第6話「赤い一線」

 一人の少女が、その心の奥底にあった暗い感情によって、異形の怪物“赤マント”へと変貌する。

 怨嗟渦巻く悪夢の中――誰もが希望を失いかけていた。


 だが、そんな中、ひとりの少年が再び少女たちのもとへ舞い戻る。

 そして、すべての因果を断ち切る“赤き一閃”が、今、放たれる!


 第一章「怪人“赤マント”」編、ついに完結――どうぞご覧ください。




   ◇  ◇  ◇




 ユキを引き裂かんと振り下ろされた凶爪――


 だが、それは――止められた。


 バシィッ!!


 獣のような巨大な腕を、細身の一本の腕が受け止めていた。


「……やらせないぜ」


 その声に、ユキが顔を上げる。


 そこに立っていたのは――和泉だった。


 たった一本の腕で、“赤マント”の暴力をねじ伏せている。

 赤マントも驚愕の咆哮を上げた。


「ガアアアア!!」


 先に動いたのは、赤マント。

 残された左腕を振りかぶり、和泉の腹部めがけて振り抜こうとする――


 だが、その瞬間。

 和泉は獣の右腕を引き寄せた。


 バランスを崩した赤マントの巨体が、前につんのめる。

 そこへ、和泉の膝蹴りが、顎に炸裂する。


「ギャインッ!!」


 犬の悲鳴のような叫びが廊下に響き、赤マントの巨体が吹き飛ぶ。

 壁や床を削りながら着地し、ようやく体勢を立て直す。


 次の瞬間。

 赤マントの放つ瘴気が、さらに濃くなる。


 深紅のマントがうねり、無数の触手のように空間を這いまわる。


「ゴアアアアア!!」


 赤い蛇のようなマントが、空を這って襲いかかってくる。


「ちぃっ……!」


 和泉はユキを抱きかかえ、後方へ跳躍する。

 その直後、床が砕け、爆発音とともに破片が飛び散った。


 うねる触手が、コンクリートをも穿つ勢いで迫る。


 和泉は振り向きざまに手を払い、炎を放つが、触手は風を裂き、炎を消し去った。


「……やはり、この程度じゃダメか」


 地面に着地した和泉は、ユキをそっと下ろし、彼女を見つめる。


「……あんたは、どうしたい?」


「え……?」


 突然の問いに、ユキは戸惑った。


「“彼女”を――どうしたい?」


 和泉の視線の先には、かつて親友だったはずの少女。

 今は、怒りと憎悪に塗れた怪物がいた。


「わたしは……」


 ガンッ!!


 赤マントの凶爪が、再び襲いかかる。

 和泉はそれを片腕で受け止めながら、真剣に問いかける。


「答えろよ! 彼女を――どうしたい!!」


 ユキの心が揺れる。


 “助けたい”――そう言えばいい。

 けれど、それは本心か?


 守ってきたつもりだった。

 でも、その裏で――


 どこかで、優越感に浸っていた自分がいた。

 カレンの不器用さを見て、安心していた。


(……私、最低だ)


 その時。


 ドスッ!!


 赤いマントが、和泉の腹を貫いた。


『和泉くん!!』


 七瀬が叫ぶ。

 ユキも声を失う。


 だが――

 和泉は、笑っていた。


「なあ――どうしたい?」


 その静かな問いが、ユキの胸に深く突き刺さる。


「わたしは……」


 胸の奥で言葉にならなかった感情が、声となってあふれ出る。


「――カレン!! わたしを……わたしをひとりにしないで!!」


 その叫びが、空間を貫いた。

 赤マントの動きが、一瞬止まる。


 ユキの目には、ほんの一瞬、“カレン”の瞳が揺れたように見えた。


「お願い……カレンを……カレンを助けて!!」


「……ああ!」


 和泉が赤いマントを振りほどき、爆発的な力で赤マントを吹き飛ばす。

 怪人は壁に叩きつけられ、崩れるように倒れた。


「それでいいのさ。……あんたも、そう思うだろ?」


 和泉はユキを見た。

 ユキは、力強くうなずく。


「お願い、カレンを、みんなを助けて!」


 その言葉に応えるように、和泉が手を掲げる。


「なら、俺も――あんたの願いに、本気で応えさせてもらう!」


 次の瞬間。

 和泉のまとう気配が変質する。


 より鋭く、より洗練され――そして。


「我が敵を討て――顕現!」


 和泉の右手が閃光に包まれた。


点火針てんかしんッ!!」


 炎が渦を巻き、轟音とともに立ち昇る。

 その手に現れたのは、細身で鋭く、まるで針のような銀の刃。


 ――《ヴァジュラ》。

 悪夢を貫く力の象徴。開現師のみが顕現できる、魂の武装。


 赤マントが咆哮する。

 マントの触手が一斉に伸びる――


 だが。


 スパァン!!


 点火針の一閃が、すべてを切り裂いた。


 さらに、巨獣の凶爪が迫る。


 ギィィィン!!


 刃と爪がぶつかり、火花が散る。

 その瞬間、赤マントは悲鳴のような唸り声をあげ、後退した。


 刀身に込められた熱が、怪物の肉を焼いたのだ。


「ぎ……ギザマアァ……なぜ……!!」


 その叫びには、わずかに“人間の声”が混じっていた。


「“悪い夢”を見てる子がいたんでね――」


 和泉が構え直す。

 点火針の刃先が、紅く染まる。


「そんな夢から、目を覚まさせてやるよ」


 燃え盛る刃が光を放ち、彼の全身がそれを中心にして輝きを放つ。


 そして――


「――紡げ、《赤い一線》!!」


 閃光が奔り、空間が裂ける。

 光と影が交差し、一筋の赤い軌跡が描かれた。


 それは、過去と未来をつなぎなおす“運命の糸”のように――すべてを、断ち切った。



   ◇  ◇  ◇



 静寂。


 そこに立っていたのは、力尽き、元の姿に戻ったカレン。

 糸が切れた人形のように、カレンはその場に倒れ伏す。


「カレン!!」


 ユキが駆け寄り、その手を取る。


「ごめん……ユキ……みんなを、傷つけちゃった……」


「大丈夫。……二人で、ちゃんと謝ろう」


 涙ぐみながら、ユキはそう告げた。


「うん……」


 親友の腕の中で、カレンは小さくすすり泣いていた。


「七瀬さん、浄化を」


『はい!』


 慧珠が光を放ち、カレンの身体から黒い瘴気がゆっくりと抜けていく。


 やがて――空間全体が白く包まれていった。



   ◇  ◇  ◇



 ――すべてがほどけていく。

 夢は終わる。


 けれど、それは決して“なかったこと”にはならない。


 カレンは、かすれた声でつぶやいた。


「……あなたたちは……だれ……?」


 和泉は点火針を消しながら、静かに答える。


「――悪夢を断ち、まことへ導く者。夢幻開現師むげんかいげんしさ」


 その言葉とともに、ユキとカレンの視界は白く染まり――ゆっくりと、閉じていった。



   ◇  ◇  ◇


 ――その日。

 二人の少女が、ようやく目を覚ました。

 まるで、長い長い夢から目覚めたかのように。


「いずれ、他の犠牲者たちも目を覚ますでしょうね」


「ええ、そうですね」


 そして、静かに去っていく、ひとりの女性と少年の姿があった。


 “悪い夢”は、終わった。


 けれど――


 人の心に影がある限り、悪夢は、また誰かのもとに忍び寄る。


 だからこそ、“彼ら”は――今日も、夢の果てに立つ。

 人々を、まことへ導くために。


 ――その名を、《夢幻開現師》という。



 夢幻開現師:第一章「赤き烈火」編 完




 ◇◇◇




【あとがき】


 ここまでお読みいただき、誠にありがとうございました。

 第一章「怪人“赤マント”」編、無事完結です。


 この『夢幻開現師』という作品は、実は一度は掲載していたものを、当時はうまく展開をまとめられず、泣く泣く打ち切ってしまった経緯があります。


 それでも「もう一度、この物語を、自分の手できちんと書ききりたい」という想いをどうしても捨てきれず、今回、改めて再構成・再筆させていただいております。


 小説執筆の経験も浅く、至らぬ点や更新ペースの遅れもあるかもしれませんが、「まずは五章を超えて続ける!」という覚悟のもと、鋭意執筆を続けております。


 この物語を読んでくださったあなたに、心から感謝いたします。


 そして、もし少しでも楽しんでいただけたなら――これほど嬉しいことはありません。


 今後とも、『夢幻開現師』をどうぞよろしくお願いいたします。

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