第14話 ミナミの「創作」とアルゴリズム民主主義
二〇四九年十月。秋風が吹き始める東京未来学園の図書館で、ミナミは古い物語の資料に囲まれて座っていた。彼女の指が滑るのは、デジタル化されたデータではなく、幾度も読み返されて紙がくたびれた、一冊の古い本だ。夏休みに、アオイの音楽が商業化の波に飲まれかけたことを知ったミナミは、自分に何ができるかを考えていた。
「データが、すべてを最適化していく社会で、データには記録されない、大切なものってなんだろう」
ミナミは、その答えを、物語の中に見つけようとしていた。彼女は、古い物語から着想を得て、自分だけの新しい物語を創作し始めた。それは、AIが描く「最適な未来」ではなく、人間の感情や衝動が織りなす、予測不能な物語だった。
そんなある日、彼女のタブレットに、政府のアルゴリズム民主主義から通知が届いた。
「『文化資源の効率的活用に関する法律』の改定案について、国民の皆様の意見を募集します」
その通知に、ミナミは胸騒ぎを覚えた。彼女が詳細を確認すると、改定案には「非効率と判断された古い文化資源の廃棄」という項目が含まれていた。AIが算出したデータによると、古い紙の本や伝統芸能などは、人々の「幸福度スコア」を上昇させる効果が低く、維持するためのコストが「非効率」だというのだ。
「そんな……」
ミナミは、目の前が真っ暗になるような衝撃を受けた。彼女が愛する古い本たちが、AIの判断によって、消されてしまうかもしれない。彼女の創作の源である物語が、この世界から失われてしまうかもしれない。
ミナミは、すぐにハルトに相談した。ハルトは、彼女の話を聞き、静かに憤りを露わにした。
「データだけで、文化の価値を決めるなんて、おかしいよ。僕たちの思い出だって、データには残らないのに、僕たちにとって、すごく大切なものだ」
ハルトの言葉に、ミナミは勇気づけられた。
「ハルト君、私、この改定案に反対する意見を、政府に送ってみる」
「え、ミナミが?」
ミナミは、普段はあまり自分の意見を公にしない少女だった。そんな彼女が、政府に意見を表明しようとしている。それは、彼女にとって、大きな一歩だった。
「うん。私の書いた物語を、一緒に送ってみる。データじゃなくて、この物語が、どれだけ人の心を動かすか、伝えてみる」
ミナミの決意を聞き、ハルトは彼女を全力で応援することを決めた。
ミナミは、一晩かけて、自分の物語を書き上げた。それは、データに縛られ、感情を失いかけた少年が、古い本と出会い、自分の心を取り戻していく物語だった。物語の中には、ハルトとの出会いから、これまでの二人の軌跡が、隠喩的に織り込まれていた。
翌日、ミナミは、その物語と、改定案に反対する意見を、政府のアルゴリズム民主主義のシステムに送信した。
「こんなもので、AIが動くとは思えないけど……」
ミナミは、不安な気持ちで結果を待った。しかし、彼女の予想に反し、彼女の意見と物語は、アルゴリズム民主主義のシステムに、ある「ノイズ」を投げかけた。
彼女の物語は、データ分析AIが想定する「物語」のパターンとは、全く違うものだった。AIは、物語の登場人物の感情の揺らぎや、物語が持つテーマの深さを、数値化することができなかった。しかし、物語を読んだ人々の「共感スコア」や「感動度スコア」は、AIが予測する数値を大きく上回っていたのだ。
その結果、ミナミの物語は、政府のシステム内で、一種の「バグ」として認識された。その「バグ」は、システム全体に影響を与え、改定案に対する反対意見が、ミナミの物語をきっかけに急増し始めた。
数日後、ミナミは政府からの一通のメールを受け取った。
「貴方の提出した物語が、多くの人々の感情に訴えかけ、改定案への議論を活性化させました。つきましては、貴方の意見を参考に、改定案の一部を見直すこととします」
ミナミは、そのメールを何度も読み返した。彼女の書いた物語が、データ社会の大きな歯車を、ほんの少しだけ、動かしたのだ。
「ハルト君、見て! 私の物語が、世界を、変えた!」
ミナミは、ハルトにそう言って、タブレットを見せた。ハルトは、ミナミの物語を読み、彼女の成長と、その物語が持つ力に、心から感動した。
「すごいよ、ミナミ。君の物語は、データには記録されない、本当に大切なものを、みんなに教えてくれたんだ」
その日の夜、ハルトとミナミは、図書館の屋上で、星空を眺めていた。
「データって、私たちを便利にしてくれるけど、それだけじゃ、足りないんだね」
ミナミがそう言うと、ハルトは優しく彼女の手を握った。
「うん。データが支配する世界で、君が紡いだ物語は、きっと、この世界を、もっと豊かにしてくれる。僕たちは、これからも、データだけじゃない、自分たちの物語を、一緒に作っていこう」
ミナミは、ハルトの言葉に、静かに頷いた。
彼らの物語は、データ社会の盲点を突き、感情の力が、社会を変える可能性を見出していた。それは、アルゴリズムが予測できない、美しい「ノイズ」の物語だった。
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