第30話 絶望
森の木々がざわめき、その奥から獣の唸りと羽ばたきが重なって押し寄せてくる。
次の瞬間、黒い津波のように魔物が森を破り、溢れ出した。狼、牙猪、羽根を持つ魔鳥――数は数百、いや千を超える。
「全員、隊列を維持して!崩れるな!」
セリアの声が風魔法に乗って全域へ響く。指揮と同時に、彼女は大気を束ね巨大な竜巻を前線へ叩きつけた。
数十体の魔物が空へ舞い、骨ごと粉砕される。
だが、倒しても倒しても森から次が湧いてくる。
絶望的な状況――けれど誰ひとり退かない。胸には、セリアの言葉が生きている。
(オルグとマリアが必ず戻る、それまで耐えればいい――!)
ギルドの上級冒険者たちが盾を組み、剣を振るい仲間の背を庇い合う。
前線はすでに地獄だった。
ーーそんななか、カレンは震えていた。
前線を支える力もなく、頭脳で策を練ることもできない。
ただ後方で矢を放ち、回復薬を運ぶだけ。
(私なんて……マリアみたいに賢くないし、強くもない……)
胸の奥がずるずると沈んでいく。魔物の吠え声が響くたび、心の奥に刻まれた記憶が勝手に浮かび上がった。
ーー
飢えをこらえ、泥水をすすり、ただ今を生き延びるだけだった日々。
親の顔も家の温もりも知らない。気付けば私はひとりだった。
街の片隅で石を抱えて眠り、人に追われ、同じ孤児に食べ物を奪われた。
幼い私にとってはそれが《当たり前》だった。
……あの日。
差し伸べられたオルグの手は、大きくて温かかった。
その瞬間、世界が変わる。《生きること》に意味ができた。
暁の翼は家族になった。仲間に迎えられたあの夜、初めて心が満たされて涙が止まらなかった。
(早く、私も力になりたい)
その一心で手に豆を作り、血をにじませながら剣を振り続けた。
けれど、隣にいたマリアはいつだって先を行った。
魔法の才に恵まれ、頭も良く、努力さえ怠らない。
十三歳で、世界最高のヴァルディア王国魔法学院に入学が決まったとき――私は強がって言った。
「帰ってくるまでに、ぜったい差をつけてやる!」
その言葉にマリアは微笑んで、優しく頷いた。
……だが、現実は残酷だった。
私は結局、辛うじて「一人前」と呼ばれるDランク止まり。
マリアは三年課程を二年で卒業し、戻った日から圧倒的な存在感を放った。
武力も知略も、すべてが上。
オルグと並んで会議に呼ばれ、仲間たちからは賞賛の声。
私には届かない場所で、当然のように輝いていた。
(努力しても……どれだけ剣を振っても……)
背中は遠ざかるばかり。拳が震え、爪が掌に食い込む。
(やっぱり、私には才能なんてない……)
喉が詰まり、胸が押し潰されるように痛い。息が浅くなり、今にも泣き出しそうになる。
⸻
「カレン!」
ユウの声が血と土の匂いに満ちた空気を突き破った。
振り向けば、彼が右手を差し伸べている。
「行こう、一緒に!」
その瞬間、胸が震えた。
マリアのお気に入りの服を着ているはずなのに――今はユウのために仕立てられたように見える。
銀糸の縫い取りが血煙のなかで瞬き、雷のように輝いていた。
頬にかかる髪は汗と風に揺れ、真っ直ぐな瞳が私を捉えて離さない。
あの《可愛い》と思っていたユウが、今はまるでーー英雄のようだった。
(どうして……こんなに、かっこよく見えるの)
胸の奥で、絶望に覆われていた火が再び燃え始める。
でもすぐに、迷いが喉を締めつけた。
(私なんかが掴んでいい手じゃない……
マリアみたいに強くも、賢くもない私なんかがーー)
けれど、その思いを吹き飛ばすように、ユウはさらに強く言った。
「大丈夫、僕がいる!」
その声に、堰が切れた。
涙がこぼれそうになるのを必死にこらえーー私はその手を掴んだ。
熱が流れ込む。冷え切っていた体の奥に力が溢れる。
「……うん!」
足が自然に前へ出た。
二人は並んで駆け、押し寄せる牙猪へ飛び込んだ。
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