第3話 均衡なき戦争
夜空を裂く轟音が、街の鼓動を止めた。
《サレンタ》郊外――ヴァルネア軍が国境を越えてわずか数時間後、前線はこの街の外れにまで迫っていた。
セリル・カインは防爆ベストの上からカメラを抱え、廃墟となった建物の陰に身を潜めていた。
遠くで炎が上がり、黒煙が夜空を覆っている。
火の粉が雪のように降り、風が焦げた匂いを運んできた。
爆発音の合間に、機械的な低い唸りが聞こえる。
極超音速ミサイルの着弾、AI制御無人機群の旋回、そして燃料気化爆弾の閃光――。
核は使われていない。それでも街は、一瞬で戦場に変わっていた。
背後から低く響く声がした。
「……やはり来ていたか、カイン」
振り返ると、防塵マスクを外したマルコ・エルスが立っていた。
迷彩服ではなく簡素な戦闘服、しかしその視線は戦況のすべてを見通しているようだった。
「現役じゃないはずだ」
「現役かどうかは関係ない。呼ばれたんだ……戦争に」
マルコは瓦礫の間から前線を見やり、短く息を吐いた。
「もう均衡は崩れた。ここからは誰も止められん」
セリルはカメラを構え、レンズ越しに夜空を見た。
爆撃で赤く染まる雲、その下を逃げ惑う人々。
泣き声、怒号、そして諦めの静寂が入り混じっている。
「……これが、核なき世界の現実か」
セリルの呟きに、マルコは応えなかった。
ただ、遠方でまた閃光が走り、爆風が街を揺らした。
数時間後、セリルは高台から生中継を始めた。
背後では火災が燃え広がり、サイレンが途切れ途切れに鳴っている。
「核は悪魔だった。人類はその悪魔を追い出し、正義の名で祝った……
しかし、その空席には、もっと恐ろしい怪物が座った。
名は、恐怖なき戦争――」
その瞬間、地平線の向こうで巨大な爆炎が咲いた。
核ではない。それでも、都市の輪郭が一瞬で消えた。
中継を終えたセリルの隣で、マルコが低く言った。
「お前も見ただろう……これからが本当の地獄だ」
灰色の空から、火の粉が静かに降り続いていた。
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