第10話 転送者

湯船に肩まで沈み、ふうっと息を吐く。

肌は温まるのに胸の奥は冷えたまま――そんな奇妙な感覚だった。


(はぁ……私、なにやってるんだろ)


ほんの少し前まであの子に毎日食事を運んでいた。

それが今日からはない。だって――私が逃がしたのだから。


なぜそんな危険を冒したのか。

世話をしているうちにわかった、この子が罪を犯すはずがないと。

むしろ牢にいること自体が間違いだと。


行き先は孤児院。私の出身であり唯一信じられる場所。

……なのに胸の奥では“もし”が増えていく。

もし届いていなかったら。もし迷っていたら。

そして――もし、泣いていたら。


(大丈夫……きっと大丈夫)

そう繰り返しても湯はなぜかぬるく感じた。


……これは変装対策、そう言い聞かせて服を着せた。

本当は違う、ただその姿が見たかっただけ。


袖口から覗く小さな手。光にレースが揺れた瞬間、胸がきゅっと締めつけられた。

抱きしめてしまいそうで必死に抑えたけれど、別れの光がすぐに奪っていった。


(……早く、会いたい)


思わず横髪をそっと撫でる。

そこにはもう――片時も離したことのなかった髪留めがない。

孤児院の院長に拾われた日、最初の誕生日に贈られた大切なもの。


あの子の髪に留めたとき胸の奥が熱くなった。

ただの飾りじゃない、自分の半分を託した証。


湯の熱と胸の熱が溶け合い、境目が消えていく。


(あれがある限り……きっと大丈夫)

――そう信じるしかなかった。

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