不屈魔術師の魔王解体

人藤 左

学術都市編

山賊街道

 草木が払われただけの道を、二頭立ての馬車が駆けていく。


 石畳で整備された都市間街道を外れ、いかにもな貴族がこの山賊街道と呼ばれるルートを行くのは、こちらの方が学術都市への近道だったからだ。


 魔導具で補強された荷台の中、毛並みのいい毛布に包まれた息の荒い少女が選択の理由である。その傍ら、ひどく心配そうに少女の手を握る婦人も、猫背の御者に並び粗い道の先を見据えるシャバラ男爵も、その必死の形相から、大事な娘の治療にかける想いが滲んでいる。


「止まれェ、そこの馬車!」

 案の定、彼らは現れた。

 よく手入れのされた幅広のサーベル、胸当てと左手に籠手、右手の甲に狼の頭の彫り込み。山賊の一団だ。


 御者は落ち着いた手綱捌きで馬車を停める。

「よぉーし、よし。御者、てめぇは馬車の後ろに回れ、殺されたくなきゃな」

「………………」

「ヴァ、ヴァルトくん……!」

 切先を鼻に突きつけられ、男爵からは縋りつかれ、しかしヴァルトという御者は身じろぎひとつしない。

「聞こえてんのか、御者ァーッ!」


 山賊が得物を振り上げるが、その手にはなにも握られていなかった。いつの間にやら御者のヴァルトがその柄を取っていたからだ。 


「な、っ」

「質問だ、山賊」

 背筋を伸ばして尋ねる御者。その背丈は190はあろうか。コート越しからでもわかる鍛え上げられた肉体に、山賊たちは後ずさる。


「なにが目的だ」

「…………?」

「……ヴァルトくん……?」

 唐突な投げかけにたじろぎながらも困惑する山賊と、なにかを察して恐る恐る彼を見上げる男爵。馬車に立ちはだかるようだったヴァルトは、男爵と山賊を立ち合わせるよう脇に避けた。


 荒くれにとっては好機だが、先ほどサーベルを奪った早業が記憶に新しい。迂闊な真似はできそうにない。


「君たちはなにが目的で山賊をしている?」

「なにって……」「なんだこいつ……」

「おう、御者のにいちゃん」


 集団の奥から、斧を背負った大男が現れた。


「おれは魔術師“ヨグバ・クリード”。知らないとは言わせねぇ、黙って失せな」

「“ヨグバ・クリード”……斧を振りかざす大男の魔術師……! 本当にいたのか……」


 その名は各都市はおろか、シャバラの収めるマルフォルス村近辺にも轟いている。悪逆非道、強力無比な腕力と魔術で一切を蹂躙する人でなし。彼こそ真の魔王だと蔑む声も多い。


 大悪人との対面にへたり込むシャバラ。馬車の奥から夫と自分、なにより一刻を争う娘の行く末を察した婦人のすすり泣く声がこだまする。


「俺が質問している。答えろ。君はなぜ、シャバラ男爵の馬車を襲おうとしている?」

 この場にあって、毅然とした態度を崩さないこの男こそが異常である。


(なんだコイツ……。“ヨグバ・クリード”の名前にも怯まねぇ。どうする? ナメられたら終わりだ。ここは……)

 頭領は度量を示すかのようにヴァルトの前に立ち、胸を開く姿勢をとった。


「食い扶持だ。爪弾き者の子分たちのためにも、こんなやり方だろうとやらなきゃいけない。明日の飯のためにおれらは山賊をやっている」

「……そうか」

 ヴァルトは深く頷いた。


「こちらのシャバラ男爵は、病の娘のため、君たちのような山賊に遭うリスクを承知でここを通り、学術都市を目指している。……わかった、好きにしろ。男爵はともかく、俺は君たちを止める理由がない」

「ぁン?」

「ヴァルトくん……⁉︎」

 驚愕は当然のものだ。それをよそにヴァルトは、道を外れ茂みの方へともう一歩退がる。


「山賊は腹を空かせて死にそうだと言う。男爵はリスクを承知で山賊街道を通った。通行料だと思ってくれないか、男爵」

「ふざけるな、ヴァルト・ブレーザー! この……人でなし!」

 ヴァルトに掴みかかるシャバラ男爵を見て、山賊たちは笑みを取り戻した。馬車の中からは慟哭が聞こえる。


「よォーし! 中の女は人質にしろ! 殺さなきゃなにしてもいい! なんなら死体、指の一本でも太っ腹の男爵サマは買い取ってくださるかもしれねぇ!」

「ハーッハッハハハーッ! こうでなくっちゃなぁーっ!」「犯すぞ! 貪るぞ! 殺すぞ!」


 頭領の号令に我先にと駆け出す山賊たち。先頭を行った二人の足が、脛の中ほどから切り断たれたのはいつか。


「あ、ぇ?」「ん?」

 倒れ込んですこし、男たちは何が起きたのかわからないというふうに、間抜けな疑問符を浮かべ続ける。欠損に気付き激痛に絶叫したのは、切断から十秒ほどかかった。


「…………それは正しくないことだ」

 ヴァルトが呟く。


「食い扶持がないって言ったじゃないか。男爵なら学術都市でも治療費の都合がつくだろうと、金銭や食料のやりとりは許した。だが、掠奪は違うだろう」


 ゆらり、と、ヴァルトが山賊たちに歩み寄る。


「ヒっ、やあぁあああぁぁあぁッ⁉︎」

 一番近くにいた男は、柄尻で顎を打ち据えられ昏倒した。


「俺が見逃したのは通行料までだ」

「ま、待ってくれ!」

 次の男は槍の穂先で右腿を突かれ、蹲る。


「どうして嘘をつく? なんのために?」

「たすけっ、」

 続いて鎌でサーベルを刈り払われ、戦意を失う男。


「娘さんの状態が気になる。残念だが、あまり時間はかけられない」

 振り下ろされた斧に鼻の皮一枚切られた男が、恐怖とショックで気絶する。


 残ったのは頭領一人だ。

「な、なな、何者だ、テメェ!」


「魔術師――『星狩りヨグバ・クリード』ヴァルト・ブレーザー」


 鍛え上げられた190センチの肉体と、いつの間にか握られていた……斧であり、鎌であり、槍であり、また杖でもある……一振りのハルバード。その姿は、なるほど、


「“ヨグバ・クリード”……⁉︎」


 悪逆非道すら等価に量る歪つな天秤。絶対的な膂力と技量、そして魔術をかざし、自らの道を譲らない人でなし。

 善良、悪辣、純粋にして無私。“ヨグバ・クリード”改め『星狩りヨグバ・クリード』ヴァルト・ブレーザー。

 その手のひらからは全てが零れ落ちる。


「なんで本物がここに⁉︎」

「俺も、自分の偽物が出てきてびっくりしているよ」

「来るな、化け物!」

「そう言われても、俺にはシャバラ男爵の娘を学術都市へ送り届ける責任がある。通してくれれば、それでいい」

「……え?」

 もう一生分の虚を突かれたのではないか。頭領はまた気の抜けた返しをした。


(それでいい? 見逃してくれるっていうのか? あの“ヨグバ・クリード”が? ……幸い、手下どももまだ生きてる……重傷なのもいるが、棒でもなんでも足代わりにさせりゃあいい……。あの“ヨグバ・クリード”を相手に生き残ったとありゃ、箔がつく……本物の名声だ!)

「…………」

 品定めでもするように頭領を睥睨するヴァルト。俄然やる気を出したような足元を見て、思わず頬が緩む。


「へ、ハハ! 手下がいいようにやられて、なンも奪わずに失せろって? 山賊ナメんじゃねぇよクソガキ! 『アヴァランチ』、群れなして喰い果たせッ!」

 頭領が吠えると同時、七つの魔力塊が狼を型取り、陣形を組んでヴァルトに襲いかかる。左右から二匹、遅れて正面から縦に二匹、茂みに突っ込み奇襲を試みる一匹、二匹は術者を守るように待機している。


「……なるほど」

 その動き出しだけを見たヴァルトは、思考リソースを狼たちの操作に回し立ち呆ける頭領を注視。飛びかかってきた二匹をハルバードで打ち払い、馬車を狙って飛び出してきた一匹を手の平から放つ魔力の矢で貫く。


「なッ……⁉︎」

「次はどうする?」

 許容ダメージをオーバーし、霧散する狼たち。思わぬ迎撃に、後詰めと護衛の二匹ずつは主人の防御を固める位置についた。


「見たところ、オートで動く……俺を同時に襲う二匹と馬車を不意打ちする一匹、セミオートで後出しジャンケンをするための二匹、そしてマニュアルでお前を守るための二匹、か。悪くない術式だ」

 ハルバードを構え直し、頭領から視線を外さないままヴァルトは続ける。


「……よく練り上げられている。オートのやつらにフェイントもプログラムした方がいいとは思うが、……よし。やってみよう」

「――は?」


 わけのわからない男だと思っていた。山賊行為を認めたかと思えば、意味不明の基準で制圧に切り替わったり、そもそも雇い主であろう男爵への最低限の気遣いもない。……それだけならただのイカレ野郎だと、仕事柄色んな人間を見てきた頭領も飲み込めた。


 しかし、いまヴァルトの披露した芸当こそ、彼の理解の範疇を逸脱していた。おそらく魔術を扱うすべてが、術式を生まれ持った才覚ある魔術師の誰もが、驚愕と嫌悪感と恐怖とを抱くだろう。


「《星の矢アステラ・ヴェルス=雪狼崩アヴァランチ》」


 ヴァルトが侍らせた七つの魔力塊。前衛2、陽動1、中衛2、後衛2の配置と、不恰好ながら四本足で駆けることを想定したフォルム――


(最悪の魔術師“ヨグバ・クリード”……敵対した魔術師の術式を模倣する術式の男……! ここまで、ここまで魔術師を愚弄するか!)


 頭領もまた陣形を立て直す。喪失した分の三匹を再構築し、山賊としての意地と魔術師としての矜持を示した。


「キサマ、“ヨグバ・クリード”ォオオォォーッ‼︎」



 ◆◆◆



「……殺さないのか」

 疲れ果てた顔で木々の隙間から青空を見上げる頭領と、それを見下ろすヴァルト。勝敗は語るまでもない。


「ここを通りたいだけだ。山賊退治は頼まれていない。そうですよね、男爵」

「……! ……! ……!」

 魔術戦を目の当たりにした男爵は言葉を失い、ただ首肯するばかりだ。


「素晴らしい術式だった。……これは提案なんだけど、傭兵に興味はないか? もちろん君の部下も一緒に紹介しよう。コレ、興味があったら都市街道をうろついてる衛兵に見せてくれ」

 そうしてヴァルトは、その場で書いたメモを頭領に手渡す。


「じゃあ、機会があったら、また」


 ……。

 馬車は再び、草木が払われただけの道を駆けていく。


 目指すは学術都市。怪我でも病気でも魔術だろうと、一絡げに資料として観察し知識欲を満たさんとする岩と月光が白銀に輝く、探求の坩堝だ。

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