27回の人生を経て、彼がたどり着いた真実とは──

千日 匠

第1章 調整師

2087年10月15日、午前9時30分。


真田慎二は白い調整室の中で、機械の低いハミング音を聞きながら溜息をついた。45歳になった今でも、この音を聞くと胸の奥が重くなる。チロンメーターが発する微細な振動が、空気を通して彼の骨まで響いているような感覚だった。


「次の方、どうぞ」


インターホンのボタンを押し、慎二は椅子に深く腰掛け直した。調整室の扉が静かに開き、70代と思しき男性が入ってきた。背筋はまっすぐだが、顔には深い皺が刻まれ、白髪が薄くなった頭頂部を覆っている。


「はじめまして。予約を取らせていただいた山田と申します」


男性は丁寧に頭を下げた。慎二は端末を確認する。山田虎雄、73歳、享年表記。既に亡くなっている人の記録だった。


「山田虎雄様ですね。本日はどのような調整をご希望でしょうか」


慎二の質問に、山田は少し躊躇うような表情を見せた。


「30分だけ、25歳に戻していただきたいのです」


年齢調整の依頼としては、決して珍しいものではない。老人が若い頃の体力を取り戻したい、重要な面接や会議のために最適な年齢になりたい、そういった理由で多くの人々がこの施設を訪れる。しかし、なぜか慎二は違和感を覚えた。


「承知いたしました。調整料金は3万円になります。調整時間は30分、その後自動的に元の年齢に戻ります」


慎二は定型文を読み上げながら、チロンメーターの設定を始めた。この装置は2050年に発見された時間粒子テクロンを利用し、人間の細胞時計を一時的に巻き戻したり進めたりすることができる。30分という短時間での調整は最も安全で、副作用もほとんどない。


山田は調整台に横たわり、頭部と胸部にセンサーを装着された。チロンメーターのモニターには、彼の生体情報がリアルタイムで表示される。心拍数、脳波、細胞活性度—すべて73歳の数値を示していた。


「では、調整を開始いたします。3、2、1—」


青白い光が山田の体を包んだ。数秒後、モニターの数値が劇的に変化する。皺が浅くなり、白髪に黒い色が戻り、背筋がより一層まっすぐになった。25歳の山田虎雄がそこにいた。


「ありがとうございます」


若返った山田は調整台から起き上がると、慎二を見つめた。その瞳には、73歳の時にはなかった強い光があった。


「ところで」山田は突然口を開いた。「君は何度目だ?」


「は?」


慎二は思わず聞き返した。何度目、とは何のことだろうか。


「君は何度目なんだ」山田は繰り返した。「もう25回も—」


その時、チロンメーターのアラームが鳴り響いた。30分が経過し、自動的に逆調整が始まる。山田の体は再び青白い光に包まれ、73歳の姿に戻っていく。


しかし、逆調整が完了した時、調整台には誰もいなかった。


山田虎雄は、まるで最初からそこにいなかったかのように、完全に消失していた。


慎二は慌てて調整室内を見回したが、扉は閉まったままで、他に出入り口はない。監視カメラの映像を確認しても、山田が消える瞬間は記録されていなかった。


「一体、何が—」


慎二の手が震えていた。15年間年齢調整技師として働いてきたが、こんなことは一度もなかった。人が消えるなど、物理的にありえない。


しかし、何よりも彼を困惑させたのは、山田が最後に言った言葉だった。


「何度目」—それは一体何を意味していたのか。

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