ep25 火神命③
8月8日 火曜日 AM12:00 地下演習場
屋外ほどではないが、女神が多少は立ち回れる程度の広さが確保された屋内の演習場にて、女神に搭乗した桜台、火神、神楽坂、神々廻の四人が連携訓練を実施していた。
内容は至ってシンプルなもので、神楽坂または神々廻のどちらかを敵役として想定し、もう片方の壁役が敵役の突進を受け止め、その隙に桜台が『虚無』を発動して接触、同時に火神が専用武器での攻撃を行う流れとなっている。
火神の搭乗するムサシが持っている武器は巨大なツルハシの形状をしており、本番ではこのツルハシの先端に『
当然、この訓練中は神威を発動しておらずツルハシは寸止めしている。
『うーん、中々うまく行きませんね』
『すいません、火神先輩。もうちょっとわかりやすく掛け声とか決めましょうか?』
『う、ううん、僕も合わせられなくてごめん。そう、だね。何か合図とかがあると、良いかも』
訓練を開始してからかれこれ二時間ほどが経過しているが、あまり順調とは言えない状況だった。
壁役が敵役を受け止め、その隙に桜台が接触して『虚無』を発動するところまでは問題なく進むが、火神の攻撃が噛み合わずどうしてもズレが生じてしまう。
予知によって得られた情報から、『盾』の守護獣の馬力は神楽坂と同等かそれを僅かに上回ると見積もられている。そのため、受け止めるのが神楽坂の場合稼げても1秒未満、神々廻の場合出力で上回っていてもトゲの配置次第で四肢を欠損する可能性があるため同じく1秒未満と考え、桜台の接触から0.5秒以内に火神の攻撃をヒットさせることを訓練の目標としている。
生身の肉体でも難しいその条件を女神の体で達成することは非常に難易度が高く、桜台の接触より先に攻撃してしまったり、あるいは接触後0.5秒に間に合わなかったりと、失敗続きで一度も成功出来ていない。
とはいえ元より難しい訓練であることはわかっており、神楽坂と桜台はこれからこれからと前向きに取り組んでいる。一方で火神は自分が失敗しているからか、歯切れが悪くどこか落ち着かない様子だった。
『午前の訓練は終了です、お疲れ様でした。ドックに帰投して休憩をとってください』
『ちょっと待って』
訓練の様子をモニタリングしていたオペレーターから指示が入り、桜台、神楽坂、火神の三人が演習場の出口へ向かって女神を動かし始めたところで、それまでだんまりを決め込んでいた神々廻が待ったをかけた。
『命、いつまでこんな下らないことを続けるつもり?』
『……え?』
『この前の言葉は訂正する。たしかに今の君は必要ない。やる気がないなら出て行って』
突然の暴言だった。まるで努力が足りないとでも言うような厳しい言葉だ。元より口数が少なく言葉選びも上手ではない神々廻だが、それでも今回は勘違いや言葉足らずで説明出来る域を超えていた。少なくとも桜台にとっては。
『ざっけんなテメー! 何様のつもりだ!! 火神先輩だって一生懸命やってるだろうがっ!!』
『お、落ち着いてください勇くん! それに神々廻先輩も! いきなりどうしちゃったんですか!?』
神経接続状態の女神は自分の体を動かすように女神を動かせてしまう。
生身の体の感覚で
『もし午後の訓練もそうするつもりなら、『盾』戦からは外す。頭を冷やしてよく考えて』
『……うん』
勇の怒りにも神楽坂の疑問にも応えず、一方的に火神へ言葉を投げかけて、神々廻は一足先に演習場を出て行った。
・ ・ ・
「あんな奴の言うこと気にしなくて良いですよ!」
女神から降りて来た桜台が、憤懣やるかたなしと言った様子で火神に声をかける。
神楽坂は、早々に出て行った神々廻を追いかけているためこの場にいない。流石にあんなことを言われた本人がというわけにもいかず、かと言って桜台は怒り心頭で神々廻とまともに話せる状態でもないため、消去法で神楽坂が様子を伺いに行っているのだ。
神谷と神室は少し訓練が長引いているようで、この場にいるパイロットは桜台と火神の二人だけだった。
「あ、あはは、励ましてくれてありがとう桜台くん。でも神々廻くんの言ってることは間違ってないよ。僕は役立たずで、必要ないんだ。今回の作戦だって、きっと僕より他のみんなの方が上手くやれると思う」
「まだ訓練始めったばっかじゃないすか! 役立たずなんて気が早すぎっすよ!」
両手を胸の前で握ってフンフンと興奮した様子を見せながら桜台がそう主張する。
第三守護獣戦までの訓練に比べて進捗が遅いのは確かだが、そもそもそれは前提が異なる。今までの戦いにおいて桜台の存在はそこまで作戦に深く関係していなかったが、この第四戦では作戦の要として起用されている。それはつまり、これまで神々廻が予知で集めて来たノウハウをそのまま活かせないということでもある。手間取るのは当然と言えば当然なのだ。
「訓練のことだけじゃないよ。第二守護獣も、第三守護獣も、日向くんたちはちゃんと求められる役割を果たして倒した。だけど僕は違うから。桜台くんが来てくれなかったら、僕は自分の役割を果たせなかった」
「そんなのたらればじゃないですか。今ここには俺がいて、火神先輩と力を合わせれば勝てるかもしれないって言われてるんですから、必要ないなんてことないですよ」
確かに本来の未来において火神は第四守護獣を倒せなかった。
だが今は、桜台勇が存在するこの現在においては、第四守護獣を倒すのに必要なパイロットだと指名されている。
「それはお情けだよ。……実は僕、第三守護獣戦の前日に日向くんじゃなくて僕が出るんじゃダメですかって鏑木さんたちにお願いしてたんだ」
「え? 何でですか?」
「いくら日向くんが有利でも、絶対に勝てる保証はないから。だったら必要ない人から命を使うべきだって。でも、駄目だった。僕は第四戦で必要になるから、作戦は変更しないって言われちゃった」
「必要ない人から、命を使う……?」
言葉の意味を噛み締めるように反芻する桜台の表情は、今にも噴火しそうな感情を押し留めるようにひくひくと引きつり始めていた。
「だから多分、僕があんなこと言っちゃったからお情けで役割をくれたんだと思う。本当は僕じゃなくたって良いのに気を遣わせちゃったんだ。元々は僕が戦うはずだったから役割を奪わないように、必要なくなんてないって思わせないように……」
ただでさえ普段から俯きがちの火神が、負い目を感じているのか更に視線を下げていて、そのせいで桜台の表情が視界に入らない。
「多分、僕なんかより他のみんなの方が勝てる可能性も高いと思う。今回は一人じゃないし我儘言ってみんなに迷惑もかけられないから、僕は降りるよ」
「言いたいことはそれだけですか?」
「え?」
怒気を感じさせる言葉に思わず顔を上げた火神の目に映ったのは、鬼の形相で顔を真っ赤にしている桜台だった。
「どいつもこいつも! テメーの命をなんだと思ってやがる!!」
「えっ!? え? さ、桜台くん?」
キンキンと響くような桜台の怒声は、いくつもの機械が奏でる豪快な駆動音に掻き消されて整備班の耳には届かない。休憩中の二人は通信も切れているため、二人が何やら揉めていることに気づくものはいなかった。
「大体! 神々廻の野郎は意味わからん不思議くんで冷血漢で仲間に平気で死ねなんて言う奴だけどな!! それは勝つためだ! 守護獣を倒すためだ!! そんな奴がお情けで出撃メンバーを選ぶなんて! そんなことあるわけねーだろーが!!」
桜台に神々廻を擁護する気など一切ないがそれでも、お情けや同情でマッチングを決めるような奴ではないということ、それだけは確かだった。
人の命を何だと思ってやがるという反発や怒りはあっても、神々廻の勝利に対する執念だけは桜台も認めていた。
「腑抜けてんじゃねーっすよ先輩!! 神々廻の野郎が言ってたことの意味がよーくわかりました!」
いつまでこんな下らないことをするつもり。今の君は必要ない。やる気がないなら出て行って。
それはつまり、手を抜いていたのだと桜台は判断した。自分は次の戦いに相応しくないからと、あえて外されようとしていたということだ。自分は必要のない人間だから。
「死にたくねーから戦いたくないってんなら引き止めません。でも遠慮してるだけなんだったら、自分なんかって卑下してるだけなら本気を出してください。そんで自分に認めさせてやってください。先輩は必要ない人なんかじゃないって」
「……どうして」
どうして自分なんかにそこまで言ってくれるのか、
どうして自分なんかをそんな風に買いかぶってくれるのか、
どうして自分なんかに優しい言葉をかけてくれるのか、
嫌われてばかりの人生を送って来た火神にはわからなかった。
火神命には親がいなかった。
物心付く頃には既に養護施設で生活していて、自分を捨てた人の顔も名前も覚えていない。
後に施設の職員から火神が聞いた話によれば、名前の書置きもなく、おくるみに包まれもせず野ざらしで、一歩間違えれば死んでしまうような、本当にいらないものを捨てるかのように施設の前に置き去りにされていたらしい。
その時点で神威が目覚めていたのかはわからない。
ただ、具体的な時期まではわからないが、発現がかなり早期の段階だったことは間違いないと、対策室の職員から火神は聞いている。
友達は一人も出来なかった。
同じ施設で暮らす子供たちは、火神をいない者のように無視するか、暴力を振るうかのどちらかだけだった。
痛くて動けなくなるほど痛めつけられたことがあった。
特別なおやつと称して虫を食べさせられたことがあった。
保健体育の復習と言ってみんなの前で裸にさせられたことがあった。
施設の職員に相談しても、誰も相手にしてくれなかった。
遊びがちょっと過激なだけ。
嫌われるお前にも問題がある。
気色悪いから話しかけるな。
学校のクラスメイトも先生も同じ。
誰に求められることもなく、嫌われるだけの必要ない人間。
どこにも逃げ場などなく、生きることとは苦しむことだった。
学校教育はともかくまともな家庭教育を受けたことがない火神は、みんなに嫌われるならきっとそれは自分のせいなんだと本気で信じていた。
だから嫌な思いをさせないように、出来るだけ人と関わらないでいた。そうすれば自分も苦しい思いをしなくて済むから。
『蛇蝎』。その性質は他者から忌み嫌われるというもの。
火神の神威は他のパイロットに比べてかなり出力が弱い。しかしそれが不幸中の幸いだった。もし、この神威がもう少し強力だったなら、火神はこの歳まで生き残ることは出来なかっただろう。
毒虫を駆除するのと同じように、いつか誰かの手によって、遊び半分かあるいは行き過ぎた嫌悪感によってその命を奪われていたはずだ。
そんな過酷な日々を過ごしていた火神にとって、神楽坂との出会いは奇跡だった。
『太陽』の神威によって『蛇蝎』を相殺し、自分に曇りない笑顔を向けれくれる存在。
しかもそれだけではなく、『太陽』は周囲にも強力に影響し、対策室の職員たちも火神のことを一人の人間として接してくれた。そうして居場所を作ってくれた。
神楽坂や職員たち、そして後輩パイロットである神室や神谷との生活に火神の心は救われた。
そして同時に、初めて何かのために生きたいと思えるようになった。
みんなが自分を助けてくれたように、自分もみんなを助けられるように、みんなから必要とされたいと思うようになっていった。
それなのに、何の役にも立てなかった。
二年にも及ぶ訓練の中で、自分が第四守護獣を倒すためのキーマンとしてこの戦いに選ばれたことは火神も理解していた。にもかかわらず、神々廻がどれほど予知を繰り返してもそれを倒す未来が視えない。
結局、自分が嫌われなくなったのは神楽坂のお陰でしかなく、自分自身は何の価値もない、必要のない人間。それは今も変わっていないと、火神はいつしかそう考えるようになっていた。折角求めてくれたのに、必要としてくれたのに、期待に応えることすら出来ない無能だと。
だからわからない。なぜそうまでして、何の価値もない自分の手を引こうとしてくれるのか。
「どうして、桜台くんは僕を信じてくれるの?」
「火神先輩の操縦技術が半端じゃないなんてことはとっくに知ってるからですよ。出来るってわかってんですから、後は信じるだけじゃないですか」
何の迷いも含みもない、真っすぐな言葉だった。
「午後の訓練、頼みますよ先輩。火神先輩の腕が
・ ・ ・
午後の訓練が始まると、午前中の訓練が嘘のように、火神の攻撃は正確に0.5秒未満で寸止めされるようになっていた。それが何回かに一回ではなく、毎回だ。
『え~!? コソ練してたんですか火神先輩!?』
『そ、そんなところ、かな?』
『どーだ神々廻! 火神先輩はやれば出来るんだぞ!!』
『知ってる。下らないことは止めたんだね』
最初からわかっていたというような神々廻のその言葉は、いつもの平坦で無機質なものとは違う、どこか穏やかな声音だった。
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