第21話 ビーノ

 扉が閉まり、足音が遠くになっていく。

 それでもビーノの床を舐めつづけていた。

 今、やめる事は出来ない。

 もしゼオフィラスが戻って来たとしたら、今以上の事をさせられるのが分かりきっているから。


「…………」

 自分があまりにも無様で、情けなくて、ビーノは堪えきれずに涙を流す。

 ポタリと雫が落ち、それを自分の舌で拭う。


「クソ! クソ、クソ! なにがゼオフィラスさまだ! ふざけんな! 人を馬鹿にするのも大概にしろよ!」


 たっぷりと時間を掛けて、もうゼオフィラスが帰って来ない事を確信してから、ビーノは思いの丈を吐き出した。

 拳を何度も強く床に叩きつけ血が流れるが、今のビーノは痛みなんて感じてなかった。


 わかっている。

 まだ、自分はマシなのだと。

 自分はゼオフィラスの庇護の元で、恥辱を受けてはいるが、死ぬ事はないのだ。

 アイツは気に食わないと思えば簡単に人を殺す。

 それに、アイツの仲間だという事で良い思いをしてるのは事実なのだ。ゼオフィラスの名前を出せば、酒は飲めるし、女も抱けた。

 ゼオフィラスという付加価値がなければ、自分が誰にも見向きされない存在だって言う事も。


 それでも……、

 それでも、我慢出来ない事がある。


「………………なんて、出来るなら最初からやってるだろ、ビーノ」


 力なく呟き、彼はノロノロと起き上がる。そしてフラフラと掃除道具を取りに行った。

 ここで何もせずに帰る。

 そんな事が出来る人間ではないのだ。


 ロッカーを開けて、バケツを取ろうとしたところで、


「え?」


 空のバケツに液体が強く叩く音が響いた。

 遅れて胸に激痛が走り、立っている事すら出来ずに、ビーノは倒れた。

 胸を触れれば、痛みがさらに襲う。手を掲げれば赤く濡れていた。


「……」

 なんで? そう呟いたはずなのに声が出なかった。


「憐れですね。アナタは死ぬ事ですら、誰かの意志によって決まってしまったのです」


 暗闇の中、静かな声だけが聞こえてきた。


「大丈夫です。ちゃんと活用はしてあげますから」


 急速に意思が消えていくなかで、それがビーノという男が聞いた最後の声だった。

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