第15話 閑話 Side:RED ①

審議会より数時間後。

ここは魔術師団長、ハルバート・カランコエの執務室。


「はぁ~~~~~つっかれった!!いつもいつも、お偉いさんたちって性格悪すぎじゃね?!だからハゲんだよぉ!!」

「大丈夫ですか?人を呪わば穴二つですよ?」

「え、おまえそれは俺にハゲそうって言ってる??うそ、キてる??生え際キてる????」


魔術師団長の執務室で、この大袈裟にため息をつき、長年愛用の机に突っ伏しているのはハルバート・カランコエ本人で間違いない。

ただ彼は執務中に部下に見せる顔と、本来の人間性に著しい差があった。

長く魔術師団をまとめる辣腕家なのは事実だが、素のままではあまりに威厳を欠くので部下には見せるなと、国王より厳命されている次第である。

その実態を知っているのは国王陛下とハルバートの愛する家族、そして共にこの部屋にいるライル・アランジュだけだった。


「そんなことより」

「そんなことでは済まされないからね?!こちとら大問題だから!!」

「人払いをしたんですからもう聞いてもいいでしょう?アンタと先代魔女の関係について」


そんなライルですら、今回の件まで知らなかった先代魔女との繋がり。

先代魔女が亡くなった今となっては、彼しか語れるものはいないのだが。


「……………………………………………ウン…」

「間が長い」

「なんだよぉ!!簡単に語れない過去の一つや二つあんの!オヂサンには!!」

「…成る程。あんなに仲睦まじい奥方がいるのに浮気していたと。それは話せないでしょうね」

「違うよ!?やめろやめろどっから噂が立つかわかんないから!!

………魔術の師匠、みたいなもんだよっ」


ハルバートは椅子の背もたれに体重をかけ直し、一度息を吐いた。

そして空中を何やら指でなぞったかと思うと、『防音サイレント』とささやく。

部屋の壁と床一体に魔力を流し、万が一に声が漏れるのを防いだようだ。


「…俺の生まれは、北の森に近い小さな村だ。家が貧乏で。魔力が高くたって、魔術を覚えたくたって、魔法学校の受験勉強に備えるための教本だって買えやしない。諦めてたさ…子供ながらにな。」


濃いオレンジ色の瞳は、王都ではない田舎の農村を映す。牛や鳥を飼い、作物を育て、冬の寒さを恐れた。

そんな日々が永遠に繰り返されるのかと辟易していたあの頃。


「迷い込んだ北の森で、偶然会ったんだ。伝説の″北の魔女″に。」


北の森は行くなと両親から言われていたが、たまに珍しい薬草が手に入って高値で売れるのでいい収入源だった。深く入り込まなければ戻れる自信もあった。だがある日探すのに夢中になってしまい、村までもどる獣道を見失った。

途方に暮れていた時に出会ったのは、薄いブロンド色の髪にベリーピンクの瞳の女性。

その女性はハルバートが道中転んで擦りむいた膝に回復魔術をかけ、村まで戻る道程を淡く光らせ道標を魔術で作ってくれた。

その様子に、一も二もなくハルバートは声を上げた。


『あのっ、僕に!魔術を教えてください!!お願いします!!』


その時から、ハルバートと北の魔女の誰も知らない師弟関係が始まった。

魔女は様々な魔術・魔法の知識をハルバートに惜しみなく教えてくれ、ハルバートは御礼にと家で採れる牛乳やらチーズ、野菜など親の目を盗んで魔女に渡した。

魔女から薬草の生育場所も教えてもらい、採取したそれを売って少しずつ資金を貯め、受験費用にした。

両親に『魔術学校を受けたい』と切り出した時の、ポカンとした顔を今でも鮮明に思い出せる。

まさか受かると思わなかった息子に、特待生枠の合格通知が届いたときの咽び泣きようも。

その日まで魔術を懇切丁寧に教えてくれた魔女も、きっと喜んでくれると思い、いつものように森に行ったのに。


「その日から、ぱったり。会えなくなっちまった。」


魔女に何かあったのか。それとも自分が知らないうちに何かしてしまったのか。

そういえば彼女の名前も知らないし、北の森のどこに居を構えているのかも知らない。

自分は彼女のことを何も知らないのだということと、もう聞きたくても聞く術がないという事実を背負ったまま王都に上った。


「いざ魔法学校に入って、魔術師団に入ったら、『北の魔女から教えてもらいました』なんて、口が裂けても言えない環境だったわけだ。」



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すみません、オッサンの話が長くなりました。

次話に続きます。

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