第2話 籠城戦
「な、なんだあれは……何をやっているんだ……?」
直時の眼下では激しい戦いが繰り広げられていた。戦っているのは、先ほど見たゴブリンのような化け物たちと黄金色に輝く鍬形を立てた兜をかぶり、色鮮やかに縅された鎧を纏った武士たちである。
振るわれている武器は槍、薙刀、太刀、そして弓矢であった。武士たちは小高い山の上に築かれた城に籠もり、必死に矢を射掛け、槍で醜い化け物を突き落としている。一方、化け物の群も矢を射返し、土塁を駆け上ろうと懸命にもがいている。
「映画のロケか……?」
直時はそう思いたかったが、それにしては撮影スタッフの姿がない。
「でなければ、ぼくはバーチャル篭城戦を見ているのか……?」
なるほど。これはバーチャルリアリティの映像に違いない。それならば、空を飛んでいるのも、小人になっているのも説明がつく。そうだ、これしかない。
……そのようなはずがないことはわかっていた。わかってはいたが、そうとでも決めつけなければ、この事態を説明できないではないか。これは直時の理解を超えていた。だから、理解できることだけを見てみようと直時は考えた。理性を保とうと必死であった。
直時の目はまず
「いやー、こんなにリアルな山城の映像は初めてだ。けど、うーん、小さい城だな。曲輪も三つしかないし、造りも原始的だし……。どうせなら、もっと大きな山城にすればいいのに」
直時は残念がった。映像化するのであれば巨大な城にしてほしかったところだ。予算の都合であろうか。
「一体、いつごろの時代を想定しているんだろう。武士の鎧が平安時代の
直時は城を攻めている化け物たちを見やった。先ほど直時を襲ったゴブリンのような生き物である。
「あんなモンスターがいるんじゃ、室町時代も何もないか。あんなのが登場しているということは、この映像は映画じゃなくてテレビゲームなのかな? なんにしても、ゴブリンが褌を締めて、太刀や薙刀を持っているのはどうにも違和感があるな……ゴブリンといえば粗末な
まあ、これがこの映像の世界観なのだろう、と直時はむりやりに納得し、改めて両者の戦いを眺めた。
「人間側は不利みたいだ。二〇〇人ぐらいしかいないのに、モンスターの方は一〇〇〇匹ぐらいいそうだ。頼みの堀も越えられつつある。せめて、あそこにもう一本でも堀があれば……」
直時は頭の中で、どうすればこの城でモンスターの大群を退けられるかを考えた。見れば、モンスター側も弓矢で戦っているし、空を飛ぶモンスターなどもいないようである。極論すれば、人間同士の戦と同じなのだ。ならば、直時の考える城でもモンスターを撃退できるかも知れない。
直時は頭の中で城の縄張りを考えた。堀を追加し、曲輪を追加し、土塁を巡らせた。ああすれば敵の移動を制限できる。こうすれば攻撃を集中できる。直時はシミュレートに没頭し始め、自分でも気づかぬ間にじりじりと城に近寄っていた。
しかしながら、あるていど近づいたところで彼は眉をしかめた。眼前に広がる光景があまりに暴力的で血なまぐさいことに気づいたのだ。
「リアルと言えばリアルだけど、ちょっと残酷表現が過ぎやしないか……間違いなく十八歳以下は禁止の映像だ」
苦悶の表情で転がる死体の裂けた皮膚からは血が溢れ、筋肉、内蔵、骨が露出している。悲鳴や絶叫は悲痛を極め、殺意とか憎悪まで感じられるのだ。代わりに映像的な演出であるとか、演技めいた動きなどは感じられない。熱気は凄まじいが、きわめて冷淡な光景なのだ。思えば、背景に音楽も流れていないし、派手な効果音も聞こえない。
「……やっぱりこれは本物なのか……?」
直時がつばを飲んだそのとき、彼の左腕を電柱のような矢がかすめていった。
「わっ!? ……いっ、痛い! 血が!? に、に、逃げないと……!」
直時は急いで戦場から離れた。血と痛みが、これが映像などではなく現実なのだと告げていた。
流れ矢がまた飛んできてはたまらない。直時は矢の射程外まで逃れ、林の中に飛び込んだ。枝に座り込んで止血にかかる。幸い傷は浅く、血はじきに止まった。傷口を舐めてみたところ、期待に反して血の味がした。いくらバーチャルリアリティとはいえ、痛覚や味覚まで再現できるほど発達してはいない。
「やっぱりこれは現実なのか!? なんで! 何が、ど、どうなってるんだ……!」
直時は樹上で大いに慌てふためき、状況を整理しようと試みたが、出血と痛みで動転してしまい、考えることができない。
そのとき、眼下を巨大な男が通過していった。身長も肩幅も厚みもゴブリンのような生き物の三倍はありそうだ。身には大きな腹巻きを着けている。筋骨は堅く、隆々としており、一見して途轍もない膂力の持ち主であることがわかった。目が小さく鋭い割に顎は巨大で、岩をも噛み砕きそうである。大男とその後ろに続くゴブリンのような生き物は人の頭ほどもある石を荷車に満載していた。
直時は自らの状況を考えるのを無意識に棚に上げて、眼下に注目した。これも一種の現実逃避であろうか。
「あの石を投げて、城を攻撃するつもりだ。大変だ、急いで報せないと」
直時は慌てて城へ飛んだ。
普段の彼ならば躊躇したであろう。関わりたくないというわけではない。余計なことをして却って迷惑ではないかと考えてしまうからだ。しかし、彼は躊躇することなく、矢が飛び交う空へ飛び立った。これほど思い切りよく行動したことは、彼の人生において初めてのことかもしれなかった。単に慌てていただけかもしれないが、この行動は彼にとって重大な転機となるであろう。
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