第2話 源氏物語Ⅳ
「……で、ここが解釈違いだったわけ!」
「ひどい! キャラの気持ちは無視なんて! お可哀そうなヒゲソリーナとマルガリータ……」
「でしょ! まあ可哀そうかどうかはわかんないし、将来的にはそうなったとしても、展開すっ飛ばしすぎなんだよね。打ち切りかって話じゃん!」
「嫌だ、大人の事情とか、創作の世界にそんな不純なもの関係ないじゃない!」
「そうだよ! 納得いくまでしっかり描き上げてくれって話だよ!」
フンスフンスと鼻息荒く捲し立てる女子二人。
もちろん夢の主の私とあっちゃん(私命名。あばら家在中だから)の鼻息だ。
「ひどいわ、ひどい。現代でも、キャラを雑に扱う不届き者がいるなんて……呪い殺してやりたいわ」
「うん、それはやめて。先生死んだら新作拝めなくなるから」
あら、そう? と小首をかしげるあっちゃん。
うん、そう、と一緒になって首をかしげる私。
推しの話をここまでテンション上げて力説したのは初めてかもしれない。
学校の友は、一応共感して聞いてくれはするけれど、なんとなくお互いに“ここまで”という線引きがあって、楽しいしテンションは上がるものの、どこか空気読みみたいな雰囲気があるのも否めない。
でもあっちゃんはどこまでも本気だ。
六条さんという推しがいることもあって、マジのマジで話ができている、ような気がする。
「ありがと、あっちゃん。めっちゃ楽しかった」
「いいえ、わたくしも尊い御方の話ができて楽しかった」
二人してにっこりとする。
熱でのぼせた頭をクールダウンするためちょっと黙りこくっていると、ふと日ごろから思っていたことが頭に浮かんだ。
これ聞くのは、さすがに失礼だろうか。
いや、どうせ夢なら思ったこと全部言っちゃえばいいか。
パタパタと手で顔をあおぐのをやめ、あっちゃんに向き直ると、あっちゃんもこちらに向き直ってくれる。
「あのさ、でもさ、とりあえず殺しちゃえってのは極端じゃない? それに夕顔より源氏のが悪いし、そもそも六条さんの不幸の元凶源氏なんだから、そっち呪えばよかったんじゃないの?」
私が疑問をぶつけると、あっちゃんは表情を曇らせた。
「……わたくしは、ただの物語のキャラクターなのですよ」
何を思うか、どう行動するか、わたくしの自由意志なんてないのです。
暗い顔で微笑みながら、あっちゃんは諦めの滲んだ声を出す。
「だから、今日はあなたとお会いできて、お話しできて、本当に良かったと……」
「いや全然よくないじゃん!」
怒りに任せてこぶしを高々と上げると、あっちゃんが驚いたような、ドン引きしたような反応をするけれど気にしてる場合じゃない。
「じゃあさ、あっちゃんは本当はどうしたかったのさ? 言っちゃいなよ、どうせここ、私の夢だしさ。思ってること、もう全部教えてよ!」
気が収まらない私は、こぶしをぶんぶんと振り回す。
あっちゃんはおろおろとしながらも、ぽつりと教えてくれた。
「わたくしは……御方と、お近づきになりたかった……」
「よし、じゃあなろう」
「ですが、わたくしは死霊です……身分も低い……初めから叶うはずもない望みで……」
「叶うさ、叶えるよ、私が」
あっちゃんがここでようやく、ドン引いた表情をやめる。
「だってあっちゃん、物語のキャラでしょ? じゃあ、書けばいいだけじゃん、物語。二次創作、やったことないけどさ、書くよ、私が」
源氏物語なら百パー著作権切れてるし。いくらでも自由に書き放題じゃん。
「私、あっちゃん好きだし。ヒゲソリーナとマルガリータの次くらいには」
「……そこは越えられない壁なのですね」
ふふふと、あっちゃんが笑った。
あっちゃんの笑顔をみたら、私もなんだかうれしい気分になってくる。
「ようし、じゃあ、待っててね。起きたらすぐに」
「いいえ、あなたはわたくしよりも先に書くべきお方がいらっしゃります」
きっぱりと言い切られて、ぶん回していたこぶしをおろした。
書くべきお方って、まさか。
「いいですか、あなたはまず、ヒゲソリーナとマルガリータの解釈違いを正すのです。人に認めさせる必要はない、あなたの中だけででもきちんと完結させてあげてくださいまし。そして、そのあとに余力があればわたくしの願いを叶えてくださいな」
「あっちゃん……!」
ああ、持つべきは仲間だ。
彼女の言葉が胸の中にじんと染み渡るのを感じる。
私とあっちゃんは熱く見つめあい、そしてがっしりとハグをした。
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