第12話 ハヤトの「指導」とリョウマの挑戦
二〇四九年六月、梅雨の気配をまとった東京未来学園のグラウンドに、ハヤトの声が響く。
「パスを出すタイミングは、AIの予測データだけじゃない。相手の重心移動、仲間の目の動き、そして、ボールが最も美しい弧を描く瞬間。それを感じ取るんだ!」
新入生たちは、ハヤトの言葉に戸惑いの表情を浮かべていた。彼らの腕に巻かれたライフログ・バンドは、正確無比なパス成功率やシュート精度をリアルタイムで表示している。監督AIは「感覚的な指導は非効率」という警告を、ハヤトのコーチ用タブレットに頻繁に表示させていた。
ハヤト自身、去年の今頃は、カントクAIが提示する完璧なデータサッカーを信奉する優等生だった。しかし、リョウマとの出会いが、彼のサッカー観を大きく変えた。データだけでは測れない「友情」や「自由な発想」が、どれほど大きな力を生み出すか、彼は身をもって知ったのだ。だからこそ、彼は新入生たちに、データに縛られないサッカーの楽しさを伝えたかった。
「でも、先輩。AIは、このタイミングでパスを出せって指示してます。先輩の指導だと、『パス成功率』が下がっちゃうんですけど……」
一人の新入生が、恐る恐るそう尋ねた。ハヤトは、彼の言葉に少し寂しさを感じた。データ社会で育った彼らにとって、データは絶対的な正義なのだ。
「いいか。スコアは、あくまで過去のデータだ。試合は生き物だ。その一瞬一瞬を、自分の感覚で判断すること。それが、データを超えるプレーにつながるんだ」
ハヤトは、熱を込めてそう語った。しかし、新入生たちはまだ半信半疑のようだ。彼らの脳裏には、AIが提示する「最適なプレー」という呪縛が、深く根付いている。
その日の練習後、ハヤトはリョウマにその悩みを打ち明けた。
「俺は、去年の俺みたいに、データにがんじがらめになってほしくないんだ。でも、どうやったら、あいつらに伝わるのか……」
ハヤトの言葉に、リョウマはいつものように、ニヤリと笑った。
「簡単だよ。データじゃ測れない、最高に面白くて、最高の『ノイズ』を、俺たちが見せてやればいいんだ」
リョウマはそう言うと、一枚のホログラム画像をハヤトに見せた。それは、カントクAIが「実現不可能」と判断した、奇抜なサッカーのフォーメーション図だった。
「これ……なんだ?」
「『トリプル・ドリフト』。俺とハヤト、そして、もう一人、誰かを巻き込んで、三人で同時に予測不能な動きをする。AIの予測を、完全にぶっ壊す、最高の挑戦だ」
リョウマの言葉に、ハヤトはゾクゾクした。それは、去年の地区大会決勝で彼らが披露した「ドリフト」を、さらに進化させたものだった。しかし、それは同時に、監督AIが最も嫌う、非効率で危険なプレーでもあった。
「危険すぎる。監督AIが、絶対に許さないぞ」
「だから面白いんだろ? データに支配された世界で、俺たちの自由な発想がどこまで通用するか。来月の練習試合で、これを試してみようぜ」
リョウマは、挑戦的な笑みを浮かべていた。ハヤトは、リョウマの「逸脱」した挑戦に、巻き込まれることを直感した。しかし、彼の心は、その挑戦に抗うことができなかった。
それからの一週間、ハヤトとリョウマは、監督AIの目を盗んで「トリプル・ドリフト」の練習を始めた。もう一人、誰を巻き込むか。二人は、新入生の中から、最もデータに縛られ、それでいて、どこかサッカーへの情熱をくすぶらせている少年を選んだ。彼の名は、ユウキ。彼の「サッカー・スコア」は平均以上だが、常にAIの指示通りに動く、真面目すぎる少年だった。
「先輩、なんで俺なんですか?」
ユウキは、戸惑いながらハヤトに尋ねた。
「お前は、サッカーが本当に好きか?」
ハヤトの問いに、ユウキは少し黙り込んだ。
「好きです。でも……」
「でも、AIの言う通りに動くのが、一番正しいと思ってるんだろ? 違う。ユウキ、お前には、お前だけの『色』がある。それを、俺たちに見せてくれ」
ハヤトの言葉に、ユウキは目を潤ませた。彼は、初めてデータではない、自分の心の中のサッカーと向き合った。
練習試合当日。相手チームは、カントクAIが作成した完璧なフォーメーションで挑んできた。試合は、互いにAIの指示通りに動き、淡々と進んでいく。観客席のデータスクリーンには、両チームの「パフォーマンス・スコア」が表示され、ほぼ互角の数値を示していた。
試合時間も残りわずかになった時、ハヤトはリョウマとユウキにアイコンタクトを送った。三人の目が、強く結びつく。
「行くぞ!」
ハヤトの合図と共に、三人の動きが、一瞬にして変わった。ハヤトが中央突破を図ると見せかけて、急にユウキにパスを出す。ユウキは、AIが予測するドリブルコースを無視し、サイドへ大きく開いた。その間に、リョウマは、ゴール前でフリーになった。
「なに……この動きは!」
相手チームの監督AIが、エラーメッセージを表示した。三人の連携は、AIが予測するどんなデータにも当てはまらない、まさに「ノイズ」そのものだった。
ユウキは、ハヤトとリョウマが作ったスペースをドリブルで駆け上がり、ゴール前へクロスを上げた。そのボールは、完璧な弧を描き、リョウマの頭へと吸い込まれていく。
ゴォォォォル!
カントクAIの警告音と、観客席の驚きの声がグラウンドに響き渡る。スコアボードには、一点が追加されていた。
試合後、監督AIは、三人の「逸脱」したプレーを厳しく批判した。しかし、ハヤト、リョウマ、そしてユウキの顔には、データに縛られていた時とは違う、充実した笑顔が浮かんでいた。
「先輩、俺……初めて、データじゃない、自分の心でサッカーができました」
ユウキは、そう言ってハヤトに深々と頭を下げた。ハヤトは、ユウキの肩に手を置き、優しく微笑んだ。
「お前の『色』、最高だったぞ。これからも、お前だけのサッカーを、俺たちに見せてくれ」
ハヤトの言葉に、ユウキの瞳は、未来への希望に満ちていた。
リョウマは、そんな二人を横目に、楽しそうに笑っていた。彼の「逸脱」した挑戦は、データに縛られた後輩たちの心を揺さぶり、そして、ハヤトの「指導」に、新しい道を示してくれた。
データに支配された世界で、ハヤトとリョウマは、自分たちのサッカーを通して、後輩たちに「自由」の価値を伝えていく。それは、この世界のアルゴリズムが、決して予測できない、美しい「ノイズ」の物語だった。
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