第6話 氷結

 周囲には僕の巻き起こした風によって、粉々に砕け散ったエイスさんの氷の破片が散らばっている。


 そんな中で、エイスさんと僕は剣を構えて睨み合っている。エイスさんの肩は上下に揺れ、息が上がっている様子だ。


「……ヴィントさんは、まだまだ余裕そうですね」

「余裕ってほどじゃないですけど、まだ戦えますよ!」


 サムズアップをして、まだ戦えることをアピールすると、エイスさんが微笑んだ。


「流石は私が見込んだお方。やはり、騎士団に——」

「ちょっと待ちなさい!」


 と、ここで観戦中のイディアさんが口を挟んだ。


「ヴィントさんは、冒険者ギルドの従業員よ! 勝手に勧誘しないでもらえるかしら」


 イディアさんは元気な様子だ。とはいえ、イディアさんにもエイスさんと僕の魔法の余波が当たりそうになっていたけど、軽々と避けていた。


「今はまだ、ね」

「今後もないわよ——ねぇ、ヴィントくん?」


 イディアさんは微笑んでいるけど、いつもの穏やかな笑みじゃなくて、なんだか威圧的な笑みのように感じる。ちょっと怖い。


 ただ、今のとろこ騎士になりたいとは思っていない。というか、これから先のことはまだあんまり決めてないんだよね。


 とりあえず、今はフォスの手伝いをしながら冒険者としてのランクを上げながら考えていこうと思っている。もしかしたら、ランクを上げないとフォスのおばあちゃんが行ったところに行けないかもしれないもんね。


 そういえば、フォスは、ヴァンデルブルグ周辺の冒険が終わったら別のところに行ってしまうのかな?


 ……そう考えると、なんだか胸がズキっとするように感じた。


「ヴィントくん、どうかした?」


 イディアさんの声で、現実に戻る。今は、エイスさんに僕の力量を測ってもらっている最中だ。気を抜いちゃダメだ。


 これからのことはまた落ち着いた時に考えよう。


「……なんでもありません。ただ、今はまだ冒険者として過ごしていこうと思ってます!」


 笑顔を向けると、イディアさんは頬に手を当てて顔を赤くした。


「そう言ってもらえると、冒険者ギルド受付として冥利に尽きます! エイス、ここは私に軍配が上がったわね!」


 イディアさんが高笑いを浮かべた瞬間——イディアさんが一瞬で凍りついたかのように笑い声が消えた。


 微動だにしない様子を見るに、本当に凍りついてしまったんじゃないか!?


「全くうるさい女だ……」


 髪をかきあげるエイスさんだけど、このままじゃまずいんじゃないかと思っていると、イディアさんから煙が出始めて——


「ちょっとエイス、なんて事してくれるのよ! 私じゃなかったら大変なことになってたんだからね!」

「お前だからやったのだがな——はぁ、全くもってやかましい」


 ため息をついた後で、エイスさんが剣を構え直して僕の方を向いた。


「今はまだその気ではないようですが、待つのもまた余興ということですね」

「……そうなんですかね?」


 時々、エイスさんの言っていることの意味がわからない時がある。


「それにしても、ヴィントさんの力は素晴らしいです。Sランクの冒険者に匹敵するほどに——騎士団に入れば団長の座も容易いでしょう」

「そう言ってもらえると嬉しいです!」


 嬉しくて、頭の後ろをさすっているとエイスさんの口元が緩んだ。


「だから——」


 エイスさんを中心に風が巻き起こる。魔力が集まっているような感じだ。


「——私のありったけをぶつけさせてください。そして、ヴィントさんの全力を見せてください!」


 周囲が一瞬で凍りつくように寒くなった。


「エイスちょっと待ちなさい! 結界を張っているとはいえ、こんな街中であんたの全力を出したら、街がただじゃ済まないでしょ!」


 イディアさんが叫んだけれど、エイスさんの魔力の本流は止まらない。ますます、周囲に冷気が漂い、身がすくんでくる。


「え、エイスさん、イディアさんもあんなふうに言っていますし、力量を図るのも終わりにしましょうよ!」


 僕も叫んだけど、エイスさんは首を振る。


「まだ、ヴィントさんの全力を見れていません——いえ、引き出せなかったというのが正しいでしょう。それほどまでにお強い方という時点で悶えてしまいますが、あなたの全力をこの身で感じてみたいのです!」

「なっ……」


 何を言っているんだ、この人は!?


 綺麗で優しい人だと思っていたけど、すごく変わったところのある人だぞ!


 強い人と戦いたいのかもしれないけれど、イディアさんの言う通りで、今のエイスさんの魔力を解き放ったら、昨日の僕が家を壊してしまった以上のことになりそうだ。


「やめましょうよ! い、今の攻撃を打っても僕は反撃しませんよ」


 あんまり交渉というのは得意じゃないけど、街のことを考えたら今はそんなことを言っている場合じゃない。


 僕が攻撃をしなかったら、エイスさんも攻撃をやめてくれると思った——だけど、エイスさんは首を振る。


「それは無理です——もう、絶頂ですから」

「な、なんだってー!?」


 エイスさんの周囲が怪しく青く光り輝く——と同時に、冷気がエイスさんの周りに集約していく。僕の風の魔法のようにエイスさんの周囲で渦巻いていく。


 今まで以上に濃度の濃い魔力によって打ち出される冷気の攻撃は生半可な魔法じゃ相殺されてしまうだろう。


 このままじゃ、そばにいるイディアさんだけじゃなくて、結界も壊れて街も氷漬けになってしまうかもしれない。


 イディアさんは震える体で、僕のことを見ている。エイスさんの魔法で声は聞こえないけれど、表情からなんとかして、というような感じを受け取ってしまう。


 あぁもう、なんとかするしかない!


「もう! エイスさん、この攻撃を止めたらお説教しますからね!」

「それはそれで嬉しいです」

「僕は怒ってるんですよ!」


 怒っていると言ったのに、エイスさんはどういうわけか嬉しそうにしている。


 ただ、のんびりしている暇はない。エイスさんの周りを取り巻いていた冷気は集約して一塊になって、今にも打ち出されそうな状況だ。


 『風刃一閃シュタイフェ・ブリーゼ』は強力な技だけど、発動までに少し時間がかかる。それに、結界を壊して建物を破壊させる恐れもある。


 そもそも、あの球体に攻撃をした時点で破裂して周囲に撒き散らされる恐れもあるから、むやみやたらに攻撃するのも危険だ。


 それを抜きにして今のエイスさんの魔法を止める手段は——


「まぁ、風で覆うしかないですよね」

「えっ?」


 エイスさんの惚けたような声が聞こえたけど気にせず、僕は手を前にかざして技名を格好つけて言った。


「風刃結界『《ブリーゼ・フォルト》!」


 エイスさんの全力の魔力を風の球体が覆った。解き放たれた魔力が、僕の発生させた風の中でボスンと破裂した。

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