第5話:副団長コロン視点
私の名前はコロン・クロイツ。
ウィルゼスト侯爵家直属の騎士団、その副団長をしています。
主な業務は、都内の巡回、警備、侯爵の護衛、凶悪犯罪者の捕縛などです。
しかし、最近は魔物の活性化が激しく、領内にいる冒険者たちだけでは手が足りないほど緊迫していた。
ギルド長からの助力願いに応え、当主であるガレウス様と団長は現在出陣している。
変種の魔物も多く目撃されており、ガレウス様が言うには、何やらきな臭い動きが見られるとのこと。
不穏な空気が漂い始めているが、我ら騎士団の行動は変わらない。
ならばより一層気を引き締めなおし、いざという時のために備えておくまで。
そう思い、今日もまた我らは鍛錬に時を費やす。
そんな時だった。
「たのもー」
間の抜けたような緩い声が耳朶に触れる。
訓練所の入口に立っていたのは一人の少年。
私は小走りでその少年に近づき、声を掛けた。
「これはこれは、ノーグ様ではありませんか。本日はどうされましたか?」
ノーグ・ウィルゼスト。
侯爵家の三男で12歳。
ガレウス様の奥方様であらせられるエルナ様にそっくりな容姿で、美しい金髪に透き通る碧眼。
少年に相応しい言葉かは分からないないが、『魔性』という他ない顔立ちだ。
そんな彼とはこれまで接点はなく、すれ違った時に挨拶するくらいで、顔見知りという程度の間柄だった。
それゆえ彼の詳しい人柄は知らないが、屋敷内での評判は非常に高い。
真面目で優しく、気遣いのできる聡い少年という噂だ。
「お前たち騎士団に用があってな」
「用ですか? それはどのような?」
「ボクもお前たちの訓練に参加する」
「えっ、ノーグ様がですか?」
訓練参加の希望ではなく、まさかの宣言。
噂に聞いていた、気遣いのできる優しい少年の面影は皆無だ。
思わず聞き返してしまった。
「ああ」
しかし、ノーグ様のその真剣な眼差しを見てすぐに切り替える。
まず、我々の訓練についてこられるレベルか否か。
相手と対峙すれば、その実力はある程度感じ取れるものだ。
足から順に、軽く視線を這わせる。
立ち姿と、その身から滲み出るオーラ。
それだけでも実力者であると分かる。
「ようこそノーグ様、歓迎します。気が済むまで鍛錬していってください」
私は気づけばそう口にしていた。
それからノーグ様は、腕立て、腹筋、スクワット、持久走までをクリア。
常人であれば、腕立ての途中でダウンする。
少し体力がある者でも、スクワットで限界を迎えるだろう。
それに、ノーグ様は重りの重さを最大にしていた。
つまり、我々騎士団とまったく同じ条件。
私が最大の重さに適応できたのは、いったい何回目からだっただろう……。
一つ分かるのは、初めてで出来る芸当ではないということ。
即ち、ノーグ様は常日頃から厳しい鍛錬を己に課しているのだ。
そして、やはり兄弟ということだろうか。
アルス様とマルス様。
あの二人も、ノーグ様とまったく同じことをしていた。
本当に出鱈目な人間ばかりの家系だ。
そんな今更な事に思いを馳せていると、遂にノーグ様の模擬戦が始まった。
ルールは騎士団が採用している勝ち抜き戦。
ノーグ様の実力は、おそらく副隊長クラス。
ザックよりも少し下、くらいの立ち位置で収まるというのが私の見解だ。
しかし、試合が始まった瞬間、ノーグ様の纏う雰囲気が変わった。
そして三十秒もしない内に、模擬戦は終了。
ノーグ様の勝利に終わった。
勝ち抜き戦であるため勝者は残留し、敗者は退場する。
そこから、ノーグ様の快進撃は続いた。
一人、また一人と倒し、生き残り続ける。
「では、この我が……」
手を挙げたのは副隊長。
当初の予想通りであれば、互角の戦いが見られるだろう。
しかし──。
「この我が……敗れる、とは……ガク」
本物の副隊長はあっさりと敗北してしまった。
「では、私の番ですね」
満を持して前へと出たのはザック。
ザックは魔力を高め、構えをとる。
「では、始めましょうか!!」
ザックの戦闘スタイルは、持ち前の圧倒的パワーで敵を粉砕するという見た目通りのもの。
その持ち味を存分に活かし、ノーグ様を追い詰める。
しかし、数分もすればザックが押され始めた。
ザックの攻撃は受け流され、ノーグ様のカウンターは的確に決まる。
戦況の波に乗るように、ノーグ様の動きのキレが増していく。
とてつもない速度で。
まるで、誤差を修正するかのように。
なるほど。
これがノーグ様の強さ。
──適応力の怪物。
戦う相手のタイプに合わせて、柔軟に対応してくる。
時間をかければ、ノーグ様にペースを持っていかれ、勝ちの目はほぼなくなるだろう。
そんな相手に勝つためには、対応される前に倒すしかない。
戦況は完全にノーグ様のペースだった。
しかし、ザックの瞳にはまだ光が灯っている。
そう。
ある意味無敵とも言えるノーグ様だが、決定的な弱点が複数存在する。
腕力差、体格差、体力差だ。
ノーグ様は腕力差と体格差を、魔力技能と適応力でカバーしている。
だが、体力だけは対処しきれていない。
体術、剣術の時間を休憩していたとはいえ、そこで回復できる体力などしれている。
まぁ、にも関わらず第5部隊の大多数が負けてる事実に驚きを禁じ得ないが……それでも、隊長であるザックの体力は相当なものだ。
そして数分後。
「ボクの負けだ。強いなザック」
「少々、大人げなかったとは思いますが!」
「徹底的にやってくれと頼んだのはボクだ。気にしなくていい」
案の定、ザックは自身の体力とパワーで、ノーグ様を押し切った。
「ザック、ボクは負けたまま終わらせるつもりはない。また明日、ここへ来るぞ?」
「ええ、もちろん! 好きなだけ来てください!!」
「コロンも世話になった。あと、この重りは借りてくぞ」
「構いませんよ。また明日、お待ちしております」
ノーグ様はタオルと水を持って、訓練所から去っていった。
そんな時、視界の端で何かが動いた。
そちらの方に視線を向けると、一人のメイドが訓練所の上にある観客席に座っていた。
その少女はノーグ様が去ったのを見るや、席を立ち、観客席を後にしていった。
「くははっ……」
私は頭を抑えて笑ってしまう。
騎士として、周囲への警戒は常に行っている。
少なくとも、この訓練所内は全てカバーできている。
そう思っていた。
「彼女が、ノーグ様の……」
相変わらず凄まじい子だ。
彼女を初めて目にしたのは約三年前。
彼女がこの屋敷に来て間もない頃だった。
団長から、とんでもないヤツが来たという話を聞いて、興味本位で見に行った時。
チラッと。
メイド長から礼儀作法の指導を受ける彼女を視界に収めた。
瞬間、私は悟った。
──勝てない、と。
恐ろしいほどに静寂な魔力だった。
卓越した魔力制御力に、隙のない立ち姿。
団長がスカウトしたいと言ったのにも頷ける。
「いったい、何者なんだろうか……」
◇◆
翌日。
朝。
「ノーグ様、起床のお時間です」
「……ヘレナ」
「はい、おはようございます」
どうやら、ヘレナが来てしまうほど爆睡していたらしい。
時刻は七時と言ったところか……。
昨日は騎士団との鍛錬の疲れで、情報収集の途中で寝落ちしてしまった。
せめて二時くらいまでは起きていたいのだが、少し無茶だったか。
「ん?」
ボクが身体を起こそうとした時、違和感が生じる。
身体がまったく動かない。
しかも、全身が痛い。
「ヘレナ、身体が動かないんだが……何かの病気だろうか?」
「いえ、頑張った成果かと」
「成果?」
「筋肉痛ですね」
そういやそんな概念あったな。
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