第11話 大事の前の小事が出来た

 風呂場に行くまで、結局誰にも会わなかった。


 水も普通に出て、アリスはやっと人心地がついた気分だった。


 持ってきた着替えは流石にドレスじゃ動きにくいので、剣の練習をする時に着ていた物にした。



「ふぅ、さて何人この屋敷に残ってるのか知らないけど、全員を相手にする時間はないかな」


 北門の兵士たちは殲滅したけど、まだ東西南の門の兵士たちは残っている。


 別にそいつらを相手にする気はさらさらないが、かと言って仲間の惨状をしれば、なにかしらのアクションを起こすかもしれないし、ハンプトンを置いてきたから彼の口から暴露される可能性も大いにある。



「これはさっさと妹とお父さまを探して、この街を出るのが無難かしらね」



 広い屋敷だ、手当たり次第探して無駄に時間を浪費するだけ。


 ここは自分のスキルを信じて、思う場所に行くのが一番かもしれない。


 そう考えて、アリスは妹の部屋に向かった。



「えーー、なにやってんの? ドン引きなんだけど」



 勘が当たったのか、はたまたスキルの力か、妹は部屋いるらしかった。


 でも、アリスは一瞬このまま素通りしようかと、本気で考えてしまった。


 

 部屋の中からは、妹と、そして聞き覚えがあるような男の声が。


 その、なんというか、確実にヤっている声が。


 まぁ人が居なくなって屋敷なのだから、憚る事なく大きく声で、だ。



「どうする?」



 思わず声に出して自問自答してしまうアリス。


 家族のヤっている姿なんて、どんな状況で見ても気分は萎えるモノでしかない。


 先に父親の方にでも行こうかと――でも、見るのも嫌だけど、逆に見られるのはもっと嫌かも、と妹の部屋のドアを勢いよく叩いた。


 ドン!


 ドン! ドン! ドン! ドン!


 部屋の中の声をかき消すように、ワザと音を響かせる。


 中から動く気配がした。


 ドアノブが回る。


 アリスは手を止め、後ろに下がって壁に身をつけた。


 ドアが開く。


 その瞬間、アリスは壁の反動使って、ドアを開けたマヌケに向かって前蹴りをかます。


 フワリとバスタオルが空を舞い、蹴られた誰かは部屋の奥に吹っ飛んだ。


 ホントはダートみたいに串刺しにしても良かったのだけど、ドアを開けるのが妹なのか、男なのかの判別が出来なかったから、判断保留として蹴りにした。


 アリスはそれを見届ける事なく、部屋の中に足を踏み入れた。



「また、ずいぶんとお盛んね。人間ってのは極限に追い込まれると本性が現れるって言うけど、やっぱり頭の軽いヤツってのは短絡的な行為に走るのね」



 ベッドの中、シーツで体を隠す妹に、アリスは汚いモノを見る蔑む目を向ける。



「アリスティル! やっぱり、やっぱりこの状況はお前の仕業だったのね! この悪魔が!」



 妹、ルイスはシーツを強く握ってアリスを睨む。



「なに言ってるの理解出来ないわね。それにしても、久しぶりあった姉を悪魔呼ばわりするなんて、酷い妹ね、ルイス。それより、ちゃんと掃除をしてるの? なんかこの部屋臭いわよ、節操のない獣の臭いで吐きそうだわ」


 アリスは薄く笑って、ルイスの睨めつける視線をいなす。



「っく、本当にムカつく人ね、アリスティル。わかってるのよ。貴方のスキルは、復讐なんちゃらでしょ。このふざけた惨状は、貴方が私たちに復讐する為に起こした事! 街全体を巻き込むなんて、悪魔の所業じゃなくて、なんだって言うのよ!」



「ふふ、その軽い頭は脳みその代わりスポンジでも入ってるのかと思ったけど、ちゃんと考えるって事が出来たのね、お姉ちゃん嬉しいわ」



「馬鹿にしないて! わかってるの! だからその為に私は準備をしていたの!」



 ルイスは叫び、未だ倒れたままの男の方には目を向けた。



「いつまで倒れているつもり! この時の為に、抱かせてあげたんだからちゃんと仕事をしなさいよ!」



 男はルイスの声に軽口で答えて、なに事もなかったように体を起こした。



「すいませんね、ルイスお嬢さま。仲睦まじい姉妹の会話を邪魔しちゃいけないかと思いまして」



 男はアリスを見ると、一つ頭を下げた。



「ご無沙汰しております、アリスティルお嬢さま。覚えてお出でですかな? 貴方さまに剣をお教えしていた、騎士のスペードですよ」



 アリスはなにかを思い出すように、空中を見つめて、


「……あぁ、ご無沙汰してましたわね、スペードさま。申し訳ありませんね、鎧を着ていないから全然気づきましでしたわ」


 どうでも良さそうに、男の方を見向きしなかった。



「ずいぶんと釣れない事を言いますね。アリスティルさま。いや、今はただアリスティルで十分か。なにせ勘当されたんだもんな? わざわざ面倒くさい敬称なんて必要ないか」



 わかりやすく、男はアリスを挑発してくる。



「わかっているのか? お前に剣を教えたのは俺なんだぜ。弟子が師匠に敵うわけないよな。まして、俺のスキルは『剣技』だ。知っているだろ? 剣技は剣術の上位スキル、戦闘系のスキルを持ってないお前じゃ、話にならないって事は」



 アリスはここでやっとスペードを見ると、堪えきれずクスクスと笑い出した。



「長々とどうでもいい説明をありがとうございます。で、なるほど確かに貴方のスキルは厄介かもしれないですけど……ふふ、手ぶらでもスキルって発動するんですか? 剣なんですよね? それとも、その粗末なモノで私とやり合うつもりですか?」



 スペードは自分の体を見下ろして、いやらしく笑い返す。


「粗末とはひどい事を言うな。これでもお前の妹と、ルイスお嬢さまは喜んで腰を股を開いてくれたんだぜ」



「――なっ、なに言ってるの、スペード! ふざけないで!」



 ルイスが叫ぶが、スペードも、そしてアリスもそちらを見向きもせずに、互いの視線を外さない。



「そりゃそうでしょね。齢十四程度のガキならば満足するじゃないですか? 勘違いしないほうがいいですよ。そんなので喜ぶ大人の女はいないって」



「なるほど、ご忠告どうも。なら、その体に直に教えてやるしかないかな。俺の素晴らしさを」



 スペードは一旦言葉を切ると、ますます下卑た笑みを深めていく。



「いやなに、前々から俺はお前を狙ってたんだよ。年齢のくせに小さい身長と、それとは逆に発育が良すぎる体は、剣を教えながら組み伏せてたいといつも我慢していたんだ。でも、男爵の娘じゃ手は出せないからな。こんな機会をずっと待ってたんだよ」



「気持ち悪い。真性のペドはここで死ね」



「スペード!」



 ルイスがベッドの横にあった剣をスペードに投げ、彼はそれを受け取ると――明かりを反射する銀の刃を鞘から素早く抜き――同時に間合いを詰める。


 アリスは動かない。


 が、その両の目は真紅に――スキルを発動させた証に――変わる。


 スペードは忘れていた。


 自分がドアを開けるために、腰に巻いていた物の事を


 全体重をかけた踏み込みは、バスタオルに足を取られたせいでバランスを崩す結果になった。


 踏ん張れずに前のめりに倒れるスペード。


 アリスはそのドンピシャのタイミングで、スペードの頭を全力で蹴飛ばした。


 衝撃に体を反転させて仰向けに倒れたスペードに、アリスは終わりだと剣を喉元に突きつける。



「なんとも無様な終わりですね。ちゃんと戦う環境を把握していないのと、痛い目にあうとか、誰がそんな事を言ってた気がしましたけど……誰でしたっけ? ねぇ、お師匠さま?」



「ヒッ!」



 喉に触れる冷たい感触にスペードを息を飲み、助けを求めるようにベッドを視線だけで見れば、そこはもぬけの殻だった。



「まさかあの娘、全裸で逃げた? いくら人が居ない屋敷だからって羞恥心ってのはないのかな?」



 つられてベッドを見たアリスはドン引きの表情を浮かべたが、スペードに向き直った時には冷笑なモノに変わっていた。



「……で、どうする? 死ぬ?」



 死を眼の前して、騎士として多くの命を殺してきたからこそ、スペードは死を恐れる。



「た、助けてください」



「ふふ、スペード、良いことを教えてあげる。


 命乞いっていうのは、その命にある程度は価値がないと成立しないの。


 だから貴方みたいなゴミの命じゃ、そもそも成立しないのよ」



 剣はまだ手の中にある。けれど、自分が動くよりも速く、彼女の剣が喉を貫くのが今まで経験で理解出来てしまう。


「い、いやだ……死にたくない」



「ふ、ふふ、あはははははは。無様を通りこして、滑稽すぎるわ。いいわ、久々にこんなに笑わしてくれたのだもの、助けてあげる」



「……ほ、本当、ですか?」



「ええ、でも今から私が命令する事をちゃんと実行できればね」



「……そ、それは――ああぁぁぁああ!」



 突如スペードの下半身を灼熱の痛みが襲った。


 痛みで体をくねらせ痛みを確認すれば、股間が真っ赤な血を出していた。


 痛み耐えながら、恐る恐るそこに手を伸ばせば激痛が走り、そして確かにそこになければならない物がなくなっていた。



「な、な、なんで?」



 思わず疑問を口にするスペードだったが、アリスは相手にせずに言葉を吐く。



「あまりにも縮こまってるから、変なところも斬ってたらごめんなさいね。まぁ、でも結果的に小さい方が良かったかもね。


 大事な物なんでしょ? 


 なら、ちゃんと持ってないと。なくさないようにしないとね。


 だから、拾って食えよ。


 綺麗に完食出来たら、命は助けてやる」



 アリスはゆっくりとスペードの後ろに回り、刃をピッタリと首筋に当ててクスクス笑う。



 スペードは痛みなのか、恐怖なのか、はたまた両方なのかわからないが、震える手を伸ばしてソレを拾う。


 もうスペードに反抗する気力はなかった。



 一度口まで運び、なにも出来ず。二度、三度と同じ事を繰り返しす。



「呆れた。別に死にたいなら、そう言って。いつまで茶番に付き合うつもりはないし、妹を追いかけなくちゃだから。それに、どの道さっさと行動を起こさないと、失血多量で死ぬわよ」



 その言葉にスペードはやっと意を決した。


 口に含み、拒絶して吐き出そうとするのを必死に我慢して、なんとか飲み込んだ。


 そこでスペードの精神は限界を迎えて、あっさり意識を手放して倒れた。


 アリスはすでにスペードに興味をなくした様子で、その横を通り過ぎて妹のルイスを追った。


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