「……うれしい」

 町へついてすぐ、幼女の手を離すアレスに何かを言いたそうな視線を向けてくるが、再び下を向いてしまう。

 町の入口には門番が二人。一人は人間だが、もう一人は頭に大きな獣の耳を生やした獣人と思われる亜人種だった。


 竜人とはいえ人間で大人の男が幼女を連れている光景はどう映るのか、無言で通り過ぎようとしたアレスに獣人の門番から待ったがかかる。


「……おい、そこの男。竜人の娘は、貴様の奴隷か?」


 “奴隷”――。


 思わぬ単語に眉をしかめるアレスは、手のひらを返すように質問で返した。


「オレは、この国に来たばかりでな? 奴隷、というのは祖国で聞いたことがない……。このなりだが、町までの護衛だ」

「そうか……それにしても、護衛……。小さくても、竜人か」


 止めて悪かったとばかりに、それ以上疑われることなく町の中へ入ることが出来た。

 ただ、町までの護衛という言葉でアレスの横を歩いていた幼女は立ち止まる。


 少し先を歩いたところで足を止めて振り返るアレスの目に、俯いた幼女が恐る恐る顔を上げた。町までの距離はそれほど遠くなく、安全だったため門までずっと手を握っていた。終始笑顔だった幼女から、再び憂いを帯びた瞳へ変わる。

 情緒が不安定なのは、幼い子供だからか……それとも。

 不意に、門番が言っていた言葉を思い出す。人間と亜人が共にいてもおかしくはない世界だということは、町を歩いている多種多様が示していた。


 それなのに、そういう言葉が出てきたのは幼女の服装である。地上に落とされ、自分の姿すら見ていないアレスは幼女の服装にも関心を抱かなかった。


 所々ほつれたり破けている、みすぼらしい上下が繋がった幼女らしい服装だが、横を通り過ぎた町人だろう少女とは明らかに違っている。


「……ほう。アレが普通なわけか」


 天界でも、神や女神は白い布で素肌を覆い隠しているだけだったりする者も多くいた。キラキラしていて上質な布ではあったが、大して気にしたことのないアレスは顎に手を当てる。


「あそこに服屋がある。ついてこい」


 指さす先に服の看板があった。ちょうど町の子供が親と共に出てきたところで、幼女は顔を上げて二人の様子をじっと眺めている。

 元神であるアレスでさえ親と呼べる存在がいた。幼女の存在を父神は知っていたが、さすがにアレスのために用意したわけではないだろう。親はいるのか、どうして枯れた大地にいたのか、呪いについて――。聞くことは多いけれど、人類のことなど考えず世界を破滅させてきたアレスにとって、小さなことすぎて考えつかなった。


 幼女が一歩踏み出したと思った瞬間、何もない道で盛大に転ぶ。

 足がもつれたわけでもないのに顔面強打に加えて、みすぼらしい服がさらに汚れてしまった。


「――おい」


 しばらく待っても動かない幼女に対して、小動物のように首根っこを掴んで持ち上げる。竜人とはいえ、幼い子供のため軽く持ち上げられ、暴れることはなく店の前まで連れて行った。

 そこで若干スカートの後ろが盛り上がっていることに気づく。人間や亜人のことを知らないアレスでも、覗いたりめくったりするのが駄目なことくらい分かっていた。


 心ここにあらずな幼女を引き連れて店内に入ると、店主が近寄ってくる。


「いらっしゃいませ。お探しものは……」

「見て分かるだろう? コイツの服を見立ててくれ」


 みすぼらしい服装の幼女に言葉を失った店主にアレスが続けた。店主は「かしこまりましたー!」と幼女を連れて更衣室へ向かっていく。心細そうな視線に気づくが、見て見ぬふりをしたアレスは二メートルある鏡に映る人物へ心を奪われた。

 姿見に映ったのは人間にされた自分の姿である。


 光に照らされると瑠璃色に輝いて見える艶のある黒髪。切れ長で、宝石のように透き通る黒い瞳。見た目は変わらず、二十代の好青年だ。しかも、厳かな黒いローブにシャツとズボンという小綺麗な格好をしている。


「……なるほどな」


 獣人の門番が奴隷といった、もう一つの理由が分かった。知識に偏りのあるアレスでも、幾つもの世界を滅ぼしてきただけあって、人間の階級で貴族や王族という位を持つ者がいることは知っている。

 神や女神は目鼻立ちが整っている者が多く、アレスはその中でも際立っていた。


 じっくりと自分を観察していると、横から冷や汗を流す店主が話しかけてくる。


「あ、あの……こちらで、いかがでしょうか?」


 後ろから現れた幼女の姿は、可愛らしい赤と白を基調とした上下繋がったスカートで、町娘のような格好だった。

 これなら奴隷と間違われることはなく、髪も梳かしてもらったのか子供らしく艶もなくボサボサだった赤髪がキラキラと輝いて見える。

 じっくりと幼女を観察していたが、そこでようやく重大なことに気づいた。


「店主、これはいくらだ?」

「は、はい! 革靴も含めて――」


 店主が見せてきた価格は人間の稼ぎで普通な値段。思わず顔をしかめるアレスは、店主にとって恐ろしく感じられたのか短い悲鳴が聞こえた。

 一応、ダメ元でローブの懐に手を入れると何かが指に当たる。おもむろに取り出してみると、小さな革袋だった。

 紐を解いて中を開けると、金貨が十枚ほど入っている。店主の話だと、銀貨三枚だった。人間の知識として覚えていたアレスは、銀貨十枚で金貨一枚分だと頭の中で考える。


 スッと金貨一枚を差し出した。さらに汗をかきながら受け取った店主は「少々お待ちください!」と、奥へ引っ込んですぐに銀貨七枚を手に戻ってくる。


「あ、有り難うございました!」


 父神の優しさを懐へ収めると、窓ガラスに映る自分の姿を凝視する幼女へ視線を向けた。先ほどの自分と同じことをしている。加えて、スカートの膨らみは小さな尻尾だった。尻尾のある亜人の服を選んでくれたようで、ちょこんと小さな赤い尻尾が見える。

 別な世界の知識を掘り起こした。竜人と呼ばれる亜人種は変身能力があり、大人は隠して人間の姿をしていることもあるという話。


 金があることを知ったのは朗報だった。空腹はないが、これからのことを考え重要な問題が浮上する。


「……クソッ。呪いのことを忘れていた。人間や亜人種の中には、呪いを判別する輩がいるんだったか」


 独り言になっているアレスは気にすることなく、手当たり次第の人間や亜人を捕まえて、呪いに詳しい人物が隣町にいることを突き止めた。

 隣町まで人間の足で半日らしい。身体能力の高さ、頑丈な肉体からして体力も問題ないと判断したアレスは、幼女に向き直る。


「次の町まで護衛だ」


 低い声で素っ気なく告げると、嬉しそうな笑顔を向ける幼女から視線を外し、隣町を目指して再び歩き出した。

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