第27話「謎の少女」

 和泉、理恵、梓は聖堂院での情報収集のため東京へ向かったが、校内は理恵目当ての生徒で騒然。


 追い詰められた三人の前に現れたのは、陽気で人懐っこい少女・加藤 杏樹かとう あんじゅ


 彼女の案内で東京観光へと繰り出すが、夕暮れの川沿いで不気味な歌が響く……。




   ◇  ◇  ◇




「おい、あっちへ行ったぞ!」


「ほんっと! すっごくきれいだった!! お人形さんみたい!!」


「え~、いいなあ。わたしも会ってみたい~!」


 中庭に集まる生徒たちのざわめきは、雪だるまのように膨れ上がっていく。

 石畳に響く足音、きゃあきゃあとした声の余韻が、壁や柱に反射して背後から迫る。


 熱気が追い風のように肌を撫でた。


 和泉たちは物陰を縫うように身を滑らせ、ようやく人目の少ない回廊へと逃げ込む。柱の陰の冷気が、ほてった頬を冷やした。


「……大変なことになりましたね」


 理恵が胸に手を当て、息を整える。和泉も苦笑混じりに頷いた。


「まさか理恵ちゃんの影響がここまでとは――」


 その時、スパッと梓が和泉の腕を振り払った。


「いつまでお嬢様の手を握っているのですか?」


 切れ長の瞳が、氷のような光を帯びる。空気が一瞬、ぴんと張った。


「ああ、すまん。緊急だったもので」


「そうです、梓。私も気にしておりません」


 それでも梓の視線は、和泉を射抜くように外さない。


「……それと、さっきから気になっていましたが――“理恵ちゃん”とは何ですか?」


「え?」


「え? ではありません。お嬢様を“ちゃん”付けで呼ぶなど、この私もまだ――」


「梓、いいのです。私がお願いしたことですから」


 そんなやり取りの背後――



「やあやあやあ!!」


 唐突に弾む声が割り込んだ。三人は反射的に身構える。


「ああ! ごめん、ごめん!! 待ってってば~!」


 振り返れば、短めの赤みがかった髪に、大きく澄んだ瞳の少女が立っていた。

 背は小柄だが、笑顔の明るさは真夏の陽光のよう。

 小動物めいてせわしないのに、不思議と目が離せない。


「悪いな、今はちょっと取り込み中で――」


 和泉が視線を逸らしかけた瞬間、少女はニカッと笑った。その笑顔は七瀬の人懐っこさすら突き抜ける無邪気さと勢いを帯びていた。


「三人とも、みんなから追われて困ってるんでしょ?」


「……まあ、そんなところです」


「じゃあ、わたしが逃がしてあげる!」


 遠くから再びざわめきが押し寄せる。


 少女は片手をひらひら振り、「ほら、急いで!」と促す。


 和泉は小さく息を吐いた。


「……仕方ない。一度、校舎を出たい。人目を避けられる道はあるか?」


「任せて!」


 その案内で三人は校舎を抜け、無事に門を出た。


「助かった。それで、君は……?」


杏樹あんじゅ加藤 杏樹かとう あんじゅ。あんじゅって呼んで♪」


 ピースとウィンク。笑顔は人を惹きつける天性の輝きだった。



   ◇  ◇  ◇



「で、三人は何しに東京まで?」


 杏樹を先頭に、四人はにぎやかな通りを歩く。昼下がりの陽射しがショーウィンドウに反射し、街全体がきらめいて見えた。


「ああ、ちょっと人を探しにね」


「へえ〜、誰?」


 杏樹は首を傾げ、探るような笑みを浮かべる。


「悪い、それは守秘義務ってやつだ」


「ふう〜ん、そうなんだ〜」


 軽く笑いながらも、興味津々の視線は隠さない。歩きながら時折こちらを覗き込む仕草が、やけに人懐っこい。


(……変なやつだが、悪い人間じゃなさそうだ)


「あれ? もしかして、東京は初めて?」


「ええ……お恥ずかしいですが、つい、はしゃいでしまいました」


「なら、わたしが案内しよっか?」


 和泉の反論は、理恵の期待に満ちた視線と、梓の無言の圧に封じられた。


「じゃあ、決まり! あんちゃんに任せなさい!」



   ◇  ◇  ◇



「んじゃあ、まずは浅草だ~!!」


「「おお~!!」」


「……おお」


 雷門の巨大な赤提灯の前で梓が一眼レフを構え、理恵と杏樹を次々に撮影する。シャッター音が小気味よく響いた。


   *  *  *


「はい、次はスカイツリー!」


 展望台から東京を一望。理恵の瞳がさらに輝く。


「すごい……宝石箱みたいです!」


「そうだろ〜!」


 はしゃぐ理恵と杏樹の横で、和泉は顔を引きつらせた。


「高所が苦手でしたら、無理はなさらないで」


 梓の助言で柵から離れ、和泉は安堵の息を漏らす。


   *  *  *


 昼過ぎには上野公園を軽く散策。


 女子たちはソフトクリーム片手に笑い合う。


「百希夜さん、ありがとうございます。……荷物まで持っていただいて」


「気にするな。なんだかんだで俺も楽しんでる」


「さすが男前! はい、アイス♪」


 杏樹からアイスを受け取った瞬間、理恵もそっと差し出す。

 抹茶の香りが口いっぱいに広がり、梓が「お嬢様!?」と声を上げかけたが、和泉は聞こえぬふりをした。



   ◇  ◇  ◇



 夕方。最後に立ち寄ったのは川沿いの静かな遊歩道だった。


 水面は橙に染まり、ビルの影が長く伸びる。

 遠くで水鳥が一声鳴き、街の喧騒が膜の向こうに遠のいていく。

 車のクラクションさえ、水に吸い込まれるように小さくなった。――その静けさの底に、じわりと冷気が忍び寄る。


「杏樹さん、今日は本当にありがとうございました」


「いいって。わたしも楽しかったし」


 二人の少し後ろを和泉と梓が歩く。


「……にしても、また明日から探さないとな」


 和泉の言葉に、杏樹がぴたりと足を止めた。


「え? 別にもう探さなくていいじゃん」


「は? 何を――」


 確信が和泉を射抜く。


「もしかして……杏樹、君が――」


「そう! わたしがお探しの“あお新星しんせい”こと――加藤 杏樹様だ~!」


 ……沈黙。和泉のこめかみがピクリと動く。


「あ、あれ? あんちゃんだよ~……なんてな?」


「ああ!? もっと早く言えや!!」


「ああああ! ごめんなさいぃぃ!!」


 激昂する和泉を、理恵と梓が押さえる。


 だがその笑いの余韻を裂くように――川面を渡る風が、ぞわりと冷たく変わった。

 水面の端に小さな渦が浮かび、じわじわと広がる。

 反射する夕日が一瞬、色を失う。


 鉄のような匂いが風に混じり、遠くの街灯がわずかに瞬いた。


 周囲の人影は、いつの間にかほとんど消えていた。


 和泉の耳に、低くくぐもった囁きが滑り込む。


『好~きです、好~きです、心から~♪』


 空が、ほんの一瞬だけ陰りを帯びた。


「あちらです!!」


 梓が指差す方向へ駆けると、道行く人々が糸の切れた操り人形のように地面に崩れ落ちていた。


「大丈夫ですか!?」


「う、ううう……」


 呻き声だけが返る。理恵と杏樹も確認するが、結果は同じ。


「百希夜さん、これって……」


「ああ――“鬼夢おにむ”だ」


 足元の川面から、黒く濁った手がゆっくりと伸び上がってきた――。




   ◇  ◇  ◇




【次回予告】


 崖と雲海が広がる“異界”へと足を踏み入れた和泉たち。


 そこで待っていたのは、西遊記さながらの衣装と――黄金の翼を持つ教官・芦谷 祐介あしや ゆうすけ


 しかし、救出の先に現れたのは猿とも獣ともつかぬ怪物たちだった。


 そして月下、屋根の上から現れる影。その名は――悪鬼『孫誤喰そんごくう』。


 次回、第28話「モンキーイリュージョン」

 崖上の寺院で、決戦の幕が上がる!


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