第4話 アオイとハルキの「ノイズ」と仮想空間

 ジメジメとした暑さが続く7月。僕たちのバンド「ノイズ・ドリフト」の活動は、壁にぶつかっていた。AIが「騒音」と判断する音楽を追求する僕たちのバンドは、ライブハウスの予約を次々と断られていた。僕たちの腕に巻かれたライフログ・バンドが示す「クリエイティブ・スコア」は、相変わらず低いままだった。AIのアルゴリズムは、僕たちの音楽を「不協和音と予測不能なリズムの集合体」と評価し、僕たちのライブが観客の「幸福度スコア」を下げると予測していた。そのため、どのライブハウスも、僕たちのバンドを「非効率な存在」として避けていたのだ。


 ハルキは、相次ぐライブハウスからの連絡に、苛立ちを隠せないでいた。「おい、もうやめようぜ、こんな音楽。AIの言う通り、もっと聴きやすい曲を作れば、スコアも上がるし、ライブもできるだろ」。しかし、僕は首を振った。「違う。AIの最適解に従って作られた音楽なんて、僕たちの音楽じゃない。僕たちは、データに縛られない、僕たちだけの音を鳴らすんだ」。


 そんな僕たちの姿を、温室の秘密基地で見ていたミナミが、僕に声をかけてきた。「アオイ、AIの評価にこだわらなくても、音楽を届けられる場所は、きっとあるよ」。ミナミは、僕が手に持っていた古い音楽雑誌を指差して言った。「昔の人は、ライブハウスだけが音楽を届ける場所だとは思っていなかったみたい。ラジオとか、いろんな方法があったって、本に書いてあったよ」。


 ミナミの言葉に、僕は何かヒントを得たような気がした。ライブハウスという、物理的な空間だけが、僕たちの音楽を届ける場所ではない。AIが支配する現実世界とは違う、もう一つの場所があるはずだ。


 その日の夜、僕はパソコンに向かい、仮想空間「ネオ・トーキョー」にログインした。ネオ・トーキョーは、AIの監視が及ばない、もう一つの東京だった。そこには、現実世界では「非効率」とされてしまうような、古い文化や、データに縛られない自由な思想を持つ人々が集まっていた。


 ネオ・トーキョーの街を歩いていると、ハルキが声をかけてきた。「アオイ、見てみろよ、これ」。ハルキが指差した先には、現実世界ではありえない、ノイズと不協和音で構成された音楽が流れていた。それは、僕たちの音楽と似ていた。そして、その音楽に体を揺らしているアバターたちが、楽しそうに踊っていた。


「ここなら、僕たちの音楽を、届けられるかもしれない」。ハルキの目に、再び光が宿った。


 僕たちは早速、ネオ・トーキョーでライブを開催することを決めた。ライブの告知は、ネオ・トーキョーのSNSで行った。AIが監視する現実のSNSでは、僕たちの投稿はすぐに「非効率な情報」として埋もれてしまうだろう。しかし、ネオ・トーキョーでは、僕たちの投稿は、多くの人々の目に留まった。


 ライブ当日。ネオ・トーキョーのライブハウスには、多くの観客が集まっていた。アバターたちが、僕たちの音楽に合わせて、思い思いの「踊り」を踊っている。僕たちの腕のバンドは、相変わらず「クリエイティブ・スコア」を低く評価している。しかし、僕たちの心は、かつてないほどの熱狂に包まれていた。


 ライブの終盤、僕は、僕たちが作った中で最も不協和音の多い曲を演奏した。それは、現実世界では、誰にも受け入れられないだろう曲だった。しかし、ネオ・トーキョーの観客たちは、その曲を、まるで自分たちの心の叫びのように、熱狂的に受け入れてくれた。


 ライブが終わり、僕たちはネオ・トーキョーの街を歩いた。僕たちのバンドの「ノイズ・ドリフト」という名前は、ネオ・トーキョーの住民たちの間で、静かに、しかし確実に広まっていた。


「アオイ、僕たちの音楽は、AIの評価なんて関係ないんだな」。ハルキはそう言って、僕に微笑んだ。僕も、彼の言葉に深く頷いた。


 現実世界では、僕たちのバンドの存在は、依然として「ノイズ」のままだ。しかし、僕たちには、もう一つの世界、「ネオ・トーキョー」がある。そこは、データに縛られない、僕たちだけの音楽を鳴らすことができる、僕たちの「ホーム」だった。


 僕たちの青春は、データ社会のノイズの中で、仮想空間という新たな舞台を見つけ、静かに、そして力強く、輝き始めた。

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