第15話 隣を駆ける白銀の光

香辛料の刺激と果物の甘い匂いが入り混じり、客引きの声が重なり合う。 子どもがパンをかじりながら走り抜け、商人が値切りの客に声を荒らげる。


いつも通りの光景だが、今日はユウも一緒だ。

マリアの紺色のワンピースに銀の髪留め――肩は少し落ち、袖は手の甲まで隠れている。

裾もかなり長く歩くたびにふわりと揺れるその姿はどう見ても借り物なのに、不思議とよく似合っていた。


通りを進むと屋台の主人が手を止め、通りすがりの少年が振り返る。

パン屋の看板娘は微笑み、年配の婦人は目を細めて頷いた。

市場のざわめきがほんのり和らぎ、まるで街そのものがユウを歓迎しているようだ。


(……やっぱり、見られてる)

ユウが少し俯き頬を赤くする。

その仕草に胸の奥がきゅっと鳴った。


――なんだろうこの感覚。

守りたいような、もっと見ていたいような。

ただ歩いているだけなのに彼女がそこにいるだけで景色まで変わってしまう。


そんな時だった。

「きゃあっ!」

甲高い悲鳴とともに群衆をかき分ける影が目に入る。手には財布。


(スリ!)

――私とユウなら間に合う。

なぜそう信じられるのかも分からない。けれど疑う余地はなかった。


人の流れ、足の運び、目標までの距離と角度――すべてが鮮明に浮かぶ。


(右から回り込んで)

視線の端――ユウが右から飛び込んだ。

裾を翻し、肩をひねって群衆をすり抜けるその姿は、白銀の髪が陽光を受けて弾け、細かな光の粒を散らしているようだった。


(……すごい)

初めて見るはずの動きなのになぜか知っている。

踏み込む位置も、次の一歩の角度も、息をする間もなく浮かび私の動きとぴたりと重なる。

まるでずっと前からこの瞬間を繰り返してきたかのように――。


(……今だ!)

私の思いをなぞるように、ユウは右手をかざす。

指先から走る魔力が地を這う。石畳の隙間から勢いよく草の蔓が伸び――男の足首を絡めとる。

体勢が崩れた、その瞬間には地を蹴っていた。


膝を沈め一気に距離を詰める。

骨のきしむ感触と短い息が同時に伝わり、両手首を背にねじ上げた。


――決まった。

その実感とともに胸の奥で高鳴る鼓動が耳の奥まで響く。

視線を上げると、ユウが迷いなく私の腰のカバンから麻紐を抜き取り男の手足を手際よく縛っていた。

さっきまでの連携の感触が熱を帯びて脈打つ。


歓声が周囲から湧き上がる。

「すごい…!」

「あの子、さっきの子よね?可愛い…!」


その言葉に思わずユウの横顔を盗み見る。

……頬が少し赤い、けれど口元には小さな笑みが浮かんでいた。


(……可愛いなぁ、ユウ)

胸の奥でそう呟いた瞬間、右腕が熱を帯びる。

同時に、ユウの胸の高鳴りや息のわずかな震えまで――まるで自分のもののように伝わってきた。


理由なんてわからない。

けれど確かに私たちは特別なもので結ばれていた。


街のざわめきのなかでその事実だけが胸に残った。

この熱があれば、どこまでも並んで走っていける――そんな気がした。

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