第7話 八つ当たりって最高ですね

「ホントにムカつくんですよ。まるで自分たちがこの世界で一番の不幸を背負ってるみたいな態度」



 悠然と、アリスは剣を片手に歩き出す。



「なにが家族のところに帰してくれだ。帰れるところがあるだけ、十分幸せじゃないか。慰め合う仲間がいるだけマシじゃないか。そんな色んな物を持ってるくせに、不幸自慢するじゃねぇよ」



 アリスは駆け出し、いきなり死んだ仲間を呆然と見つめる兵士Aに、その喉に仲間の剣を突き立てた。



「……っ!」



 声も出せず兵士Aは、自分を突然刺したアリスを見つめるだけだった。


 無造作に剣を抜けば、生暖かい鮮血がアリスをまだらに染め、兵士Aだった物は静かに倒れた。


 周りにいた兵士たちは、ここでやっとアリスの行為を理解して剣を抜いた。



「シリウス隊長!」



 誰かが叫ぶ。



「キサマ! なにやってんだよ!」



 誰かの怒号が、周囲の殺気を加速度的に増幅させる。



「なにやってるって、見ればわかるでしょ。


 や、つ、あ、た、り


 私は貴方たちのその被害者精神が気に入らないの。だから全員死んでよ?」



 血に濡れた顔をそのままに、アリスは笑う。


 真っ赤な顔に誰もが気づかないが、アリスの両目は真紅に変わっていた。


 これは彼女が自分の意思で、『復讐ざまぁ』のスキルを発動させている証だった。

 

 


「ふざけるな! この女が!」



 一人の兵士が駆け出し、アリスの死角から襲いかかる。


 アリスはそちらを見向きもせずに、テキトーに剣を振るった。



「――なっ?」



 兵士は突如バランスを崩し、アリスのその剣に向かって突貫する。


 小気味よい手応えと共に、その兵士の首が勝手に飛ぶ。


 ガシャ!


 鎧が地面に埋まる石にでも当たったのか、盛大な音を出して首の無い体が地面に倒れた。


 その音が引き金だった。


 この望まぬ任務に、兵士たちは誰もが極限状態で、まともな精神状態でいる者一人もいなかった。


 だから、まるでダチョウのように一人が起こした行動を、誰もなにも考えずに履行しだした。


 一斉にアリスに無数の刃が迫る。


 アリスは一歩踏み出し、ただテキトーに剣を振るっていく。


 まるで子供が木の棒を振り回して遊んでいるようなデタラメな剣閃なのに、兵士たちは不思議とその剣閃に無防備で入って行っては、赤い血を飛ばして倒れていく。


 誰かは地面に足を取られ、誰かは隣の兵士にぶつかり、果ては誰かの振るう剣の餌食になる兵士もいた。


 遠くから弓を、魔法を放てば、まるで庇うようその射線に他の兵士が立ち。挙げ句、魔法は暴発して、術者とその周囲を赤く染めた。


 アリスは高らかと笑う。


 一人、また一人と、兵士を斬るたびにたまらない高揚感が溢れてくる。


 必死に長い時間をかけて、脇目も振らずに剣の腕を磨いてきたであろう戦闘のプロが、なにかも考えずに振るう剣に次々と倒れてく様は、積み重ねてきたすべてをドブに捨てるように無様で、楽して仕方ない。



 ……。


 異様な光景だった。


 だがそれに気づくのは、誰もいない。


 こんな言葉がある。


 “近くでは見れば悲劇だが、遠くから見れば喜劇である”


 主観で見る限り、その異常には気付けない。


 もし、それに気づいてしまうとしたら、異常という言葉がもっとも異質な物に変わった時だけだ。


 兵士は震える手で剣を構えていた。


 周りには、もう二度と動かないと仲間たちの死体が、土肌すべてを埋め尽くして転がっていた。


 立っているのは自分と、そして真紅の色だけで立つ女一人。



「……なんな、だ…………なんなんだ、なんなんだよ! 



 唾すら呑み込めない、乾ききった喉で、兵士は血を吐きながら叫ぶ。



「俺たちが、俺たちがなにをしたってんだよ! ただ言われ事を忠実にこなしていただけじゃないか! 

悪いのはこんなイカれた作戦を考えた奴で、それを実行しろと命令した奴じゃないか! 悪くない! 悪くない! 悪くない! 俺は、なにも悪くない!」


 兵士は高く剣を振り上げ、叫びながら振り下ろす。


 ギン!


 技も技術もない力任せの一撃は、初めて女がみせる剣技によって簡単になぎ払われた。


 流れを無理より変えさせられて、兵士は蹈鞴を踏むが、踏ん張れずに転んだ。



「まったく、無様を通り過ぎで、興冷めね」



 自分を見下ろす女は、赤く冷たい目をしていた。


 …………。



 アリスは最後の一人になった兵士の剣を弾き、みっともなく転ぶ姿に今まで浮かべていた笑みを消した。



「た、助けて……」



 兵士が震える声で懇願してくる。


 どう見ても兵士にはもう、戦意なんて微塵もなく、昆虫ようにはってアリスから逃げようとしていた。


 でも、山積みに転がる他の兵士の死体が、それを邪魔してまったく進みはしない。



「はぁー、だからさっさと道を譲っていれば良かったのよ。どうせ貴方たちは、私の復讐を完遂するための舞台装置でしかなかったのに」



 アリスは一歩、兵士に近づく。



「役目を終えた道具は片付けないと、演出をおかしくなるでしょ」



 もう一歩、前に。



「だから私が仕方なく片付けてあげてるの」



 兵士の背中を踏みつけた。



「ひぃー、いやだ! 死にたくない!」



「駄目よ。一人だけ残るなんて、他のみんなが寂しがるでしょ。私、えこひいきとかはしないのよ」



 アリスは兵士の首すじに剣をつけ、ゆっくり刺していた。



「あ、あああぁぁぁああぁぁぁぁぁ!」



 刃が刺さっていく感触に、兵士は絶叫して体をバタつかせる。


 が、それもすぐさま収まり、物言わぬ死体に変わった。


 アリスは剣の柄から手を離すと、初めて血まみれの顔を拭った。


 まぁ、どこもかしこも血まみれなので、意味はなかったが……。


 もう動いてる者が居ないかテキトーに確認してから、アリスは本来の目的のシンドレルに向かって歩き出した。


 途中、ハンプトンの事を思い出しが、まぁそれなりに楽しませてもらったし、生きてれば娘が大事なのだから勝手にシンドレルに向かうだろう。


 別にこのままハンプトンが逃げても構わなかったし、所詮ハンプトンと娘の件はデザートみたいなモノで、あれば嬉しいがなくても構わない。


 どうせこれからメインディッシュを楽しむのだから。


 アリスはポッカリと口を開けている門に近づく。


 あえて門を閉めさせない事で、脱出口を絞っての殲滅が狙いだったのだろう。


 それを裏付けるように、そこには多くの賊と、逃げ出そうとしたシンドレルの住人で溢れていた。


 俄然、街の中の様子に期待を持って、アリスは門をくぐった。

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