[Process2/5:ごはんと魔物とディフェンダー]Flow4/5

「リガルさん! 誰かが襲われているみたいです!」

「みたいだな。ヒスイ、戦闘準備しろ」

「え、何⁉ ……魔物なの……?」


 俺は素早くスピアを手に取り、ヒスイがおっかなびっくりながらも装備を構えたのを確認すると、魔物の気配があった方に意識を集中した。


 すると二人の冒険者らしき若い男が、林の奥でブレイドビートルの集団に襲われているのがギリギリ見えた。


「ブレイドビートル、全部で4体います!」

「何⁉ じゃあ結構ヤバいな、あいつら……」


 襲われている冒険者達は、遠くからみても討伐クエストに慣れている感じではない。どうすべきか逡巡する俺に向かってエニアが叫ぶ。


「リガルさん! 助けてあげてください!」

「待て、そうしたら今度はお前が危険だ!」

「今はヒスイさんがいるから大丈夫です! 早く行かないとあの人達が!」


 そのヒスイは明らかに怯えている。本当にこいつに任せて大丈夫なのか。


「リガルさん!」

「く……おいヒスイ、魔物が来たらしばらく持たせろよ!」

「だ、大丈夫……カツサンドの分は頑張る……」

「頼むからな!」


 そうして俺は冒険者達の方へ急ぐ。人が普段全く立ち入らないであろう林の奥地は、草木がぼうぼうに生えていて足場が悪い。俺は木の幹や枝を蹴り、空中を駆けた。


 近づいてくると、ブレイドビートルの動きがおかしい。さっきまで討伐していたものとは違い、でたらめに角を振り回して暴れ、冒険者を執拗に追い回している。


 そして、俺があと一歩で追いつくというときに、冒険者のひとりにブレイドビートルが突っ込んでくる。


「伏せろ‼」


 叫んだ俺に向こうも気づき、言葉通りに頭をかがめた。そのすぐ上をかすめる鋭い角。勢い余ってガツン! と隣の木にぶつかった。

 すかさず俺はスピアを突き立て、1体を倒す。そして冒険者の男達に声を飛ばす。


「おい、お前ら! 俺の後ろで固まっていろ!」

「あ、あんたは……」

「言うとおりにしろ!」


 男達はおとなしく俺の指示に従ってくれた。藁にもすがりたい気持ちだったのだろう。必死で俺の背後に逃げ込んできた。これで俺の間合いに二人を収めることができ、守りやすい。


 正面から突っ込んでくる2体のブレイドビートルの角をまとめて上に弾き、無防備になった喉元へスピアを一閃、頭部を斬り飛ばす。

 最後の1体も後ろから回り込んできたが、問題ない。俺は後ろにかばった男達の頭上を軽業師のように飛び越えつつ、頭上をとって相手の背中からを真っ直ぐ貫く。これで最後だ。


「お前ら、無事か?」


 俺が尋ねると、男達は心底ほっとした表情で答える。


「ああ、大丈夫だ。おかげで命拾いした……」

「ありがとう、助かったぜ……強いんだな、あんた……」

「ま、そこそこな」


 彼らはすっかり息が上がってしまっているが、見たところ命に別状はない。とりあえず安心していいだろう。しかし、


「嫌あああ‼ 来ないでーーー‼」


 思わず気を緩めてしまったときに、悲鳴が響き渡る。ヒスイの声だ。瞬間的に理解する。やはり魔物に襲われてしまったのか。


「しまった! お前ら、離れて付いてこい!」


 俺は男達にそう言いながら、来た道を急ぎ戻る。エニア達も俺の後を追ってきていたのか、距離は遠くない。


 だが、周囲に5体ものブレイドビートルがいた。俺が男達を救助している間に集まってしまったのだろう。すでにエニアとヒスイは包囲されかかっている。懸命に急いでいるが、2年のブランクでうまく制御できなくなった体では、イメージ通りのスピードが出ない!


 もう二人は間近に迫っている。泣き出しそうな顔で大楯を構えるヒスイと、その後ろで不安そうな顔をしているエニアを視界に捉えた。しかし、ブレイドビートル達の最初の一撃に間に合わない!


 俺は1体だけでも仕留めようとスピアを投擲しようとした。その時だ。


「嫌あああああああ‼‼」


 ヒスイがひときわ大きな悲鳴を上げると同時に、ヒスイとエニアを包むように青白い光の壁が出現、突進してきたブレイドビートル達をガキン‼ とした音とともに見事に跳ね返した。


 防御魔術⁉ いや、違う。魔力の流れとは別の、もっと強大な力を感じる。まさか、ヒスイの【異能】か⁉


 いや、考えるのは後だ。俺は体勢を崩した魔物達とエニア達の間に割り込む。スピアを振るい、襲い来るブレイドビートルを倒していく。その間も、ヒスイの防壁はことごとく敵の攻撃を通さなかった。


 そうして、周囲から魔物達の気配が消える。思わず、ふう、と息が漏れる。エニア達はなんとも無かった。ヒスイは疲れ果てた顔をしていたが。


「んん……少し焦ったが、なんとかなったか……ヒスイ、お前異能持ちだったのか。よくやったな」


 少し賞賛すると、今の今までげんなりしていたくせにヒスイは偉そうに胸を張る。


「ん、当然……わたしはやればできるオンナ……もっと褒めてもいいよ。りがる」

「調子乗んな」


 まあ、実際異能持ちで助かったけどさ。


「ヒスイさん、異能が使えたんですね! すごいです! かっこいいです!」


 エニアが興奮している。確かにお前の好きそうなやつだなコレは。


「うん……わたしの異能、【拒絶の楯】……」

「は~ん……【拒絶の楯】ねえ……異能は魂の形の表れっていうけど、なるほどねえ……」

「む……何が言いたいの……」


 遠回しな俺の感想に口をとがらせるヒスイ。

 訓練すれば誰でも使えるようになる魔術とは違い、異能の発現には先天的な素養が必要になる。ヒスイは根っからの臆病者だと言うことだ。


「まあ本当、何事も無くてよかった……おーい、お前らももう出てきていいぞ~」


 俺はさっき助けた冒険者達に呼びかける。


「も、もう大丈夫なのか……?」


 木の陰から恐る恐る出てくる彼ら。


「あ、そちらの人も無事だったんですね。よかったです。リガルさんもお疲れ様でした。ちなみに、評価の方はたった今倒したブレイドビートルで必要なデータがそろいました。これにて評価終了です」

「そっか、ちょうどよかった。じゃあ帰りながら、あの冒険者達を街に送り届けるとするか。お前らもそれでいいか?」


 俺は冒険者達に確認を取る。


「ああ、そうしてくれるとありがたい。使っていた剣も奴らと戦ったときに壊れてしまったからな……街に戻って新しいものを買わなければ」

「あいつら硬えからな~、俺もあんたが使っているみたいな業物が欲しいぜ」


 彼らはうかつな発言をした。そんなことをエニアが聞き逃すはずが無い。さながら獲物を見つけた猛禽のごとく、エニアは冒険者に殺到した。


「武器ですか⁉ リガルさんが使っているような武器が欲しいんですか⁉ いや~、お目が高いです! 実はこのスピアと同じ、冒険者ギルドお墨付きシリーズの剣を発売中でして……」


 エニアは収納錬成具から剣を取り出し、自慢げに冒険者達に宣伝しだした。彼らはエニアの手の中の剣を興味深そうに眺めている。


「そういえばヒスイ。お前の使っている槍はどんな感じなんだ? エニアのスピアに変えるのか?」

「ん……わたしのは何の変哲もないやつ……でも、エニアが専用の武器を作ってくれるって言ってた……」

「へえ、いいかもな、専用武器か。変な名前つけられないといいな」

「それだけは阻止する……」


 そんなことを話しているうちに、無事エニアが冒険者達に剣を売り終えたようだ。お互い満足そうな顔をしている。

 しかしエニアも商売熱心というか、めざといというか、こんなところでまで武器屋をしなくてもいいんじゃないかと思うんだが……。


「えへへ、2本売れちゃいました。臨時収入ゲットです! 帰り際にプリンの材料でも買っていきましょう。 今晩には食べられますよ!」


 商売最高。エニアちゃんマジS級天使。ヒャッハー。


 いやいや、それはそうとして、さっきから気になっていたことがひとつある。エニアと初めて会ったときに馬車を襲ってきた魔物も、今日冒険者を襲っていた魔物も、どちらもひどく凶暴化して暴れているように見えた。別に魔物自体がそうなることは不思議じゃない。縄張りを荒らされたり手負いになったときも凶暴化するからな。


 ただし、今日遭遇したブレイドビートルは群れない魔物だったはずだ。それが集団で凶暴化していることに、俺は不自然なものを感じていた。


   ◇◆◇◆◇


 さて、明くる日の今日、なんだかんだでスピアも店頭に並べることができた。エニアの武器は使いやすさにこだわっていることもあって、客の反応はなかなかいい。早速、冒険者らしき人たち相手に2本売れた。


 そしてエニアとヒスイが店頭で販売を担当し、俺が控え室で休憩を取っていたときだ。いきなり店が騒がしくなった。大勢のどたばたした足音が聞こえる。


「おい、ヒューレ錬金術工房と言うのはここか⁉」

「な、なんですか、あなたたち⁉」


 エニアと男の言い合う声がする。急いで店内に向かってみると、そこには10人前後の赤いローブ姿の男達が押し寄せていた。昨日も見かけたアークハウスの過激派の奴らだ。

 その先頭にいたリーダー格とおぼしき厳つい男が喚き立てる。


「同志から報告を受けているぞ……愛すべき動物たちを虐待する武器を販売しているだけでなく、自らも虐待行為をして回っているらしいな!」


 お前ら、昨日の口げんかの続きをしに来たのか? 暇な奴らだな。しょうもないこと報告しあってんじゃねえよ。


 呆れる俺の横でエニアは憤っている。ちなみにヒスイはカウンターの奥で丸くなって震えている。


「動物虐待なんてしていません! 私たちは魔物相手の武器を評価して売っているだけです!」

「何が魔物だ! 自分の都合に合わせて動物を勝手に分類しているだけではないか!」

「魔物は動物とは生物学的にも違います! 私の都合で解釈しているわけではありません!」

「分かった風なことを言うな! こんなオモチャみたいな武器を売っている世間知らずのガキが!」

「な、なんですって‼」


 ギャーギャーと言い合うエニアと厳つい男。ただ、一般的にはエニアの言っていることの方が正しい。魔物は死亡すると亡骸を残さず消滅することなど、それ以外の動物とは体の成り立ちが違う全くの別物だということはしっかりした研究で分かっている。

 そして、魔物は人間を見つけるとほぼ例外なく襲ってくるという天敵である、ということも。


 だが、アークハウス過激派の連中にはそんなことは関係ないらしい。人々の討伐対象となっている魔物に親近感でも覚えているのかは知らないが、自分の都合に合わせて勝手に分類しているのはお前達の方なんじゃね? と思う。火に油を注ぐ結果になるのはわかりきっているので言わないが。


 しかし、そうしていても事態は進展しない。厳つい男はひるみもしないエニアにいらだっているようだった。そして、


「おい、お前達! こんな悪魔のような店は叩き壊してしまえ!」


 とかいうふざけた指示を出す。そんなことになっては流石に俺も黙っていられない。エニア達や店に手を出すならシバき倒して騎士団に引き渡してやる……と思ったのだが、それは杞憂に終わった。


 外からガシャガシャと金属の鎧がたてる音がする。多分誰かが騎士団に通報してくれたのだろう。厳つい男もその気配を察したようで、忌々しげに「邪魔ばかりおって……」と吐き捨てる。そして騎士団が乗り込んで来る前に、


「ふん! こんなケチな店など放っておくぞ!」


 とか言って出て行った。未だ憤慨しているエニアを残して。

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