第8話
「非礼をお詫びいたします、北の魔女殿。私は王国より白薔薇の騎士団長の任を戴いております、ジャンヌ・アルストロメリアと申します」
女性の中で長身に入るジャンヌの視界から完全に外れていた噂の『北の魔女』は、見るからに少女だった。
フワフワと弧を描くブロンドの髪は長く、蹲っているので床についてしまっている。
ジャンヌの自己紹介にも全く警戒を解いてくれない瞳は、熟れた苺のようなベリーピンク。
頭にかぶった鍋からかろうじて覗くそれに、低い姿勢で礼をとって視線を合わせた。
「…………そっちゃのアンタは」
「私は魔術師団の下っ端ですよ。ライルと申します」
「…下っ端?せばアンタ」
「下っ端です。お見知り置きを、魔女殿」
ライルの自己紹介に疑問を返したのは、彼の瞳が『下っ端』ですまないはずの魔力をたたえているからだろう。
しかしライルがそれ以上は答えないという圧の笑顔を向けたため、魔女は口をつぐんでしまった。
ジャンヌも、彼がなぜ魔術師団のいち団員に甘んじているのが疑問ではあったが、ここで明かされることはなさそうだ。
「ところで、魔女殿はここでひとりでお暮らしなのか?ご家族などは」
「…家のモンがおらんでも、団長さんに関係ねぇべさ」
ライルの圧に怯んでしまった魔女は、頭の鍋をさらに深く被ってしまった。この調子では到底こちらの欲しい情報を提供してくれそうにもない。
ジャンヌはまず、警戒心を解いてくれるよう話してみることにした。
「たしかに。ただ、おひとりならば、身の回りの事を全てご自身でやってらっしゃるのがすごいと思いまして」
「…は?」
多少なりとも気を許してもらえれば情報を得やすくなるのはもちろんだが、
魔女は本当は、ひとと関わりたいのではないかと思えたからだ。
相手を害するつもりなど全くない鍋とおたまで身を守ろうとした、独り暮らしの健気な少女。
「私など、女に生まれたのに料理や裁縫はからきしで。試しに非番の日に作ってはみるのですが、あまりの出来に食材に申し訳なくなるほどなんです」
「はぁ…」
「こちらの庵は人里からも離れていますから、家畜を育てたり田畑もひとりでやっているんでしょう?すごいなぁ」
「…そ、そったらことねぇべ」
「北の森近辺の村では、魔女殿が売ってくれる薬はよく効くと評判でしたよ。
薬学にも長けておられるのですね」
「それが、かーさまから受け継いだ魔女の生業だべ、薬が作れて魔女は1人前だ」
「そうでしたか。それでは、母君もずっと村民の怪我や病気の治癒に尽力しておられたのですね…素晴らしい母君ですね」
「ああ!かーさまは世界一の魔女だっぺ!騎士団長さん!アンタ話が分かるべなぁ!」
母親の話題になってはじめて見せた笑顔は、魔女なんて単語は似つかわしくないほどに愛らしく、ジャンヌはつられて笑った。
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作者は方言らしい方言の無い地方出身のため、各地のうつくしい方言を組み合わせさせてもらっております。
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