オムライスを出してみました②

 調理に入ること十五分弱。アイスコーヒーとオムライスを用意した俺は、ソレをトレイに置いて運ぶと、彼女の座る席のテーブルに静かに置いた。


「お待ちどおさま」


「コレは……!」


「にゃーん?」


「お前のは無い。もうすぐ晩飯の時間だから我慢しなさい」


「にゃっ!?」


 目を輝かせ、ただのオムライスに目を輝かせる獅子堂と、俺の目を見て自分の分は無いのかと鳴いた子猫。


「後で、ご飯入れといてやるから大人しく鞄に入ってろ。流石に店中で餌はあげられないからな」


「にゃーん……」


 元気の無い声で鳴いた子猫は、哀愁漂う雰囲気で鞄の中へと沈んでいくと、そのまま不貞寝したのか静かになる。別に意地悪とかじゃなくで、道中で獅子堂にオヤツ貰ってたし、あんまりあげすぎても、里親が決まった時に影響が出る。


「この洗練された美しい正統派の形に、鼻腔を擽る卵の香り……!想像以上、です」


 食べる前からここまで喜んでくれるとは、此方も作ったかいがあるというものだ。


「ですが……このケチャップの猫は一体」


「……サービスだ」


 自分でもちょっと気持ち悪いかなと思ったが、描き始めたら止まらなくなってしまった。小さい頃からオムライスに絵を描くという行為自体はやっていたので、それなりに凝ったものが描けてしまい、消すのが忍びなかったのだ。


「嫌だったらその……消してくれ」


「__写真、撮ってもいいですか?」


 真剣な顔をした彼女は手持ちのスマホを出してそう言った。俺はそんな彼女を見て、少しだけ以外に思った。


「……意外だな」


「何がですか?」


「いや、あんまり『映え』とやらを意識してる感じには見えなかったからな」


「……それは、私がイマドキでは無い、時代に取り残された女だと言ってるんですか?」


 そこまでは言ってない。


「私だって華の女子高生です。『ばえ』や『ばず』の一つや二つ、切り札として持っています」


「……多分だけど、バズはそんな困った時の鉄板ネタみたいなもんじゃないぞ」


 ウチの店にも偶に『映え』を狙った若いお客さんが来る時があるが、今の彼女の様に落ち着いては無いし、もっとわちゃわちゃと楽しそうに友達と撮っていた。


 彼女の様に真剣な眼差しで、手際よく何枚も撮っているのは見たことが無い。


 少なくとも『ばえ』や『バズ』は他人と共有する為の物のはずだし、彼女の様に一人でそそくさと効率的に撮るものではない……とは思う。


「……すみません、私、見栄を張りました。実はスマホを買ったの自体、つい最近なんです」


「それは、その……なんというか、珍しいな」


 早めに白状して偉いが、少なくともイマドキの女子高生とは言い難いと思う。


「今まで生きてきて、別に困った事なんて無かったので……」


 あのマンションに一人で住んでる奴が、スマホを買って貰えないとも思えないので、本当に困ったことは無かったんだろうが、時代に抗い過ぎである。


「じゃあ、何で最近持ち始めたんだ?」


 そんな時代に抗っていた彼女がスマホを持とうと決意した出来事が気になって、聞いてみた。


「肉親に『考え方が古臭い』と言われてしまいまして」


「それは……」


 ……笑っていい事なのか分からない……。


 がそれを言われるまでに色々とトラブルが起きていたことも分かる。俺も今のご時世に妹にスマホ要らないと突っぱねられたらちょっと困る。


 連絡を取るのだって、何かを調べるのだって今はスマホだし、会計だってスマホで出来る。各言うウチだって、(殆ど使われないが)スマホ決済対応してるし。世の中スマホ事足りることが増えているのだ。


「あっ、いけませんね。お喋りばかりしていては折角のオムライスが冷めてしまいます」


「あぁ、そうだったな。食事前に話しかけて悪かった」


「それは別に謝ることでも何でも……いえ、それよりまずは__いただきます」


 途端に真剣な眼差しに変わった彼女は、紙ナプキンの上に置かれたスプーンを掴むと、猫が描かれた渾身の出来のオムライスを食し始めたのだった。


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