just gonna 乾杯!
三月
Kobe~
p1
パンツ一丁の宇宙人が一心不乱にパラパラを踊る。この地に送りこまれたばかりのその使者は、送り主そっくりの無邪気さでまだなにも知らない。
私は扇風機の前であぐらをかいたままそれを見つめ、まわるプロペラに顔を近づけてとりあえずアアアアアアア~をし、左手だけでパラパラの動きを真似て最後にちょっとだけ笑う。それからようやく、右手のスマホのディスプレイに呼びかけた。
おいそこの陽気な宇宙人よ。琴に代わって「楽しみ!」と叫び、着衣もせず踊り狂うだけの生命体よ。そんなふうに踊っていられるのも今夜までなんだぞ。
宇宙人は一瞬動きを止めてきょとんとするが、何事もなかったかのようにまた踊りだす。私は思わず声をかける。
「ちょっとちょっと、私の話聞いてた?」
「あっ、ボク、地球語、わからない!」
「自分で楽しみ!って言ってるじゃん、それは地球語だよ」
「知らなかった!自分が、なにを、話して、いるかなんて!」
「そういうもんだよね。ていうかずっと踊ってて疲れない?」
「まったく、疲れま、せん!」
「でも人と話すときくらいは止まったほうがいいよ、地球じゃマナーだから」
「あ、すみませ、ちょっと、待って、くださ!いま、止まり、ます!」
「でもあと数秒は無理なんだよね~」
「ああ~っ、ほんとだ、止まらない、なんで、ボク、こんな、すぐ、踊っちゃうんだ!?」
「生まれたときからその宿命なんだよ。人間が延々働くのと同じ」
「でも、さっき、今夜までって、言って、ませんでした?」
「なにが?」
「ボクが、踊って、られるのは」
「まあ、うん。そうだね……。でも気にしなくていいよ、忘れてくれてオッケー、ごめんね」
「あやまら、ないで!」
ああ、うん、ごめんごめん。あ、ごめん、またごめんって言っちゃった、ごめん。あ、また謝っちゃった、ごめん。あ~、まただ、ごめん!
ごめんの無限ループにはまった私は、つやつやと黒光る目の宇宙人をぼんやり眺める。ふと、銀色の手がまっすぐこちらに差しだされた。驚いて瞬きをすれば、静止した宇宙人がにっこり笑う。
「未央さん、よければ一緒に踊りませんか?」
もしもこれが最後の夜なら。一緒にパラパラ、踊りませんか?
踊りませんね。私がそう答えても、またひとりでに踊りだすパラパラの傀儡。
誰が見ても滑稽でしかないきみの姿を、今この瞬間、笑わず、馬鹿にもせず、これ以上なく優しい瞳で見つめる人間がこの地球上に二人いる。そのことをパンツ一丁で踊るきみは知らない。きみの送り主も知らない。でも知らなくていい。知らなくていいのだと、言う。
きみが踊るスタンプに最後の既読がつく。金沢からの着信はその数秒後だった。通話をタップし、挨拶もなく応える。
「琴のチョイスって無難を知らなすぎだよね?」
『職場の人間にも平気で同じの使ってそうだからこえーよな』
ひと息もつかず金沢も応えた。
『そろそろ誰かあいつに注意しろよ』
「奇妙すぎてちょっと話しかけちゃったよ」
『あれ普通に可愛いと思って使ってんだよ、センスが狂ってる。お前はスタンプに話しかけんな』
「いやぁついつい」
軽いタッチの応酬はいつも通り。なんてったって決行前夜だ、いつも通りじゃなきゃ困る。網戸越しの夜空に、絵の具で描いたような月が浮かんでる。
さっき、「県庁所在地」というふざけた名前のグループラインに四人全員の了解が揃った。
集合時間は明日夕六時、一軒目は駅前商店街の小さな居酒屋。金沢が予約済み。
これは四人が社会人になってからのお決まりパターンで、数ヵ月前のゴールデンウィークとほとんど同じで、その数ヵ月前の年末もだいたい同じ、だからこの夏も当然同じで、数か月後の年末もきっと同じになるはずだった。
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