチャンネル主さんから、お願い出来ませんかってDMが……」


 島貫さんはそこでカシュッと缶コーヒーを開けて、両手で飲み始める。傍から聞いたら喜ばしい話だ、再生数が伸び悩んでる最中に注目を集めるチャンスが巡ってきたって事だし。


「怪しい感じは、なさそうですか」

「依頼料も悪くなくて、土台もしっかりしてて大丈夫そうではあるんだけど」

「知名度はどれくらいで?」

「登録者三万人くらいだったかな、最近は色々な人とコラボもしてて」

「ちなみにチャンネル名、聞いても大丈夫ですか?」

「それは言っておこうと思って。ええっと、ゲーム参加型をメインでやってる【かつのりチャンネル】だったかな」


 俺の腰が椅子を引いて、ガガッとカフェテリアに鈍く響いた。交通調査の休憩でチャンネル見ていると知った時のなさが、ゴミ袋を被せられたみたく滞る。よりにもよって、アイツなのか。


「リーダーさん、この前チャンネル見てるかどうかを私に聞いてたから知ってるよね?」

「……まあ、そうです」

「こういう事はじめてだから、誰かに相談してからの方がいいかなって」


 缶コーヒーを両手で握る音が、俺の耳を撫でた。もう口を滑らせるな。アイツがどういう奴かなんて、この相談には関係ないだろ。島貫さんが聞きたいのは、そういうんじゃないんだ。


「リクエストを聞いてから、まずは、サンプルみたいなの作って、改めて話、進めたら……どうですかね」

「確かに、その方がお互い安心出来そう」

「島貫さんの、動画を知って貰えるし、頼んだ人のブランディングも、良くなるんで、両方にメリット……は、あるかと」

「すご、なんかプロデューサーみたい!」


 受け答えは出来てるけど、俺の言葉がスムーズじゃない。全く問題のない、良い話なのは分かってんのに。島貫さんとカッツーの接触を避けたい——他人をコントロールしようとする、意地の悪い志朗シロロが、まだここにいるんだ。


「リーダーさんに聞いてみて良かった。食い付くようにOKしちゃう所だったから」

「聞いた感じ、トラブルにはならなさそうなんで……島貫さんの意思で、決めて大丈夫ですよ」

「チャンネルの最初と、最後を飾る動画だもんね。短いけど他人の為に作る事には変わりないから、良いもの用意してあげたいな」


 前向きに外を眺める島貫さんの横顔を、俺は直視出来なかった。残暑ジャンショのカフェテリアは、YouTubeでよく耳にするBGMが流れている。流石は生活オンラインを駆け巡る大手企業だ。


「相談はこれでおしまい。帰ろっか」

「俺は、もうちょい……ここにいます」


 背中を曲げて、窓に反射している自分自身を見つめる。なんなんだコイツは、助言と非難の区別も出来ないつらをいつまでもしやがって。

 過去から現在まで睨み付けていると つん つん と左頬を指で押された。目で辿る先に島貫さんがテーブルにもたれて、俺の方をじぃ〜と見ている。


「疲れてる、って顔だよ」

「あ、ああ。確かにクタクタっすね。あの行程、ボックス持ち上げてばかりなんで」

「あそこは女性の作業者さん、いなかったね」

「多様性に寛容な残暑ジャンショでも、力仕事は男に押し付けるスタンスって訳で」

「変なトコで手作業って変なの。大手企業だから全部機械化出来そうなのに」

「そこは、人件費と維持費のバランスがある、とか。あの……、島貫さん」

「なあに」

「帰らないんですか?」

「帰る、よ〜」


 島貫さんは顔だけ俺から逸らす。すると姿勢を突っ伏しに変えて両手を伸ばし、テーブルを手でパタパタ叩き始めた。


「リーダーさん」

「は、はい」

「ミールワームが好物だったりしない?」

「いやいやいやッ、幼虫なんて食えませんって!」

「だって、あまりにもハリネズミがすぎるから」

「ハリネズミが、すぎるとは⁉︎」


 説明を求めるが、島貫さんは何故か顔を上げてくれない。ミールワームとか出てくるって事は比喩的な意味じゃなくて、ガチでハリネズミみたいな顔してるのか俺は。窓の反射よりも確実なネット検索で【ハリネズミ 顔】と調べる。つぶらな目で、可愛い画像しか出てこないぞ。


「ミールワームって、ナッツみたいな味らしいね」

「イナゴも、エビの味だと聞きましたけど……」

「……、ふ、あはは。なんで私達、昆虫食トークしてるんだろ」


 肩でクスクス笑った島貫さんは、身体を起こしてこっちを向いてくれた。ハリネズミについてはそれ以上触れずに、荷物を持って席を立つ。


「話、聞いてくれてありがと。自作のMVはまだ見せられないけど……依頼受けたOPとEDは採用されたら教えるから、検索して是非見てよ」


 手を振って「今日はお疲れ様、早く帰って休んでね」と告げた島貫さんは、カフェテリアを出てシャトルバス乗り場に向かっていく。残された俺は真顔で窓を見た。これから彼女の夢を、どの目線でみてあげればいいんだろうか。


(缶コーヒー、もう一杯飲むか)


 再び自販機に行って、島貫さんが買った微糖の缶コーヒーを横目にカフェオレを押す。席に戻って、暗くなっていく残暑ジャンショの倉庫群を見ながら口を付けたが、さっき美味かったのが嘘に思えるほど、不健康に苦くて、不健康に甘ったるかった。

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