第2話 源氏物語Ⅰ
推しが結婚した。
ありえない、そんな展開じゃなかっただろうに。
解釈違い、それも作者との間で解釈違いが起きてしまうだなんて。
少女漫画ならまだこの展開は許容できる。
でもこれ、少年漫画だよ? そんな安易なハッピーエンドなくない? これならまだ、俺たちの冒険はこれからだオチの方が断然よかったのに。
「もう、さいっあく!」
3年追いかけた。
最終巻の発売日である今日まで、ずっと楽しみで楽しみで、夜しか眠れなかったというのに。
これはもうやけ食いするしかないだろう。
勇み足でキッチンへ行くと、目の下に真っ黒なクマをこさえた兄貴がマグカップ片手にぬぼーと出てきた。カップの中身はコーヒーで、かなり濃いめに作ったようで香りがきつい。
「……兄貴、大丈夫?」
日に日に目の下のクマが濃くなり、比例してコーヒーも濃くなっている。
つまり、寝ていないのだ。それも、眠れていないというよりも眠りたくないようで。
「……」
焦点の合わない目で私を見るけれど、結局何も言わずに自分の部屋に戻っていく兄貴。
たまーに何か言ってるんだけど、蠟燭がどうの人魚が赤が卵がとぶつぶつ呟くばかりで、何のことやらわからない。
まあ、何があったのかは知らないけれど、強く生きてほしい所存である。
翌日、体重計の上でひとしきり悲鳴を上げてから学校へ行き、友とこのやるせなさを共有したり呪い殺される哀れな夕顔の話を現代文に訳すなどしたりしてなんとか一日を乗り越えたが、依然もやもやが晴れることはなく。
「納得いかないなあ……」
ぶつくさと文句をたれながら帰路についていたのだけれど、ふと、視界に見慣れないものが紛れ込み、私は立ち止った。
そこにあったのは、古めかしいがボロというわけではなく、どこか懐かしさというか可愛らしさを感じさせる建物だった。
はてこんなところにあんなのあったっけ、と首をかしげる。
建物正面に『まどろみ図書館』という看板を見つけ、図書館なら中に入ってみてもいいのかも、と建物の物珍しさから好奇心をくすぐられ近づいてみる。
出入口は手で押すタイプのドアで、一瞬ためらったものの、まあ怒られたらその時はその時だと思い切って押し開いた。
ドアを開いてすぐ目に付くところに可愛らしいコロンとした形状の乳白色の小物が、バスケットにこんもりと盛られている。興味を惹かれてすすと近づくと、プリントアウトされた紙がそばに貼られている。
曰く、
『あなたの読んだ本がこの卵を育てます。
昔読んだ本、今読んでいる本、読んでみたいなと思っている本など、
あなたの身の回りにある本の記憶を受けて、卵があなたに物語の夢を見せるでしょう。
卵が成長し孵化するまで、あなたはあなたの本の記憶で卵のお世話をしてあげてください。
読書卵
ご自由にどうぞ、ただし一人一個まで。それ以上は安全の保証をいたしかねます。』
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