11.午後の探索(3)

 ***


 アルブスは未だに村内をうろついていた。

 というのも村の資料を漁ると言ったはいいが、件の資料がどこにあるのか分からない。真白に同行して村の事情に詳しい何者かを捕まえてから別れればよかった。

 が、ここでようやく訳知りであろう村人――というか、村長・ゲーアハルトを発見する。もう少しして誰も捕まらなかったら、唯一会話可能な民宿の店主にゲーアハルトを召喚させるところだった。


「――村長殿」

「ん? ……ああ、お客人。どうされましたかな?」


 上の空だったゲーアハルトは声を掛けられた事に気付くと、すぐさまにこやかな笑みを浮かべてみせた。こういった手合いは信用ならないので嫌いだ。


「この村の成り立ちなどが分かる資料はどこかに仕舞われていないだろうか?」

「え? と、唐突ですな……えーと、それは何故……?」


 会話の急発進に村長は戸惑っている様子だ。当然である。

 相手に望む答えを言わせるという、この面倒臭い作業。グレンは得意らしいが無駄に思えて仕方がなく、アルブス自身は最も苦手とするところだ。

 しかし幸いな事に大多数の人間より頭の回転が速いアルブスの頭脳は、感情こそ籠っていないが納得は出来る理屈を自然と口から吐き出した。


「……こういった辺境の地にある村が成立する理由や事情、生活風景についての研究をしている。そして人間の言葉を聞くより記録を見た方が状況がよく分かるからな」

「淡々とし過ぎじゃろ……。え、君等、人魚の生簀を見に来たのではなかったのですかな?」

「そんなものを楽しみにしているのは真白……同僚の一人だけだ」

「えぇ?」


 グレンがどういうストーリーを自身に設定しているか分からなかった為、真白一人だけがパワースポットに浮かれる社会人という設定になってしまった。まあ、問題ないか。

 ごほん、と咳払いした村長は震える指で建物の一つを指した。


「一応、村に関する古い帳簿などはあの建物にありますが……。えー、中の物を勝手に持ち出したりはせんで下さいよ」

「勿論だ。手間を取らせたな、礼を言う」

「う、うむ。えー……大丈夫かなこの観光客……。当初の目的と違うことばかり……」


 村長は首を傾げながらも去って行った。

 資料庫へ直行する。やはり淡々と資料などを読み込む方が性に合っているらしい。


「管理は適当この上ないな」


 乱雑だ。帳簿とやらは年の順に並んでおらず、背表紙が似ている物をただ並べただけだ。ファイルも管理が杜撰なせいで何が何だか分からず。

 ――既に村に愛着を感じさせない何かがある。

 そして数も少ない。飛び飛びなのもすぐに分かった。一度全てロストして、サルベージできた物だけを一先ず管理しています、そう言わんばかりである。


 歴史に関する資料をまず手に取った。

 誰かが書物として残したであろう、村の成立までのざっくりとした資料らしい。速読が得意なアルブスはさっとそれに目を通した。

 同時に強烈な違和感。

 もしかしてこの村は――現在の村の前に、もう一つ村があったのだろうか?

 レース作りが盛んだったとか聞いた事もない地域色があまりにも浮いている。レースなどこの村で見た事がない。

 無宗教で教会すら建てておらず、手編みレース一本で村を興した面白エピソードだけが目に入って来る。


「原住民を追い出して、カルト教団が後から入ったな。さては」


 神格存在信仰界隈ではよくある事だ。身をもって知っている。

 ついでに言えば収穫祭の記載もない。やはり収穫されるのは我々だという真白の見立てが正しそうだ。

 話は分かった。資料を戻し、チェックするべき2つの事柄について思いを馳せる。

 あとはこの部屋に謎の通路があったり、魔導書が紛れ込んでいないかを確認するだけだ。

 ――なお、勿論そんなものは欠片もなかった。

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