『義足のストライカー』

稲佐オサム

第1章 「壊れたグローブ」

白線の上を、ボールが転がっていく。

 その先には、声を枯らして叫ぶ仲間たちの顔。

 だが俺の右足は、もう一歩も動かなかった。


 ──数年前、高校二年の春。

 県大会を目前に控えたその日、部活帰りの信号待ちで、視界が一瞬でひっくり返った。

 耳をつんざくようなブレーキ音。

 鈍い衝撃。

 目を開けたとき、俺の右足はぐちゃぐちゃに潰れていた。


 夢だったプロ野球選手への道は、その瞬間に途切れた。

 医者は「奇跡的に命は助かった」と言ったが、俺にとっては悪夢の宣告だった。

 松葉杖で病院を出た日、空の青さがやけに憎らしくて、吐きそうだった。


 それからは転げ落ちるだけだった。

 チームメイトが甲子園を目指す中、俺は部屋に引きこもり、昼まで寝て、夜はコンビニの駐車場で安い酒をあおる。

 母の「働くこと、考えたら?」という言葉は耳障りで、父の沈黙はもっと重かった。

 気づけば、道端でバイクを改造して遊ぶ連中とつるみ、いつの間にか警察にお世話になることも増えていた。


 ──でも、野球は忘れられなかった。


 テレビで甲子園の中継を見るたび、手は自然とバットを握る形を作ってしまう。

 夜中に公園で素振りをすれば、義足がガタついて痛みが走る。

 「もう無理だ」と笑い飛ばすはずが、涙がこぼれて止まらなかった。


 そんなある日、ふらっと立ち寄った市民体育館で、俺は見た。

 片足のない男が、コートを全力で駆け、ボールを叩きつけていた。

 義足が床を打つ音は、バットで打球を飛ばす音に似ていた。


 ──まだ、終わってないのかもしれない。

 胸の奥の、灰になったはずの炎が、また赤く光り始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る