【案件2】交通量調査《通行人・車両》

 冷凍倉庫から数日後、過ごしやすい天気に恵まれた土曜日の早朝。島貫さんから誘われた交通量調査バイトの集合場所に、俺は原付(50cc)で向かっていた。

 スキマバイトアプリを併用し、上手い事時間を活用して働いた金で中古を購入。交通費が支給されないものとアクセスの悪いバイトでは頼れる相棒だ。排ガス規制でそろそろ乗り辛くなるが、その頃にはもっと良いバイクに手が届く。他県のスキマバイトに行けるのが、今から楽しみだ


「はい、150円ね〜」


 駅前の駐輪場に到着し、受付のおじさんに利用料金を支払う。あとは島貫さんと合流だが、何度か飲み食いしてもお互いの連絡先はまだ交換していない。所詮は同じ働き先にいくだけの相手、あえて俺から聞きにくいオーラを出し続けている。


「あ! リーダーさん、おはようございます」


 北口にあるコンビニ前で動き易い格好をした島貫さんが、にこやかに手を振っていた。俺も手で返事をしながら、スマホに届いたメールから段取りを確認する。


「島貫さんは担当の人と、会えました?」

「先程合流しましたよ、今はちょっとお電話で席を外してて」


 彼女が手で示した先に、通話しているリーマンっぽい男がいた。今回の交通量調査のバイトは、12時間勤務。だが長さに驚く事なかれ、グループローテーションの関係で休憩時間を多めに頂ける。

 しばらく待っていると「あー、すいませんすいません」と書類を探しながら男が戻ってきた。この人が場所と調査内容の説明をしてくれるんだろうか。


「えっとスキマイジョブの島貫さんと、……。なんて読むのこれ」

纐纈だんけつです」

「へぇ〜、じゃあ纐纈ダンケツさん、今回はよろしくお願いしますね」


 また一つ賢くなった的な顔をされたが、大嘘だ。色々なスキマバイトに行って、フリガナ無しでと読めた奴は誰もいやしない。みんな簡単に引っかかるもんだから、ついついやってしまう。

 そのまま男に付いて行くと、駅からそこまで離れていない大通りの信号機前に案内された。


「ここで二人には、交通量調査をしてもらうから」


 今日は俺が車両、島貫さんが通行人のカウントと分類をする流れで、休憩とかも一緒に行動との事。二時間やったら、近くの公園で移動時間込みの一時間休憩、日没過ぎまでその繰り返し。


「はい、数取器かずとりきとバインダーね。何か困った事あったら、電話してくれれば」


 簡単に説明して、足早にその場から離れてしまった。多分、別の場所で交通量調査をする人とも話さないといけないからだろう。事前に研修動画を添付しておくとはいえ、ご苦労様だな。


「今回のバイトは、イメージ通りな感じですね」


 島貫さんがカチカチと数取器かずとりきを押している。今回は冷凍庫やパン工場と違って、かずを数えて記録するだけの事前準備も無茶振りもない仕事。俺は早速畳まれたパイプ椅子を広げ、背中合わせになるよう設置する。


「島貫さんは、検品のバイトはもうやりました?」

「まだかな、化粧品とかの検品は興味があって」

「目視の仕事って、かなり眠気きますよ」


 単調作業における敵を警告して、俺はパイプ椅子に座って道路を見る。結構交通量のある繁華街だから、過疎地よりは集中力は保てそうか。


「よく聞くね、シンプル過ぎると複合作用で眠くなるって」

「工場のコンベアとかマジで意識飛びますし。今回は少し気を抜いても平気ですけど……」

「あ、大丈夫。私、集中する事は得意だから」

「なら問題ないですね。じゃあ、一日長いですけどお互い頑張りましょう」


 仕事モードに切り替えた俺は、道路だけを見る。人通りを調べて何になると思うだろうが、事業や政策で活かされる情報源なので、社会の役に立つお仕事ではあるぞ。


「なるほど、そう書いてくんだ」


 俺の両肩に手を添えた島貫さんが、背後から俺のバインダーを覗き見してきた。おかしい、パイプ椅子で遮断したはずなのに。と、身体で確認しにいったら休み時間の学生みたいに、膝で座席に乗っかっていた。


「真面目に、やりましょうよ……」と、俺は前屈みに避ける。島貫さんは「だよね、人目もあるんだし」と、ちゃんと着席してくれたようだ。


「リーダーさん、相変わらず真面目だね」

「働きに来てる事には変わりないんで」

「えらい。私なんてこんな風に並んでたら、お喋りしたくなっちゃう」

「俺は、仕事に集中してたい派です」

「話しかけちゃ、ダメ?」


 頼られるような声で、不覚にもドキッとしてしまった。日を跨ぐくらいの長時間案件もある【交通量調査】で暇を感じない瞬間がすぐ近くに迫ってきてる。毎回、島貫さんに対しては真剣を向けきれない。


「たまになら、いいですけど」

「冗談だよ。邪魔しちゃ悪いし」


 悪ノリし続けず、島貫さんも数取器で人の数を調べ始めてくれたらしい。どうも落ち着かない俺も、横切る車を目で追っては紙に情報を書く。

 通行人の視線から、座って数えるだけの簡単な作業と思われてるだろう。これに関しては両極端だ、定められた事に集中出来ない奴は苦痛だし、根気を維持出来る奴には楽。


「結構、人通り多いですね。リーダーさん」

「全部見てると追い付かないんで、信号待ちの時にまとめてやるといいですよ」


 ちょくちょく言葉を交わしながら、カチカチと数取器を押す。重なって噛み合う歯車の音、まるで二人だけの世界で進む秒針のようで。


「二人だけの世界、って感じしない?」


 島貫さんの一言で現実味が帯びて、俺の全てが一時停止する。背中合わせなのに、隣り合ってないのに、ゼロ距離が押し通してきて。俺はパイプ椅子を少し動かし、なんとか隙間スキマを作る。


「どうしました? リーダーさん」

「この椅子、安定しないッス」

椅子いスだけに?」

「……」


 相手に想像を委ねる、あえての無言。無視では無いから悪く思わないでくれと、数取器とボールペンのカチカチ音に代弁して貰った。


「——なんか私、リーダーさんがハリネズミに見えてきました」

「どういうことですか?」


 唐突な言葉に問い返した直後、島貫さんは俺の背中に軽く上体を預けてきた。また後ろを取られたが、今回は心臓が相槌あいづちを打っている。


「凄く親切なハリネズミさんだけど、背中のトゲで誰かを傷付けるのが怖くて、自分から離れてっちゃう……みたいな?」


 ロボットアニメで聞いた事のある概念[ハリネズミのジレンマ]だ。暖を取ろうと近付くと、棘でお互いを傷付けてしまう。ヤマアラシじゃなくてこっちをチョイスした辺り、俺はか弱く見えるのか。スキマバイトなら上手く人間を型取かたどってくれると思っていたが、どうも丈夫じゃないらしい。


「これ、私の勝手なイメージね」

「イメージは、自由ですから」


 そこから島貫さんとの会話は途切れ、車だけを追いかける時間が動き出す。信号機が人を一時停止させるのに、その場にいる俺らにだけは急かしているように思えた。

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