『だから、お友だちから始めます!』
志乃原七海
第一話:ファースト・インパクト
新しくできたおしゃれなカフェ。大きな窓から午後の光が差し込み、店内は穏やかな空気に満ちていた。わたしは友人と二人、席に着くとすぐにバッグを置いた。
「ちょっとお水もらってくるね。二つ!」
「うん、ありがと! 荷物見とくね」
ウォーターサーバーのグラスが、薄くて繊細なデザインでつい嬉しくなる。調子に乗ってなみなみと注いでしまった二つのグラスを両手に、慎重に席へと戻る。水面がぷるぷると震えるのに集中するあまり、前方への注意が完全に疎かになっていた。
ドンッ。
硬い何かにぶつかった衝撃。わたしの体はぐらりと後ろに傾ぎ、グラスの中の水が大きく跳ねるのがスローモーションで見えた。
(やばい!)
そう思ってぎゅっと目を瞑った瞬間、ふわりと体が力強い腕に包み込まれた。硬くて、でも温かい。予期していた床への衝突も、水浸しの惨事も起こらない。代わりに、耳元で低く、少し面白がるような声がした。
「――捕まえた」
え?
恐る恐る目を開けると、視界に飛び込んできたのは見知らぬ男性の胸元。上質な白いシャツから、爽やかで、でも少しだけ甘い香りがする。
状況を理解するのに数秒。わたしは、この人に、わたしの体と二つのグラスごと、完璧にホールドされていた。彼の腕の中は驚くほど安定していて、さっきまでのグラグラが嘘のようだ。
あまりのことに、時が止まったみたいに、そのままの体勢で固まってしまう。心臓の音が、彼のシャツ越しに伝わってしまいそうなくらい、うるさい。
しばらくの沈黙。気まずさと恥ずかしさが限界に達して、わたしはかろうじて声を絞り出した。
「あ、あの……?(笑)」
耐えきれずに、つい笑いながら声をかけると、彼も「ああ、ごめん」と腕の力を緩めた。
そっと体を離しながら、心配する素振りを見せつつも、その色素の薄い瞳の奥が楽しそうに煌めいているのを、わたしは見逃さなかった。
「大丈夫? 怪我はない?」
「だ、大丈夫です! わたしが前を見てなくて……本当にすみません!」
ペコペコと頭を下げるわたしに、彼は「よかった」と柔らかく微笑む。そして、わたしの手から、そっとグラスを一つ受け取ってくれた。その指が長くて綺麗で、またドキッとしてしまう。
「気をつけて。そのグラス、可愛いけど結構危ないから」
彼はそう言って自分の席へと戻っていく。その広い背中を、わたしは目で追うことしかできなかった。
席に戻ると、友人がすかさず肘でつつてくる。
「なにあれ! 少女漫画のワンシーン!? しかも超イケメン!」
「もう、やめてよ! 恥ずかしい……」
顔を両手で覆い隠すけど、熱は全然引いてくれない。さっき腕の中に感じた温もりと、「捕まえた」という彼の声が、頭の中で何度もリピートされる。
(捕まえた、って……何?)
まるで、わたしがぶつかってくるのを予測していたような、すべてお見通しだったような、そんな言い方。
ただの親切な人、というだけでは片付けられない、何か。
窓の外では、午後の光がキラキラと輝いている。
新しくできたこのカフェは、どうやらとんでもない出会いの場所になってしまったらしい。
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