[Process4/5:濡れ衣の枚数]Flow3/4

 魔物襲撃事件の捜査に協力することが決まってから、俺はウィリオンと街の各地を訪ね歩いて情報を集めた。

 ウィリオン経由で騎士団から身分証明書を発行してもらい、使役が使える人間や道具を売っている店などを中心に手分けをして聞き込みを行う。

 ファシエやアークハウスの様子を見に行ったりもした(クレイドに羨ましがられた)。


 しかし、事件の情報は全くと言っていいほど集まらない。カギになるのは、街を襲撃したファランクスタートルに掛けられていた身体強化魔術と障壁魔術だ。騎士団や冒険者の攻撃をことごとく防ぐ魔術を使えるのはそうそういない。


 そして、調べた中にそんな能力を持つ人間もいなければ、道具もない。騎士団も有力な情報はつかめていないようだ。やはり、倒した魔物が消滅してしまい、痕跡を調べられないのが痛手なのだろう。


 それに反比例して、ウィリオンの事はよく分かってしまった。彼は少し偉そうなしゃべり方の割には明るく気さくだ。なので捜査の合間に話をすることも多い。そこでウィリオンの過去などをよく聞いたりした。


 それによると、ウィリオンは裕福な商人の跡取りとして生まれたが商才に乏しく、才能にあふれる弟が生まれてからは邪魔もの扱いされてきたらしい。しかしある日、弟といたところを魔物に襲われたときに【使役】の異能が発現し、襲ってきた魔物を逆に操ることで難を逃れたそうな。


 それ以降、その才能を活かして生きていこうと決心して家を飛び出して冒険者となって活躍し、職業ランクも霊性ランクも順調に上がっていったんだってさ。今は自分の力で人の役に立てる喜びと自信を感じているらしい。


 いやあ、年上に使う言葉じゃないかも知れないが、眩しいね、ほんと。俺はなんか羨ましいような気持ちを抱いて捜査を続けていた。


   ◇◆◇◆◇


 そして、もう一週間。

 どうにも手がかりがつかめない。今日は貧民街の中でもとびきり治安の悪いところに足を伸ばして聞き込んでみたが、成果なし。こうも空振り続きだとうんざりしてくる。


「なあ、ウィリオンもそう思わないか?」

「そうでもない。空振りなら、それはそれで有用な情報だ。犯人はこちらにはいないことが分かったのだから、前進といえるだろう。滅入っている場合ではないぞ、リガル君」

「前向きだな~、あんた……」


 そんな話をしながら貧民街を抜け出しかかったその時、不意に周囲から人の気配と目線を感じた。複数いる……囲まれている?


「ウィリオン」

「分かっている」


 ウィリオンが俺の注意に返答したとほぼ同時に、物陰から人影が次々と飛び出してくる。奴らは皆顔を隠しており、その手には刃物。どう見てもこちらに危害を加える気だ。


「お前ら、誰だ……おっと」


 案の定、誰何の言葉も満足に言う前に、奴らは襲いかかってくる。その動きは、速く的確だ。素人ではない。

 俺は襲い来る人影を迎撃しながら、ウィリオンに問う。


「こいつら、何だと思う?」


 ふむ、と首をかしげながらも、危なげなく襲撃を防いで答えるウィリオン。さすが、荒事にも慣れているみたいだ。


「誰の差し金かは分からないが、大方我々の動きが気に入らない奴が雇った犯罪ギルドの連中だろう」

「だな。適当にあしらいつつ、2、3人とっ捕まえるか」

「そうしよう」


 背中合わせになって襲撃者を迎え撃つ俺とウィリオン。


 正直、武器への不信感を克服した今、相当な手段を使わなければ俺を害することは不可能だろう。とは言え、【SABER】の一員である俺は、実はいかなる状況においても殺人が認められない。いち冒険者にあるまじき権力が与えられるのと引き換えに、たとえ身を守るためでも、相手がどのような人間であっても、意図して殺してはいけない義務を負うのだ。


 当然、この襲撃者共に対しても同様。殺さずに無力化しなくてはならない。俺は剣を鞘に収めたまま、相手を殴って黙らせていた。


 一方、ウィリオンの方はすごいことになっている。体の周囲に、まるで鎧のように魔物の爪や鱗が出現しているのだ。俺もウィリオンが戦うところは初めて見るが……。


「ウィリオン、それも使役した魔物なのか?」

「その通りだ。私は【使役】の他に【収納】の異能も持っていてね。使役した魔物を魔道具に収納しておき、こうして一部分だけ呼び出して武器にすることができるのだよ」

「は~、普段は仕舞ってたわけか」

「そうでもなければ、四六時中魔物を連れて歩くことになるだろう? それでは街にも入れない」

「確かに」


 そんな軽い会話を交わしながら襲撃者を迎撃する俺とウィリオン。ぶっちゃけ今のところ余裕。

 しかし、敵もやはりプロであった。後衛の一人が杖を構えると、たちまち俺たちに弱体化魔術が掛けられる。しかも、結構強いやつだ。元S級冒険者の俺でさえ、筋力を弱められて一瞬ぐらついた。ウィリオンには相当効くだろう。


「おいウィリオン、大丈夫か⁉」

「く……いや、この程度、何ともない!」


 そう言うが、明らかにウィリオンのスピードは落ちている。額には汗が浮かび始めている。俺が防御に回らざるを得ない。ウィリオンが防げないような攻撃を俺が代わりに捌いていく。俺にかばわれて、ウィリオンは苦笑していた。


「ふふ……このレベルの弱体を受けてもまだそんなに動けるか。さすが【神剣】だな」

「あ、バレてたのか」

「君の動きを見ていれば、予想は付くさ」

「そうか? これでも現役の時とは比べものにならないくらい鈍ってるんだが……まあ、弱体慣れはしてるしなあ」


 しかし、そんな会話をしている間にも敵の攻撃は止まない。いよいよ手加減できる状態じゃなくなってきた。ウィリオンの安全を確保するためには、相手の腕を斬り落とすくらいはしなくてはいけないか。

 俺がその覚悟を固めかけた時だ。


「お前達、何をしている!?」


 野太い男の声に、金属の鎧がたてる音。どうやら、俺たちの騒ぎを聞きつけた騎士団が来てくれたようだ。

 襲撃者共も騎士団を相手にする気はないらしく、物陰に引き上げていく。


 俺は少し迷った。襲撃者のひとりくらい、斬ってでも捕らえておくべきか。

 しかし、俺とは違い、ウィリオンの判断は早かった。


「逃がすか!」


 と、弱体化魔術が解かれるやいなや、術者に向かって魔物の体の一部とおぼしき針を撃ち出す。だがそれは、術者の服の一部を裂くに留まり、結局逃がしてしまった。


 後に残される俺とウィリオンの元に、騎士が次々と駆けつける。


「何だ、この騒ぎは……っと、ウィリオン殿!? 何をされているのですか?」

「うむ。実は今、正体の分からぬ者に襲われてな……」


 幸い、騎士の中にウィリオンの顔見知りがいたらしく、聴取はその場で済んだ。後日詳しい話をすると告げると、騎士団は周囲の捜索をしに立ち去っていった。


「悪い、ウィリオン。結局逃がしちまったな……」

「いや……仕方ない。どうやら相手は私たちの予想より手強い奴らのようだ。しかし、先ほどの術者、何か落としていかなかったか?」

「え、どれ?」

「うむ。確かこの辺りで……あったぞ」


 そうしてウィリオンが暗がりから拾い上げたのは、俺もどこかで見たことのある……、


「は!? ウィリオン、それって……!」

「ファシエ君のタリスマンじゃないか!?」


 事態が飲み込めず、思わず顔を見合わせる俺達。


 その日以降、ファシエは姿を消した。


   ◇◆◇◆◇


 ファシエが正体不明の人間達と共に俺たちを襲撃し、逃げていった。

 その事実は俺とウィリオンが動揺するに十分な衝撃をもたらした。

 普通なら、そのことは騎士団に報告すべきものである。

 しかし、俺たちは悩んだ。ファシエが何の理由もなくこんなことをするとは思えなかった。理由があるのなら、それを知りたい。


 その思いはウィリオンも同じだったようで、騎士団に報告するのはアークハウスの拠点内を調べてからにしたいと言い出した。俺も手伝いたかったが、部外者の俺が拠点内を調べているのは、それはそれで怪しい。これ以上事態をややこしくしないためにも、アークハウス内の調査はウィリオンに任せ、俺は工房へ戻った。


 翌日から、武器屋の仕事をしながらも、ファシエの事が頭から離れなかった。なぜ俺たちを襲撃するような真似をしたのか。

 ウィリオンの言ったように、俺たちが魔物の暴走について捜査している事をよく思わない奴らの妨害なのだとしたら、その事件にファシエも関わっているということなのか。

 それも考えられない。ファシエは他者が傷つくことを嫌い、自分に大けがを負わせた魔物との共生を考えるようになるほど心優しい人物だ。何か、理由があるはずだ。


 気になることと言えば、ファシエの件の他にもある。俺が戻ってくる前から、エニア・クレイド・ヒスイが全然店にいないのだ。計算が苦手なはずのプリシラに店を任せて、3人はずっと外出している。

 何をしているのかと聞いても、新しい武器と評価の準備だと答えるばかり。何か隠しているような気がするんだが……。


 そして、いつもと同じように見えるプリシラの方も、何かがおかしいことに俺は気づいていた。


   ◇◆◇◆◇


 そして、今日もプリシラと二人で交代しながら店番。

 今は俺の方の休憩時間なのだが……、


「あ~も~、お客さん、全然来ないじゃんか~」


 交代の時間を無視してプリシラが控え室に入ってくる。


「おいこら、ちゃんと店番しとけ、エニアに怒られるぞ」


 俺が至極まっとうな注意をすると、プリシラはふてくされたようにこちらをにらむ。そして、テーブルの上のクッキーをつまんで口に放り込み、サクサクかみ砕きながら話す。


「だってぇ~、どーせお客さんなんかこないしー、ずっと座ってるだけじゃつまんないんだもん……」


 そう言って、普段からそうするように、机に腕と上半身を投げ出してだらける……"プリシラ"。


「……」

「ねーねー、なにか面白い話とかないのー?」

「あ~、面白い話ってんじゃないけど、お前にちょっと聞きたいことがある」

「ん、アタシに聞きたいこと? なになに?」


 そして、軽く身を乗り出したプリシラに、俺はさきほどから感じていた疑問を投げかけた。


「……お前、誰?」


 プリシラの、いや、プリシラのように見える何者かの目に、一瞬だけ高度な知性の光が掠めた。

 しかし、次の瞬間には、何とも頭のゆるそうな雰囲気に戻る。


「誰って、どういうことー? アタシ、プリシラだよー。見てわかんない?」

「パッと見じゃいつも通りに見える。だが、なにかおかしい。そう思う材料はいくつもある」

「ん~、そう言われてもさあ~……その材料ってなに? 例えばどんなこと?」


 困惑しているような表情も、いつものプリシラと同じに見える。だが、


「プリシラが歩くときは、大抵重心が安定していない。でも今のお前は、本来安定している重心をわざと崩しているように見える」

「え、そんだけ?」

「他にもあるぞ。足音だってわざとドタバタさせてるし、物を見るときの眼球の動きがちがう。それに、プリシラはクッキーを食いながらそんな器用に話せない」

「ええ~、リーくんの勘違いじゃないのー?」


 その呆れる表情も、やはりプリシラのものだ。


「あと、決定的な証拠がひとつある」

「証拠って~?」

「ああ、プリシラはな……」


 そして俺は言い放つ。


「俺と二人きりのときは、俺のことを『お兄ちゃん♡』って呼ぶんだよ」


 ……沈黙。


 沈黙に次ぐ沈黙。


 しかし、プリシラの振りをしているソレの表情が徐々にニヤけだし、テーブルに頬杖をついた。

 プリシラなら、こんな人を馬鹿にしたような表情はしない。


「く、くっだらないなあ~、もう。【神剣】くんさあ、もうちょっと何とかなんなかったの?」

「あ? お前みたいなワケ分からん奴にはこれくらいでちょうどいいだろ?」


 そして俺は、椅子に座り直したソイツと改めて向き直る。

 以前、ヒューレ店長がプリシラを診察したときに、何かが気になっていた様だった。それが、目の前のコイツのせいだったのかは分からんが――


「一体何の用だよ……"アホ毛様"?」

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